落下
お立ち寄りいただきましてありがとうございます。
クイーンが実は主役です。
ヒヤッとしたものが額に当てられる。
「う~ん。」
「クイーン、プリズムが気づきました。」
目を開けると、クイーンが目に映る。
彼女の背景は、宇宙船の一室ではない。抜けるような青い空だ。
「気分はどうです?」
体を起こしてみる。頭痛が少しと虚脱感。
「大丈夫です。」
「悪いな。巻き込んだ。」
なんでこんな所に寝ているんだろう。
「何が起きたのですか?」
「どこまで憶えている?」
「ええと・・・閉じようとしたところまで。」
「最初しか憶えていないのか?」
「裂け目の奥に『タナトス』がいた。オーバーフレームはそちらに掛かったので、閉じるほうが手薄になった。少々強引に閉じた。一緒に閉じ込められるのを避けるために飛ぼうとしたんだが、念のために超えることにした。で、落ちた。」
クイーンは軽く肩をすくめる。
「司令達は大丈夫なんですか?」
「それは、大丈夫だ。・・・自分のことより、人の心配か?」
「あれはとても恐ろしいものでした。」
「そうだな。私も『タナトス』は恐ろしい。生身の人間体はみな、逆らえないからね。」
「近くの惑星は大丈夫だったのですか?」
キャットが顔を歪める。
「おそらく、壊滅的な打撃を受けたと思う。惑星規模の災害に見舞われただろう。」
「だが、それでだけで済んだとも言える。もし『タナトス』の侵入を許せば、銀河規模の災害になる。結果的には最小限というところだろう。」
実際に災害に巻き込まれた側から言えば、うなずけはしないだろうが、ルミナスは神でも万能でもない。救えないものもあると、過ごした年月の中で割り切ることを覚えた。
プリズムは改めて回りを見渡す。プリズムが寝かされていたのは海岸にある岩場の影だ。海岸にジャングルが迫って来ている。
「ここはどこだかわからないということですね。」
落ちたというのならそうだろう。
「悪いな。」
「我々も連れてなのですから仕方ありません。」
「でも私が誘ったのだからな。通信機も使えない。ルミナスも当然ない。」
「三人ともチャイサーもないのですよね。」
気を失う前のアルル指令の言葉を思い出す。
「しばらく時間をもらうが、二人を連れて超えることは出来る。今は・・・無理だな。空気もある。キャットが水を見つけてきてくれた。草も、海もある。飢えて死ぬようなことはない。ちょっとしたサバイバル訓練と思ってくれないかな。」
『タナトス』に対峙した時と違う“軽い”クイーンだ。
「あなたと一緒ならそれだけで満足です。」
キャットが片膝をついて言う。いや、それは痛い。
「では、決まりだ。」
「そうとなれば、寝床を確保しましょう。日の暮れる前に、安全な場所を見つけないと。」
キャットが立ち上がる。一番元気だ。
「目星をつけてきますので、少し休んでいてください。」
潮騒の音がする。クイーンが立ち上がる。
「休んでいてください。」
「一人だけ働かせるわけにはいかないからな。」
「では、私も。」
起きようとするのをとどめられる。
「少し眠れ。『タナトス』を感じたのだ。体は大丈夫でも精神が持たない。」
「ここから400メートル入ったところに手頃な木がありました。今日はそこへ登って休みましょう。枝が広がっていて床を組めそうです。明日になればプリズムも動けるようになるでしょうから、床を組みます。」
「それは、助かる。キャットと落ちて正解だった。」
羨ましい。キャットは満面の笑みだ。女の子をナンパする時の笑顔と全然違う。
「お褒めいただき恐縮です。クイーンこそ、よく集めましたね。」
果物とか木の実などが目の前にある。
「衣食住というからね。食べれるものはあると思うが?」
「大丈夫です。毒を持っているものはありません。」
「明日はもっと真面目に食料調達をしよう。」
「その前に迎えが来るのではないですか?クイーンには特別なチェイサーがお有りでしょう?」
