静かな翌朝
静かな翌朝
壊れたのは外縁倉庫と空荷桟橋が中心だった。下層西区画は浸水と壁崩れを出したが、夜のうちに多くを高台へ退避できたことで、人命損失は最小限に抑えられた。
中央広場には再び群衆が集まる。
前日と違うのは、問いの向きだ。
異常はあったのか、ではない。
誰が切り捨てを決めたのか、だ。
イオナは壇上で資料束を開く。
「限定区画契約、導体搬入記録、欠落台帳控え、改ざん公文の対照。すべて公開します」
聴聞席にはローデンが座っていた。顔色は変わらない。だが声の勢いは落ちている。
「私は港全体を守るために判断した」
すぐに群衆の声が重なった。
「“全体”にうちの家は入ってないのか」
「子どもを先に捨てるのが管理か」
監察局上席は同日中に職務停止。港湾行政官は辞任願を提出した。失脚は早かった。書類は一度公開されると、肩書きより重い。
昼、詰所へ戻ったイオナは椅子に座る前に膝をついた。ガルムが無言で水を差し出す。
「倒れるのは終わってからにしろ」
「終わった?」
「当座はな」
メラが扉を閉め、封筒を机へ置く。差出人欄は空白。
「今朝、北埠頭の観測塔に届いた。匿名だ」
イオナは封を切った。紙片と簡易波形図。
――送信点は港外観測網。内通者は一人ではない。
――次は北方沿岸。準備しろ。
波形図の端に、デルガ規格ではない観測符号がある。
「匿名ログの送信者、港の外にいる」
ガルムが低く言う。
「助けたのは誰か。まだ顔を出す気はないらしい」
イオナは紙を折り、胸ポケットへ入れた。
「なら、受け取るだけの街で終わらせない。次は返せる側になる」
外では復旧の木槌音が響く。
翌朝のデルガはまだ痛んでいる。
それでも、もう眠ってはいなかった。
公開聴聞の裏側で、最も忙しかったのは書記席だった。
証拠束が次々に追加され、語彙の定義を揃えなければ議事録が破綻する。イオナは壇上で言葉を選びながら、書記へ向けて意図的に言い換えを入れた。
「緩衝被害区。つまり、先に捨てる区画という意味です」
書記が筆を止め、少しだけ顔を上げる。
その一拍で十分だった。言い換えは議事録に残る。
ローデン側の弁明は数字の整合性で押してきた。
イオナはそれに対し、欠落台帳の個票を順に読み上げる。
「世帯番号三一四、夜勤漁師二名、未成年一名」
「世帯番号三二七、寝たきり高齢者一名」
数字は人を隠すためにも使えるし、戻すためにも使える。
聴聞の場で必要なのは、後者だった。
聴聞が終わる頃、群衆の声は怒号から要求へ変わっていた。
「次の計画は公開しろ」
「台帳を共有しろ」
要求の形になると、行政は無視しづらい。
イオナはその変化を見て、ようやく椅子に体重を預けた。
勝ったのではない。
先送りされていた最低限を、ようやく現在時刻へ戻しただけだ。




