置いて行ったもの
掲載日:2026/07/31
冷たい雫が、紫陽花の花弁を打っていた。
玄関で傘をたたもうとしたとき、プランターの影から白い猫が現れた。
泥に汚れ、同じ色の仔猫を咥えている。
私の足元に仔猫を置くと、振り返りもせず去っていった。
追いかけようとしたが、雨脚が急に強くなり、その背はすぐに滲んだ。
小さく鳴き続ける仔猫を抱き上げる。
家に入り、乾いたタオルで包むと、震えが少しずつおさまった。
ぬるく温めたミルクを差し出すと、夢中で舐める。
窓の外は、白く煙る雨。
そのとき、影が動いた。
あの母猫が、庭先に立っていた。
皿を持って外に出ると、母猫はその場に崩れるように横たわった。
雨を遮るものは何もない。
抱き上げると、まだ温かい。
けれど、力が入らない。
キャリーバッグに二匹を入れ、車を走らせた。
診察台の上で、母猫は静かに動かなくなった。
私は、濡れた毛を撫で続けていた。
家に戻ると、仔猫は私の指にしがみつき、離れなかった。
細い爪が、皮膚に食い込む。
夜になっても、雨はやまない。
窓の外を見つめる仔猫を抱き寄せたとき、ふと気づいた。
置いていかれたのは、仔猫ではなかった。
雨の音がやけに大きく、家の中で響いていた。




