第33話 妖怪制作③ ~泥田坊~
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「服が汚れたら可哀そうでしょ?」
遠い記憶が蘇った。
中学一年のときだっただろう。
小学校を卒業したばかり。
周辺の四つの小学校から、一つの中学校に入学してくる。
違う小学校からの生徒と知り合う機会だ。
中には友達になれる子がいるかもしれない。
小さな希望を胸に、通学し始めた頃だった。
「手伝ってくれない?」
声をかけられた。
活発そうな女の子だ。
一つ先輩だろうか?
健康的な小麦色の肌と、キリっとした目が印象的だった。
大チャンス!
一も二もなく頷いた。
そして・・・。
手伝い当日。
連れていかれたのは田んぼだ。
彼女は何代も続く農家の娘だった。
広大な田んぼを有している豪農だ。
「わたし、機械でするの嫌いなの。田植えは手植えが一番よ」
なにか強いこだわりがあるようで、稲苗の塊を押し付けられた。
その時だ。
あの言葉を聞いたのは。
言葉には続きがあった。
「汚れたらダメなものを全部剥いて放り込みなさいな」
オレ以外に参加していた、先輩だろう男女に囲まれて尊厳が奪われた。
自分の体だけにされ、田んぼに投げ込まれた。
頭の先から全身が泥だらけになる。
「そうなっちゃえばもう、転ぼうがどうしようが問題ないわね」
満足そうにうなずき、思い出したように付け加えた。
「転ぶのはいいけど、植えた苗を折ったら承知しないわよ!」
ギロリと睨まれ、否応なく田植えをやらされた。
なぜそんなことを思い出したのか?
防御陣の一角で、土に埋もれた一団を発見したからだ。
九大魔女が一人、『土属性』の『稲田美水穂』と、その農夫たち――下っ端どもだ。
彼女は九大魔女に名を連ねているが、攻撃よりも防御。
それも拠点防衛に特化した魔法使いだ。
最前線に立つよりも、後衛向きの能力。
だから、ここでの防御に回されていた。
「いいね。水魔法の第一人者の次は土魔法か」
顔がにやけてしまう。
もう、作る妖怪は決定だ。
『泥田坊』。
北国に住む翁が、子孫のために田を買って耕作し、その田を遺して亡くなったが、その息子は農業を継ぐどころか酒を飲んでばかりで果ては田を売り払ってしまい、その後、夜な夜な田に一つ目の者が現れ「田を返せ、田を返せ」と罵ったとある。
これが、出典だ。
これ以外には何の伝承も残っていないそうだけど、小説の題材になったりしているので学校の図書館にはその本があった。
舞台が地元なのだ。
「田んぼが好きだったんだし、本望でしょ?」
汚れを物理的に外し、彼女自身についた泥を優しく撫でつける。
貶めように、泥と交わるように。
泥遊びを楽しみながら、『システム』のデータを呼び出し編集していく。
彼女の体、彼女たちの想いや生存の残滓、その他のモノを吸収した泥。
それらを統合して、一匹の『妖怪』に編纂する。
だいぶ慣れてきた作業が進んでいく。
泥の塊は巨大なウシガエルに。
『彼女の農夫』たちは『腕の形』に整えられた泥に。
自身は泥まみれの制服姿に。
変換され、実体化していく。
泥の腕たちが、彼女の背後でざわめく。
それは、かつて隣にいた者たちの残滓。
笑い合った、支え合った、戦った——でも、助けられなかった。
泥に沈んだその瞬間、彼女は叫ばなかった。
叫べなかった。
声を出せば、喉まで泥が流れ込んでしまう気がしたから。
『人ならざるもの』に、自分がなってしまったとき。
彼女は泣かなかった。
泣けなかった。
涙は泥に混ざって、誰のものかもわからなくなるから。
今、彼女の背に伸びる腕たちは、「助けて」と言っているのか、「許して」と言っているのか、それとも「一緒に堕ちよう」と囁いているのか——わからない。
でも彼女は、片膝を立てて座っている。
まだ立ち上がるつもりでいる。
オレの手下として使われようとしていても、その膝はまだ、『自分の意志』のために曲げられている。
彼女の目は、濁っていない。
月明かりに照らされて、はっきりと『怒り』と『悲しみ』を映している。
それは、仲間たちの腕が彼女を引きずり込もうとする泥の中で唯一、空を見ている目だ。
泥は記憶の海だった。
彼女はその中で、祈りを抱えて座っていた。
彼女の膝は空を向いていた。
それは、まだ終わっていないという意思だった。
その膝は、まだ誰かを支えるために曲げられていた。
泥の中でも、彼女は誰かのために立とうとしていた。
名前は変えないでおこう。
ぴったりすぎる名前だから。
ただし、美水穂はひらがなにする。
美しい水は、もう彼女の中にはない。
でも、みずほという響きだけは、泥の中でも残っていた
『稲田みずほ』。
それが、新たに生まれた泥田坊という妖怪の名前だ。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




