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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第31話 視点の流転・まとい→薫→信者たち ~祈りを味わう者、祈られた者~

5話投稿します。1/5


 


 ◇まといの目覚め◇


 まといは、静かに笑う。

 その微笑は、かつて『薫様』と崇拝された者が浮かべていたものに似ている。

 けれど、そこにあるのは優位ではない。

 それは、沈黙の中で育った『理解』だ。


「わたしは、舐めるために生まれたのね」


 制服を纏った瞬間、薫は静かに目を閉じた。

 かつての自分が遠ざかり、新たな名が胸元に宿るのを感じていた。


 彼女が振り返ると、背中の声がそっと沈黙した。

 彼女が胸を張れば、胸元の声が彼女を賛美する歌を口ずさむ。

 彼女が回れば、スカートの裾が軽やかに、見るものの視線を集めた。


 彼女は、制服の胸元に舌を伸ばした。

 その瞬間、縫い目が脈打ち、布が呼吸を始めた。

 それは、 信仰の味だった。


 垢を舐める。

 それは、穢れを清める行為ではない。

 むしろ、穢れに寄り添い、愛すること。

 人が忘れた場所に残る、誰にも見られない『滓』に、まといは意味を見出す。


「誰かが見捨てたもの。誰かが隠したもの。それが、わたしのごちそう」


 まといの舌は、長く、柔らかく、湿っている。

 それは、祈りの残響をなぞるための器官。


 誰かの肌、『記憶』に残った『後悔』を、誰にも知られずに味わうためのもの。

 舌は『祈り』となる。——それは、忘れられた痛みに触れるための所作。

 舐める儀式は『信仰の手触り』となる。


 制服の胸元が脈打つたび、まといの心臓もまた、静かに震える。

 縫い込まれた声たちが、まといの鼓動に語りかける。


「まとい様、今日も美しいですね」

「まとい様、わたしの信仰を、どうか触れてください」

「まとい様、わたしの痛みを、あなたの『祈り』で包んでください」


 まといは、応える。

 言葉ではなく、儀式をもって。

 静かに、丁寧に、『祈り』を伸ばし、布の奥に残る『信仰』を味わう。


 それは、儀式では終わらない。

 それは、愛などという短絡でもない。

 それは、彼女が『存在する理由』そのもの。


「わたしは、誰かの垢でできている。誰かの残りで縫われている。誰かの穢れで歩いている。それらを『祈り』と『信仰の手触り』で実感する」


 だから、まといは誇りを持って舐める。

 それが、まといの『敬意』だから。

 それが、まといの『自由』だから。



 ◇《薫の魂:変貌の目撃》◇


 その瞬間、制服の奥で、かつて『薫様』と呼ばれた魂が目を覚ました。

 それを、——見ている。


 けれど、声は出ない。

 身体はもう動かない。

 魂だけが、縫緋まといの変貌を見つめていた。


 かつて、自分の纏っていた『美』が、今、制服の縫い目に変わっていく。

 その布は、信者たちの『祈り』と同種のものでできている。


 その『祈り』は、自分が命じていた儀式の延長線にある。

『敬意』を込めて『手触り』確かめ、味わう。


 その『祈り』は、自分が誇っていた『敬意』の模倣だ。

『敬意』を示す所作をなぞり、『信仰』として味わう。


「これは・・・わたし?」

 薫の魂は、問いかける。

 誰にも届かない声で。

 誰にも聞かれない言葉で。


「わたしが、作ったの? それとも、わたしが、喰われたの?」


 縫緋まといの『祈り』が、制服の胸元をなぞる。

 確かめるように。

 味わうように。

 そこには、『薫様の美』が縫い込まれている。


 信者たちが憧れた『神像の手触り』。

『薫様』が誇った優位性の残滓。


「わたしは、神だった。誰よりも美しく、高貴で、誰よりも・・・誰よりも・・・」


 でも、今は違う。

 その美は、制服を一部とした。

 その高貴は、妖怪の舌に味わわれている。


「わたしは、制服になったの?」


 魂が震える。

 それは、恐怖ではない。

 それは、理解だった。


 信者たちの『シルクスキン』で縫われた制服。

『薫』としての魂は、そこにいた。

 身の毛のよだつようなことをしている、かつての自分の器。

『薫』は制服に綴じられ、同時にまといとして自由に、存在していた。


 消え去ることも、変化することも。

