今年の秋はよく柿食う暇庭
1980年代まで、日本で単に「果物」と言った時、八百屋のおじさんたちは皆、「柿」を思い浮かべていたという。実際にデータを拾うと、消費量(重量トン)で確かに40年ほど前まで柿はほぼ年間の半分の売り上げ重量を占めていた。みかんやリンゴ、ぶどう、バナナが果実として一般的になったのは、実はここやっと30年そこらである。日本人は実によく柿を食う民族だったのだ。
現在柿の取り扱い量は全盛期の1/4というさみしい数字であり、そばにいてありがたみの分からなかった大切な人のように、我々は一度、柿という果物をを忘れかけているところだ。
およそ40年前までの、果物って言ったら柿だろうという八百屋の共通理解は、言うまでもなく柿がとても育てやすい果物であるためだ。
日本では柿に対して、基本的に植えたら剪定以外に手をかける必要はあまりなく、肥料を柿に積極的にやるという話を聞いたことがない。植えてから、収穫がしにくくないよう樹高を抑え毎年実がなるように枝を剪定する以外は、ほっぽらかしにしていてもちゃんと成る。なりわいとして金を取るため本気を出す以外なら、摘果すら暇庭はしたことがない。
さて、そんな柿なのだが、毎年夏の猛暑が常連のようになってからはすっかりと自宅で収穫して食べることが少なくなった。高温で弱った柿の木は、「斑点落果落葉病」という困った病気に悩まされるようになったのだ。
斑点落果落葉病は、罹っていて発症すると柿の実がボタボタと熟す前に落ちてしまう。落ちたものを触れると青いままフニャフニャに軟らかくなっていて、食えなくはないがたいてい渋残りがしてうまいものではない。小さいときはべつに柿など好きでも何でもなかったが、柿の木の病気で食えない年が2年、3年とかさむと、流石にうら淋しい気持ちが少しずつ少しずつ嵩んでいった。
そして、今年。夏の長雨は暇庭のメンタルを痛烈に打ち据えて来たものの、柿の木にとっては恵みの雨となった。日中の最高気温が38度にもなる盆地の夏は長雨で早めに追い出され、9月、10月と、病気に耐えきって木に残った柿が今年は半分ほどあったのだ。実に8年を超えて、私は自分ちで採れた柿を食べる機会に恵まれた。
「絶対滑って落ちんなよ宅男お前、この先ギンナンも里芋も仕事あんだからくだらねえ怪我したらそっちの金がパーだぞ」
「わーってるわーってる。届くとこまでにする」
我が家にある脚立の一番でかいのを引っ張り出して、父と2人で久しぶりの柿もぎとなった。暇庭の暮らす寒冷地では甘柿は育ちにくいが、それでも、大昔からある大八朔柿という甘柿は、アタリを引けば大変に美味な柿だ。強いコクのある甘さは柿の品種が数あれど未だに最も柿の中で甘いと暇庭は信じている。多分糖度計で測っても現行の品種に絶対負けない。その大八朔柿をもぎながら、時折自分でも齧りついた。
「うっめえ……」
もぎながら2個目、3個目と立て続けに食べてしまう。甘い柿は果皮の赤みが強く、果肉にはゴマと呼ばれる独特の文様が出る。ゴマがたっぷり入っていて果肉が茶色がかっているのが美味い柿。齧ると黒砂糖を思わせるような強くてコクがある甘さが口いっぱいに広がる。逆に明るい黄色の、ゴマが入らない実にあたると、渋みが残っていて舌と上あごの粘膜が痺れた。だが構わず咀嚼して飲み込んでしまう。ちょっと若くて新鮮な大八朔柿は、シャキッと硬い果肉でこれが暇庭はたまらなく好きなのだ。シャキシャキガリガリと大八朔柿を貪り食いながら、この大昔の品種は種がバンバン出てくるのでお行儀には目を瞑ってもらって種はペッペと吐きながら食べる。うーん。こんなに柿って美味かったかなあ。
「宅男、上で熟柿あるか」
「熟柿は……ちょっとまって、探す」
熟柿とは、木の枝についたまま完熟して軟らかくなった柿のことを指す。樹上完熟なので当然、甘みについては市場品なんか鼻で笑ってしまうほどの甘さが乗る。ゼリーやプリンを上回る天然のスイーツで、これを好む人も多く、柿もぎでこの軟らかくなった熟柿を潰さずもいで家庭内の熟柿が好きなメンバーに分配するのが柿の収穫者の重要なサブの仕事だ。わが家では祖母と母が該当するので2人が飽きるくらいには熟柿ももがねばならない。
「あー……ったぁ!熟柿の良いやつ!」
「それもいどけ……宅男、新しいハケゴやるから普通のやつと分けろ」
とびきり出来のいいひと枝に触れると、熟柿が見つかった。強い朱色の柿の実は触れる手にやわらかく弾力を返す。中はもうジャム状になっているだろう。私は好まないが食いたいと願う人のためにそっと指で包み収穫ハサミで枝を切る。ふたつ、3つ……全部で10くらいか。サイズも素晴らしい。前はありがたみも何もなかったが、今年に限っては確かな収穫の喜びを感じた。
「身知不は?」
「渋はまだいい。あと1週間くらいだべ、焦ったもんでもない。焼酎買ってきたら言うからその時もげ」
「はい。……身知不も実ついたね」
脚立の上から、隣の柿の木をみながら独り言が出る。焼酎で渋を抜く身知不柿も、美味しさで人気の大玉の柿だ。去年まで力尽きてちっとも残らなかった柿の実が、今年はちゃんと残った。身知不の名は、自分の枝の限界まで実を成らせる不思議な性質にあるとも言われ、実が成りすぎて枝が重みでひん曲がり、柳のような独特の樹形になる。自分ちの食うのいつぶりだっけな……前が思い出せないから、多分これも10年弱。なくして初めて気がつくものは多いと、そういうことなのだろう。
もいだ柿はそのまま晩ごはんのデザートになった。
「んー、うめ。なんだって甘い柿だ」
祖母が熟柿に夢中になりながら言う。祖母は熟柿が好きで、喜んでくれるのなら何よりだ。母も喜んでくれた。
私ももうひとつ、ナイフで剥いてかぶりつく。本日4個目か。あんまり量食うと体冷やすだろうから今日はここまでにしておこう。まれだが柿のせいで胃の中に石ができてしまい苦しい思いをすることもある。過ぎたるはなんとやらである。
ところで柿の実は、よく知られたことだがビタミンCが豊富だ。一般的な果物の中では100gあたり110mgと最上位クラスの含有量を誇り、1日1/2個でほぼ成人の必要量を満たしてくれる。柿が嫌いでない方は秋の不安定な天候に負けて風邪を引かないよう、食べてみるのはいかがだろうか。
そんなわけで、べつに好きでも何でもなかった柿を今年暇庭は珍しく好んで食べている。これを読むあなたもぜひ、秋の味覚、柿をお召し上がりください。
食えないものが食いたくなるというのはある意味人間の面倒くさい胃袋の習性なのだろう。自分でも呆れているが、だが食が楽しめるのは人生のプラスだと思うので、今年の秋は存分に柿を楽しむつもりである。