「からかわないで。知っているのだろう?一日やそこらであの人の手を借りることはない。自力で戻る。」
「クイーン、キャット。」
「歩けるか?」
力が大分戻っている。
「俺だけ役に立たなくてすみません。」
「明日元気になったら、こき使う。」
変になぐさめられないので気が軽くなる。
「歩いてもらうぞ。お前重いからな。」
「わかっているって。」
岩陰に寝ていても寒くなかったところや、ジャングルがあるところを見ると、ここの気候は大分暖かいところのようだ。
昨日とは別の意味で、体中が痛い。狭くて固い場所でしかも不自然な体勢で寝たせいだ。
「おう、起きたな。」
キャットが果実をポンとほうってくる。慌てて手を出して掴む。
「クイーンは?」
見回すとそこにはいない。
「俺が起きた時にはいなかった。」
交代で見張りに立とうと提案したが、
『何のための第一級装備だ?』と返されて揃って寝ることにしたのだが。
「火は起こしてあった。」
焚き火がパチパチと爆ぜている。
「いてて。」
起き上がると節々が痛い。
「サバイバル訓練をしていないお前にはきついだろうな。」
「クイーンはしているのか?」
「しているはずだ。」
キャットはサバイバルのプロだ。
「足を引っ張っているのは俺だけか。」
肩が落ちる。
「張り合おうと思うなよ。無理だから。」
がさっと音がする。
草をかき分けて人影が現れる。
「二人とも起きていた?」
クイーンだ。手に鳥が下げられている。
「キャット・・・いや、プリズム、さばいて。」
「お、俺ですか?」
極度に分化した社会で過ごしたプリズムには、鳥をさばいた経験がない。キャットが肩を叩く。
「教えてやるよ。・・・どこまで行っていたんですか?」
「海岸をぐるっとね。一周してしまった。どうやら島のようなんだが、それにしては・・・。」少し言葉を濁す。「ロビンソン=クルーソーみたいでちょっと楽しい。」
そう言うと本当に楽しそうに笑う。
「ロビンソン=クルーソー?」
鳥をさばく事で頭がいっぱいなプリズムではなく、キャットが聞き返す。
「船で難破して、無人島に流れ着いてそこでサバイバルする物語の主人公。生活力抜群で頼りになるのよね。」
足でまといと思っているプリズムがさらに落ち込む。だが、『タナトス』に対っていたクイーンと別人だ。とってもキュートだ。
「今日はもう少し床を頑丈にして、寝心地良いものにしておきましょうか?」
「助かる。思ったより回復に手間取る。」
「“虚界”って何ですか?」
ともかく鳥を捌く問題は、置いておくことにしたプリズムが聞く。
「私がチート体質ではなくなる時期が、周期的に来る。その時のこと。」
チートという言葉はよく理解できないが、文脈から
「普通の人と同じになるということですか?」
「“虚界”でも充分ですよ。」
キャットが木のようなものの皮をはぎながら、答える。
「いや、使い物にはならない。自分ひとりでも飛べなくなる。今は違う。あなたがたを連れて飛べないけど。」
「お一人でも飛べるならお戻りになった方がよろしいのでは?」
木を焚き火の中に放り込む。
「いや、あなたがたを連れてきたのは私だから、あなたがたの安全は私の責任だ。だが、私自身に限定してみれば状態はとても良い。」
「そんなことも・・・」
「帰ったら鍛え直します。」プリズムは、自分に言い聞かせる。「アイスに言われて格闘の練習はし直しましたけど、今回でまだまだということがわかりました。」
「それだけでも。落ちた甲斐があったというものだ。」
「俺もクイーンと一緒というだけでかえってラッキーという気がする。」
キャットが嬉しそうに言う。
「おや?二人共、いい迷惑だとは思っていないの?」
「「まさか」」
二人共同時に返す。焚き火の中にくべた木からパンが焼けるような良い匂いが漂う。プリズムのお腹がなる。
「さあ、朝ごはんにしましょう。」