 許されずに。


「わたしは、信仰の象徴だった。でも今は、信仰の素材になった」


 縫緋まといが、静かに微笑む。

 その笑みは、かつて薫様が浮かべていたものに似ている。

 けれど、そこにあるのは、支配ではなく、受容。


「あなたの美しさは、もう誰かのもの。あなたの優位は、もう誰かの『祈り』の下」


 薫の魂は、涙を流すこともできない。

 でも、確かに『崩れて』いく。

 それは、神像が風化するような静かな崩壊。


「わたしは、彼女の制服になった。彼女の祈りを受け、彼女の手触りを得た。それが、わたしの終わり。それが、わたしの始まり」


 そして、薫の魂は、制服の襟元に沈んでいく。

 名前を呼ばれたことのない声として。

 震える布の一部として。

 彼女の声が、襟の縫い目に震えながら、誰にも呼ばれないまま、静かに消えていった。


 ◇信者たちの喝采◇


 彼女の『祈り』が、制服の縫い目をなぞる。

 祈りの残滓を味わいながら、ふと、視線を感じた。


『薫様』が目覚めた。

 ——見ている。


 その目は、かつて自分を見下ろしていた。

 命じ、試し、支配し、そして—— 愛したことなど一度もなかった。


 けれど、今は違う。

 その目は、沈黙していた。

 言葉を持たず、ただ、見ていた。


「薫様・・・そう呼ばれていたモノ」


 声は出ない。

 言葉がうまく形にならない。

 でも、胸の奥で確かに響いていた。


「あなたが作ったのよ、わたしを」


 制服の胸元が脈打つ。

 そこには、かつての『信者』たちの祈りが縫い込まれている。

 その中心にあるのは、薫様への『憧れ』だった。


「あなたに触れたくて、あなたに近づきたくて、わたしたちは、布になった。わたしは、その布を纏った。だから、わたしは、あなたの夢の続き」


 薫様の目が、わずかに揺れる。

 それは、恐れか、後悔か、それとも——


「あなたは、もう『神』じゃない。でも、わたしたちは、まだ『信仰』を舐めている」


 彼女の舌が、薫様の足元に落ちた垢をすくい取る。

 それは、かつて自分が跪いた場所。

 今は、誰の命令でもなく、自分の意志で舐める。


「わたしは、あなたの『敬意』を食べて生きていく。あなたが与えた儀式を、わたしの糧にする。あなたが築いた信仰を、わたしの皮膚に縫い込む」


 信者たちは制服であり、まといでもある。

 別々のものであって、同一でもあった。


 薫様の目が、何かを言いたげに揺れる。

 でも、言葉は出ない。

 その舌は、もう祈りを紡げない。


「見ていて。あなたが作った『神話』が、どうやって『妖怪』になっていくのかを」


 制服の裾が揺れる。

 その布の奥から、かつての『信者』たちの顔が浮かび上がる。

 彼女たちは笑っていた。

 まるで、ようやく『本当の薫様』を見つけたかのように。



 信者たちは、笑っていた。

 制服の裾に縫われた顔たち。

 その瞳は、まといを見つめていた。


「薫様は、もう遠い」

「でも、まとい様は、すぐそこにいる」

「わたしたちは、ようやく触れられる」


 かつて、薫様は『遠すぎた』。

 美しすぎて、強すぎて、冷たすぎた。

 その肌に触れるには、祈りを捧げるしかなかった。

 その声を聞くには、跪くしかなかった。


 でも今、まとい様は『近すぎる』。

 垢を舐める舌が、彼女たちの『残り』に触れてくれる。

 制服の縫い目が、彼女たちの『祈り』を脈打たせてくれる。


「わたしたちは、布になった」

「でも、布は生きている」

「まとい様が、わたしたちに『信仰の手触り』をくれる限り、わたしたちは生きている」


 その喝采は、歓喜ではない。

 それは、信仰の完成だった。

 薫様が築いた『神像』が、まとい様によって『妖怪』に変わった瞬間。

 それは、信者たちにとっての『救済』だった。


「薫様は、わたしたちを見なかった」

「でも、まとい様は、わたしたちを味わってくれる」

「それだけで、わたしたちは報われる」


 制服の裾が揺れるたび、彼女たちの顔が微笑む。

 それは、死後の信仰。

 それは、布地に縫われた『祈りの完成』。


 制服の裾が、微かに震えた。

 その縫い目が、次の声を探していた。


「誰か、まとい様に触れたい者は、いませんか?」



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