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七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす  作者: 蒼月よる


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広場の静けさ

 広場の静けさ


 魚籠を抱えた女、夜勤明けの工員、荷縄を腰に巻いた組合員。

 誰も大声を出さないまま、噴水前の木箱を見ている。そこへイオナが上がり、資料束を掲げた。


「デルガ住民へ。沿岸ノード異常は“なし”ではない。下層西区画を切り捨てる契約がある。ここに証拠を公開する」


 群衆がざわめく前に、監察局広報官が前へ出た。


「偽造文書です。閲覧しないでください」


 イオナは声を重ねる。


「三年前、私の誤報記録は改ざんされた。これは当時の原本控え。こっちは公開された改ざん後。式の符号が逆転している」


 広場の四隅で、メラの配布班が一斉に紙を撒いた。兵が奪うより早く、紙は手から手へ流れる。


「配布中止! 違法資料だ!」


 怒号とともに警備兵が動く。ガルムはイオナの前へ立ち、棍の初撃を腕で受け流した。


「読む時間くらい残せ」


 兵が二人、三人と増える。ガルムは押し返さず、間合いだけを切って時間を稼いだ。勝つための動きではない。広場の住民に三十秒、四十秒を渡すための動きだ。


 群衆の中から声が上がる。


「うちの区画番号がある……」

「避難優先“保留”って何だ」

「子どもをどこへ連れて行けばいい」


 問いが広がる。問いは一度生まれると、命令だけでは消えない。


 広報官が顔色を変えた。


「市民は帰宅を。煽動者を拘束する」


 その合図で増援兵が雪崩れ込み、広場は一気に硬くなる。ガルムが振り向かずに言った。


「イオナ、退け。今だ」

「でも」

「二人とも捕まれば終わる」


 イオナは木箱から飛び降り、路地へ走った。メラ班が荷車を横倒しにして追跡線を切る。

 角を曲がる直前、振り返った。


 ガルムは兵に囲まれ、なお前へ出る姿勢を崩さない。

 号令が飛ぶ。


「元護送隊長ガルム、拘束する」


 ガルムは抵抗をやめ、手首を差し出した。視線だけが路地の先を向いていた。

 逃げろ、と。


 昼過ぎ、イオナは下層倉庫の隠し部屋に潜んだ。配布紙は回収し切れず、港中に断片が残ったらしい。だが、ガルムは東監察庫へ移送された。


 夕方、メラが扉を閉めて報告する。


「明朝、軍管理区へ再移送。猶予は今夜だけ」


 イオナは地図を開いた。

 怒りで動けば負ける。手順に落とす。


「今夜、潮位を取り直す。救出と避難と停止を同時に回せる時刻を逆算する」

「計算で間に合うのか」

「間に合わせるしかない」


 メラは短く頷き、通信役を呼ぶ。


「観測点を増やす。港を目にする人間は全員、今夜だけ観測士だ」


 鐘が鳴り、一日前の夜が始まる。

 イオナは白紙へ最初の式を書いた。


 広場で追跡線を切ったあと、メラは最短で隠し部屋へ戻った。

 イオナの顔色を見て、まず水を置き、次に地図を広げる。慰めは後回しだ。


「泣くのは作業のあと。今は拘置庫までの導線を決める」


 イオナは頷き、ガルムの連行時刻を記憶から引き出す。


「広場離脱が午前十時二十。東監察庫着が十時四十分前後」


 メラは街路図へ印を打つ。


「なら見張り交代は未明直前。昼は厚い。夜は薄い」


 外では兵が残った配布紙を回収している声がした。

 だが回収速度より、紙を読んだ住民の口伝のほうが速い。すでに下層では「切り捨て契約」という語が広がり始めていた。


 イオナは壁に寄り、目を閉じる。

 ガルムが差し出した手首。抵抗をやめた瞬間の目。


「助ける」


 小さな声で言うと、メラが即座に返した。


「助ける。けど感情で突っ込むな。戻すための手順で行く」


 夕刻、見習いたちが観測点へ散っていく。

 イオナは彼らの背を見送りながら、紙へ大きく書いた。


 目的: 救出 + 避難 + 停止。


 三つ同時。

 狂っている計画だと自分でも思う。

 それでも、同時でなければどれかが落ちる。



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