ネジ
突然鳴り響く音。
「!」
「!!」
そのあと大音響が通路全体に響く。
『クイーン、聞こえますか?』
「少し音量を絞ってくれないか?ここはあなたの守備範囲になるのか?」
クイーンは音量に眉をしかめるだけで驚く様子がない。
『いいえ、まだ未探索です。おそらく私の管轄になるでしょう。』
管轄云々ということは司令か?
聞いたことのない声だ。ともかく迎えが来てくれたようだ。
プリズムとキャットは顔を見合わせて、安堵の息を継ぐ。
『座標を確認しました。転送しますのでそのままで。』
「いや、迎えを寄越してくれないか。この位置から20メーター下に入口があるはずだ。」
『確認した。』
この施設の全体図は出したが、まだクイーンは見ていなかったはずだ。何故出入り口のことを知っていたのだろう。
「さあ、最短ルートを教えてくれ。」
迎えの飛行艇から、今まで自分たちがいた場所がわかった。
濃霧のような比重の高い気体に丸い釘のようなものが、浮かんでいるようだ。丸い部分が、今のようになっていたところだろう。
「重水素を多量に含んだメタンの海だ。あれはちょうど浮沈子みたいに浮いて漂っているオアシスのようなものだな。」
「かなり進んだ科学力を持っているということですね。」
移動はいつも転移だったし、今までいたアイスの担当は宇宙には未進出の文明だったので、宇宙船を見るのは初めてだ。
“ネジ”を後にして目にした、宇宙船は近くまでよらないとわからないほど黒かった。フォルムはずんぐりとしていて、強そう(?)には見えない。
「ご無事でなにより。」
宇宙船の艦橋で出迎えた男は、二人が今まであったことのない男だ。スッとした立ち姿は鍛えられているものの立ち方だ。
顔は濃い色のグラスをかけているのでよくわからないが、整った顔つきのように見える。また、違ったタイプの司令だ。
「わざわざすまない。」
「アイスも来ていますよ。それとあの方も。」
「思ったより早いと思ったら、やはり泣きついていたのか。」
「お力をお借りしました。『タナトス』のすぐあとでしたし、足手まといが付いているというのでアルル、アイスの両司令から。」そして二人を見ると「足手まといはアイスの言だ。私は宇宙空間に出た生命体の管轄をしている、シャデン=アムルブルだ。」
「別名はレッド、二人共役に立ってくれたよ。先にあって手を煩わあせたことを詫びておくか。二人共私の弱点を知りたくないか?私のパートナーに会わせてあげよう。」
「風当たりを和らげるためですか?」
クイーンは肩をすくめるとレッド司令にチップを渡す。
「あそこの一次抽出データーだ。」
「手土産・・・ですか?」
「心配をかけて空手では、お小言がうるさいから。」
「頂いておきます。君たちは『エンペラー』にお会いしたら、ここへ戻ってきたまえ。」
部屋に入ると正面に酒盃を持った男がゆったりと座っていた。その男をあらわすのにふさわしい形容詞はひとつだ。
『支配者』
本人はゆったりと座っているのだが、全体から発せられる威圧感は半端ではない。身分というものに対して刷り込みがないプリズムでさえ、一歩下がってしまうものがある。
「入りなさい。襲っては来ないから。」
そう、百獣の王の前に引き出されるような心地。
男の目がプリズムとキャットに注がれる。
「この二人が一緒に『落ちた』者たちか。」
すいません。
俺たちがいたために、クイーンは帰れなくなりました。
無性に詫びたい。
「時間を取らせてしまいました。お忙しい身ですのに。」
鋭い眼光がそらされる。
わからないように息を吐く。
キャットも同様だ。
「お前のことならば、無条件で協力すると言ってある。いらん手助けのようだったが、気にしてはおらん。楽しめたようだな。」
「ちょっと面白い拾いものでしょう?」
「興味をそそるものではあるな。」
そう言うと視線を流す。そこにはさっきまでいた“ネジ”が映っている。視線が外されるとどっと汗が出る。
「中はかなりいい出来ですよ。降りてみますか?」
「私はお前と違ってサバイバル向きではないのでな。遠慮させてもらうよ。それより、まず私に会いに来てくれたのは嬉しいが、着替えてきたまえ。そこの二人も顔色がかんばしくないようだね。」
毒気に当てられたなんて言えない!
「この二人はあなたのお小言をかわすために連れてきたのだけど・・・無理やり駆り出されてしまったのではなくて?」
「『タナトス』のあとでの行方不明ともあれば大事をとるのは当然のことだよ。司令の判断は、間違ってはいない。私も含めてお前を失うことはできないのだ。打つ手としては理解できる。私もたまには違う宇宙が見たくて無理に迎えの船に便乗させてもらったよ。」
サラッと言ったが、心配してきたわけだ。
「で、では我々は司令に報告にまいりますので、これで失礼致します。」
キャットが放免されそうな雰囲気を察して、切り出す。
プリズムは口を開くが、声にならずとりあえず敬礼をして、その部屋を辞する。
通路に出ると全身を使って息を吐く。互いに無言だ。
「・・・以上報告いたします。」
アイスとレッドに今までの経過を報告する。
「ご苦労だった。三日間クイーンと一緒という貴重な体験をしたわけだが、どうだったか?」
プリズムが考えつつ答える。
「・・・すみません。状況が楽観できるものではなかったと思いますが、楽しかったです。」
連絡は取れない。装備も限られている。どういった世界にいるかも不明。考えてみれば真っ青になって叱るべきだったのだが、楽しかった。
「クイーンは究極の前向き派だからな。キャットは初めてではないだろう?」
「だからこそ解るのですが、クイーンといると自分の能力が上がったような、活性化しているようです。」
レッドが腰に手をやる。
「君の部下は的を外さないな。」
「あまり、褒めないでくれ。クセになる。」
アイスは褒めて育てるタイプではない。褒めるときは本人のいないところで。回りまわって本人に伝わると効果が倍になるのだ。
「役に立ったとクイーンの言質もある。」
「自分のいたりなさを今回思い知りました。」
司令二人の言葉に割り込んだプリズム。
「あの“ネジ”の持ち主は判明したのですか?」
「解析中だ。」
「手伝います。」
「俺も。」
「君たちはその前に休養を取りたまえ。・・・アイス、きみはどうする?」
「私は戻る。二人は後で帰してくれ。居ても邪魔にはならんだろう。」
司令、褒めてくれてますか?
「了解した。君たちもそれでいいかな?」