第1話 前提となる話 ~役立たずの胎動~
二十年前のことだ。
この世界に、突如として『ダンジョン』が現れた。
誰もが物語の中だけの存在だと思っていたそれが、現実に姿を現した瞬間だった。
しかも、一つや二つではない。
世界中に、無数に。
日本だけでも、一つの県に最低二つ。
まるで、世界そのものが『物語』に侵食されていくように。
当局は調査を試みた。
いや、正確には「試みようとした」が正しい。
結局、誰一人として中に入れなかった。
大人たちは、拒絶されたのだ。
だが、どこにでも無鉄砲な者はいる。
『ダンジョン』と聞いて、血が騒いだゲーム脳の少年が一人、勝手に足を踏み入れた。
当時十四歳の日本人だった。
彼が、停滞を破壊した。
スマホを持ち込み、実況しながら進むという方法で。
世界はその配信に釘付けになった。
再生数は億を超え、少年は興奮のまま最奥を目指した。
そして、燃えた。
ボスの魔法に包まれ、皮膚が泡立ち、骨が露出し、声にならない悲鳴を上げながら、炭と化した。
世界中が、彼が生きたまま焼かれ、『人間』から『物』へと変わる様を、ただ見ていた。
その後、慎重な調査が行われた。
『ダンジョン』には、十五歳以下の者しか入れないと判明した。
鉱山のカナリアのように、少年少女が送り込まれた。
止める声はあった。
だが、届かなかった。
誰も、耳を貸さなかった。
入れると分かれば、探索は義務となる。
カメラや探査機器を背負い、銃器を持った子供たちが次々と潜っていく。
各国は、情報の秘匿を防ぐため、配信を義務化した。
人々は、子供たちが死ぬ様を、娯楽として消費した。
ただ、銃器は役に立たなかった。
火薬も、科学兵器も無力だった。
子供たちは、カメラの前で切り裂かれ、喰われた。
内臓を引きずり出され、頭蓋を砕かれ、絶叫と共に画面が赤く染まった。
ならばと、旧時代の武器──刀剣、斧、ナイフ。
それを手にした子供たちが、再び挑んだ。
途中までは進めた。
だが、魔法を使う敵の前では、ただの肉塊だった。
何百という死の果てに、初めて帰還者が現れた。
またしても、日本だった。
ゲームで鍛えられた子供たちが、レベルアップとスキルの存在を確認した。
科学では説明できない『力』を、彼らは手に入れた。
「ダンジョンはダンジョンさ。だんじょんなんだじょん」
最初に帰還した三人のリーダーが、そう言った。
それは、現実が物語に追いついた瞬間だった。
子供たちは夢を見た。
魔法を使い、金を稼ぎ、モテる。
異世界転生のような願望が、現実になったのだ。
だが、夢には代償がある。
スタンピート──魔物の暴走。
『ダンジョン』から溢れ出た魔物が、町を焼いた。
外では科学兵器が通用した。
だが、全てのダンジョンに軍を常駐させることはできない。
だから、未然に防ぐしかなかった。
子供たちの突撃は、『正義』として制度化された。
人々は、子供たちが死ぬ様を、日常として受け入れた。
いや、楽しんだ。
最初は、好奇心だった。
「本当に魔法があるのか?」「どんな敵が出るのか?」「どこまで行けるのか?」
だが、すぐに気づいた。
『死』こそが、最も再生数を稼ぐコンテンツだと。
悲鳴、絶叫、断末魔。
血飛沫がレンズに飛び、画面が真っ赤に染まる。
その瞬間、コメント欄は爆発した。
「うわあああ!」「マジかよ!」「神回きた!」
『死』は、エンタメになった。
企業は動いた。
配信プラットフォームは、ダンジョン専用チャンネルを開設。
広告枠は高騰し、スポンサーが殺到した。
『死の瞬間』に流れるCMは、最も高額な枠として競り落とされた。
グッズも売れた。
人気の探索者のフィギュア、Tシャツ、ボイス付き目覚まし時計。
死んだ子供の『最後のセリフ』が、商品化された。
「やばい、これ死ぬかも」「ママ、ごめん」「助けて、誰か・・・」
それらは、『名言』として切り抜かれ、拡散され、笑いのネタになった。
やがて、番組はフォーマット化された。
「今週の新人探索者!」「今夜のボス戦は、どっちが生き残る!?」
視聴者投票で『生贄』が決まる企画も生まれた。
倫理は、最初から存在しなかった。
『子供たちの死』は、国家の資源であり、企業の金脈であり、大衆の娯楽だった。
それが、世界の前提。




