第76話 相翼の競演
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◆比翼ふげん(満島小夜)視点◆
風は、今日もよく吹いている。
羽根は乱れず、詠唱は淀みない。
命令は明確。
対象は、かつての『仲間』。
「・・・問題ないわ」
そう呟いた声に、迷いはなかった。
少なくとも、表面には。
完璧であること。
それが、私に課された役割。
それが、私が『私』であるための条件。
かつて、私は選んだ。
誰かを守るために、誰かを切り捨てることを。
その選択を、もう後悔しないと決めた。
だから、今さら迷う理由はない。
たとえ、相手が『あの子』でも。
たとえ、あの時、私の手を取ろうとしてくれた子でも。
たとえ、それ以外の『誰』であっても。
「完璧であることは、感情を捨てることじゃない。でも、感情に従うことでもない」
それが、私の結論。
風は、私の意志を映す。
ならば、私は風に恥じないように、ただ正確に、ただ美しく、ただ冷たく。
仲間を殺すことになるかもしれない。
でも、それは『任務』だ。
『命令』だ。
そして、『私が選んだ道』だ。
「私は、比翼ふげん。完璧であることを、私自身に課した者」
だから、私は迷わない。
だから、私は振り返らない。
だから、私は『彼』のために、風を吹かせる。
たとえ、その風が、かつての仲間の命を奪うとしても。
たとえ、その羽根が、かつての自分を切り裂くとしても。
「私は、完璧である。だから、私は美しい。・・・そうでなければならない。そうでなければ、私は——」
そう言い聞かせるように、風を巻き起こす。
その風は、誰かの叫びをかき消し、誰かの涙を乾かし、誰かの命を奪う。
でも、私は振り返らない。
なぜなら、私の背後には—— 『私の影』が、すべての痛みを引き受けてくれているから。
私は、ただ前を向いていればいい。
私は、ただ命令に従えばいい。
私は、ただ——完璧であればいい。
それが、私の『赦し』であり、『罰』であり、『存在理由』。
◆比翼みれん(満島小夜の魂)視点◆
ふげんの背は、まっすぐだった。
風を纏い、羽根を揃え、命令に忠実。
誰かを守るために、誰かを切り捨てることを、躊躇わない。
その姿は、美しい。
でも、私は——怖かった。
あれは、私の『器』。
かつての私が、なりたかった『理想』。
誰にも怯えず、誰にも縋らず、ただ正しく、ただ強く。
でも、私は知っている。
その強さの裏に、どれだけの『痛み』があるかを。
その正しさの中に、どれだけの『嘘』があるかを。
ふげんは、仲間を殺すかもしれない。
それを『任務』として受け入れている。
でも、私は——受け入れられない。
あの子は、私を庇ってくれた。
あの子は、私の魔法を信じてくれた。
あの子は、私の風に、希望を託してくれた。
なのに、私は—— 風を、私自身のために使った。
仲間を見捨てて、自分だけを守った。
その罪が、私を『みれん』にした。
完璧になれなかった私。
赦されなかった私。
でも、忘れられなかった私。
ふげんは、私の『完成形』。
でも、私は——あれに混ざれない。
あれは、痛みを切り捨てた私。
私は、痛みを抱えたままの私。
ふげんが風を巻き起こすたび、
私は、かつての仲間の声を思い出す。
「助けて!」「お願い、守って!」
その声が、風にかき消されていく。
ふげんは、振り返らない。
でも、私は——振り返ってしまう。
そのたびに、風が私を裂く。
羽根が、私の体を貫く。
それでも、私は後ろを歩く。
ふげんの背を見つめながら。
それが、私に残された唯一の『意味』だから。
私は、ふげんに嫉妬している。
でも、同時に——哀れんでいる。
あれは、痛みを知らない強さ。
私は、痛みを知ってしまった弱さ。
どちらが『正しい』かなんて、わからない。
でも、私は—— 仲間を殺す風には、なりたくない。
だから、私は風に混ざれない。
だから、私は羽根になれない。
だから、私は——みれんのまま。
ふげんが前を向くたび、私は、後ろで泣いている。
その涙は、誰にも届かない。
でも、風は——知っている。
風が、少しだけ揺れた。
それは、私の痛みが、ふげんに届いた証かもしれない。
でも、ふげんは振り返らない。
それが、あの子の『完璧』だから。
私は、ただ歩く。
半歩後ろで。
風に削られながら。
仲間の名前を、心の中で呼びながら。
「ごめんね」。
その言葉だけが、私の詠唱。
◇
風が、舞っていた。
二つだった渦が一つになり、風が収まる。
風が止まったあとには、よく似た二人の女が寄り添うように立っていた。
風が収まり、廊下に残るのは。
隅に吹き寄せられ、倒れた者のねじれた制服。
そして、女の影が二つ。
白い女は、誇らしげに胸を反らして立っていた。
長く流れる白髪が、薄光を受けて淡く輝き、顔の輪郭を柔らかく縁取る。
その瞳は、金色に燃え、迷いのない光を宿している。
頭上には、白い羽根が光の輪となって浮かび、まるで天に選ばれた者の証のようだった。
彼女の衣は白。
黒いセーラー襟に赤いリボンが映え、腰には白い帯が結ばれている。
その姿は、風を操る者としての誇りと、命令に忠実な『完成』を体現していた。
その背に寄り添うように立つのは、黒い女。
長い黒髪が肩に落ち、顔の半分を覆っている。
瞳は琥珀色に沈み、どこか遠くを見ているようだった。
彼女の制服は黒。
赤いリボンだけが、かつての『少女』の記憶を留めている。
頭上には、黒い月桂の枝が弧を描いていた。
それは、白い羽根の輪と対を成すように、静かに夜空に溶け込んでいる。
ふげんは、風の中心に立つ者。
みれんは、風の影に立つ者。
二人は、背中合わせに立っていた。
一人は命令に従い、風を操る。
一人は命令に逆らえず、風に削られる。
その姿は、まるで『罪と赦し』の彫像。
月の光が、白い女を照らし、黒い女を隠す。
でも、どちらも——風の中に生きていた。
妖怪『鶴女房』。
己の羽で布を織る。
献身の象徴。
命令に忠実。
完璧を支える未熟。
強さと儚さの象徴。
戦いが終わり。
嵐は過ぎ去り。
静寂が戻ってきた。
◇
「風は役に立つ」
自慢げに胸を反らす白い女。
「そうね」
虚ろな響きで、同意する黒い女。
廊下には、風が猛威を振るった痕跡がはっきりと残っている。
男女の制服が、三つ。
ねじれて横たわっていた。
嵐の後、風に落とされた蝶のように。
残り、14人。
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