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七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす  作者: 蒼月よる


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鉄色の黄昏

 鉄色の黄昏


 中枢室の窓越し、水平線に白い筋が幾重にも立つ。神罰波形の立ち上がりだ。

 時間はもはや“選ぶ”対象ではない。“削る”対象になっていた。


 ローデンは操作卓の前で両手を背に組み、静かに言う。


「避難は間に合わない。下層を受け皿にして中枢を残せば、港は再建できる」


 イオナは欠落台帳の頁を開き、卓へ突きつけた。


「再建する港に、この八百二十三人は含まれてる?」


 ローデンは視線を落とさない。


「全体損失を最小化するには優先順位が必要だ」

「その計算式は、最初に人間を変数から外してる」


 ガルムが第三ハンドルへ手を掛けたまま告げる。


「理屈は後で殴り合え。手順を決めろ」


 イオナは配線図の最終案を読み上げる。


「潮汐連動錘で保持ハンドルを固定。反転完了で自動解放。手動残留を回避する」


「成功率は」

「六割」


 低い。だがゼロではない。


 ローデンが嘲るように笑った。


「六割に港を賭けるのか」

「八百二十三人をゼロ扱いするより高い」


 窓外に旗信号が上がる。メラ班から最終避難列離脱の合図。


 ガルムが号令を飛ばした。


「実行する。第一遮断!」


 補助柱の発光が一段落ちる。

「第二逆位相!」

 計器針が危険域の縁で震える。


 イオナは潮汐錘の留め具を打ち込み、ガルムは第三ハンドルを押し込んだまま微動だにしない。


「今!」


 解放鎖を引く。錘が落ち、室内に金属の悲鳴が響く。

 補助柱の光が一瞬だけ跳ね上がり、計器盤の赤灯が点滅した。


 誰も息をしない。


 次の瞬間、針がゆっくり下がり始める。

 赤から橙、橙から黄。


「反転した……」


 イオナの声は掠れていた。

 神罰波形が減衰側へ倒れる。


 ローデンは無言で計器を見つめ、やがて低く言った。


「君は管理を壊した」

「違う。管理に人間を戻した」


 外から、歓声とも嗚咽ともつかない声が届く。高台へ上がった住民たちが、崩れなかった港を見ている。


 黄昏の光が中枢室へ差し込み、白く灼けていた補助柱の色を鈍くした。

 当日の地獄は、ぎりぎりで止まった。


 錘が落ち、針が下がり始めたあとも、誰もすぐには動けなかった。


 成功の瞬間は静かだ。

 歓声は外で起きる。中枢室の内側には、焼けた金属の匂いと、遅れてくる震えだけが残る。


 ガルムが最初に息を吐き、第三ハンドルから手を離した。

 掌の皮が擦り切れ、血が滲んでいる。


「持ったな」


 短い言葉に、イオナは頷くだけで返した。

 声を出せば泣きそうだった。


 ローデンは操作卓の表示を見続け、やがて言った。


「この方式は規定外だ」

「規定内に人間が入ってなかった」


 答えながら、イオナは補助柱の温度を確認する。

 反転後の再跳ね返りを防ぐため、冷却工程まで終える必要がある。止めただけでは終わらない。


 外へ出る前、彼女は中枢室の黒板へ白墨で書いた。


 保持者残留を前提とする設計は禁止。


 誰に見せるでもない、現場の遺言だった。


 黄昏の外気へ出ると、高台のほうから風に乗って声が届く。

 助かった、という声。

 泣いている声。

 まだ信じ切れない声。


 イオナはその全部を聞きながら、木片をガルムへ返した。


「返す」


 ガルムは受け取り、外套の内へしまう。


「じゃあ、次は後始末だ」


 地獄を止める工程が終わっただけで、仕事は終わらない。

 その現実が、逆に彼女を落ち着かせた。



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