タナトス 後編
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三人がいるので、アルル司令は徒歩で移動してくれるらしい。
それでも、声に出すこと無くあちらこちらに指示を出しているのは、表情の変化からわかる。
長い通路を越えて、頑丈な扉をくぐる。
「宇宙船の中か。」
キャットがつぶやく。
宇宙船?ここは艦橋?
今プリズムが立っているのはプラットホームのように空間につきだしている場所だ。下の方が、船のコントロールをする場所だろう。前は全面スクリーンだ。画面がいくつも区切られていて、各セクションの責任者だろう者たちが映っている。
回りをぐるりと見渡せるこの場所は、指揮者の居場所だ。
そして、その場所に立っているのがクイーンだ。
クイーン・・・のはず。
「とうとう連れてこられました。ホームグラウンドから離れると心もとない。」
ナハル司令が苦笑しつつ近づく。
「能力は私の保証付きだ。・・・アルル、マルルはどうしている?」
「惑星のバリアの構築に行っています。」
「マルルの方が攻撃向きだ。アイス、マルルとかわれ。」
「まさか!」
完全な畑違いだ。アイスがうろたえる姿など見られるものではない。
「大体終わっている。後は指揮だけだ。出来る。行ってこい。」
「人使いの荒い。」
「裂け目は十分に見たという顔をしている。あちらの方がプレッシャーは少ないぞ?」
「了解。」
「二人はここへ。私の3メーター以内に。離れるなよ。」
今まで2回しかあっていないが、それでも見知ったクイーンとは違う。前回までは魅力的だが、総司令という立場にいるとは思えないほどの軽さや可愛らしさがあった。しかし今は甘さがない。顔つきも違う。
「クイーン。」
アルル司令が声をかける。司令の顔も先程まで浮かべられていた微笑みが消されている。
「少し気配があるな。急がせろ。アイスは危機察知能力が高いからな。嫌だなと思った時点で察知していただろう。確かに本体では力不足だからな。」
「さすがは司令です。」
「そういうことだ。」
「アイス司令と交代しました。」
後ろから声がする。振り返るとアルル司令の男版(!)が立っていた。よく似ているがこっちは男にしか見えない。
「裂け目を、オーバーフレーム《思考エネルギー体》に一気に閉じてもらう。反動が来る。初動はかなりのものになる。」
「了解しました。」
「タイミングを合わせるぞ。」
プリズムもキャットも何もできない。精神エネルギーなど、なんのこっちゃである。感じ取ることもできはしない。にもかかわらず、目の前の宇宙空間から目がそらせない。
何かが来る。殺気や悪意といった明確なものはない。
根源的な嫌悪感。
拒絶。
「下がるな。離れるなといったはずだ。」
思わず後ろに足を引いていたらしい。クイーンの声が飛ぶ。
「せっかく来ているのだ、助けてもらうぞ。」
脳裏にカウントダウンの声が響く。
『5、4、3、2、1、0』
スクリーンに投影されている宇宙空間が、たわみ歪む。
目の前が黒い闇に覆われる。
足元がなくなる。
落ちる!
「うわあ!」
『終わってはいない。自己を保てよ。』
声が圧力を持って響く。
『待機班交代を』
これはマルル司令の声か。
回りを見回してもクイーンも司令も視界に入らない。
見えるのは闇。
自分は“見ている”のだろうかという闇だ。
「一体何が。」
ゾクリと鳥肌が立つ。
自分だけ?
「キャット!いるんだろう?」
『集中してください。区画765に補充を。』
司令の声だけが響く。
クイーンはこの闇に飲まれてしまったのか?
恐怖を押し殺して前へと進む。闇に粘性があるように重い。
すでに船の艦橋にいたという感覚はない。
闇の濃度が違っているところがある。
ほのかに明るい。
そこへ走って行く。否、闇を泳ぐように進んでいった。
光だ。その中心にクイーンがいる。
顔が見える。
「クイーン。」
「!・・・ここまでよく来れたな。キャットもいるのか。」
自分のそばにキャットが立っていた。お互いに今気がついた。
「コクーンで来れば楽勝だったが、少し歩が悪いな。二人共来てくれて嬉しいが、厳しいな。・・・力を貸してもらう。」
そう言うと二人の方に手を置く。体から力が抜けていく。
厳しかったクイーンの口元が少し緩む。
「プリズムというだけあって、変わっているな。・・・面白い。」
『クイーン。閉じます。お下がりを。』
「まだだ。閉じていいぞ。超えるから。」
『チェイサーなしでですか!』
「さじ加減は出来る。」
意識が朦朧とする。