第2話 前提となる話 ~【オレ】の生い立ち~
オレは知っていた。
母が、壊れていく音を、毎日聞いていた。
それは、怒りでも憎しみでもない。
世間に押し潰された人間が、最後に出す悲鳴だった。
父が死んだとき、母はまだ若かった。
妊娠を知った直後だった。
「最後の稼ぎに行ってくる」
そう言って、父は潜った。
そして、帰らなかった。
遺族年金は出なかった。
資格がなかった。
すべて、父の両親のものになった。
彼らは、オレを「知らない」と言った。
母は、働いた。
昼も夜も。
でも、ダンジョン産業が広がる中で、『普通の仕事』は価値を失っていった。
「子供を育てるだけで偉い」
なんて言葉は、誰も口にしなかった。
オレは、スキルが弱かった。
補助系ばかり。
荷物持ち。
それが限界だった。
母は、笑った。
「役立たず」と言って。
でも、その笑いは、自分自身に向けた刃だった。
ある夜、喉が渇いて台所に行った。
冷蔵庫の明かりの中で、母が膝を抱えていた。
声は出さず、肩だけが震えていた。
その姿は、誰にも助けられなかった人間の、最後の形だった。
翌朝、母は笑っていた。
「役立たず」と、いつも通りに。
でも、あの夜の光景は、胸の奥に沈んでいる。
母は、オレを捨てなかった。
でも、守ることもできなかった。
だから、壊れた。
壊れることで、守ったふりをした。
オレには、学校があった。
母には、家しかなかった。
だから、泣けなかった。
小学校に入れば、何かが変わると思っていた。
でも、変わらなかった。
運動会では、全体競技だけ。
学園祭では、準備だけ。
本番では、いなかったことにされた。
中学に入っても、変わらなかった。
教師にすら、無視されるようになった。
中学に入っても芽が出ない者は、もう終わりだ。
そういう空気が、あった。
オレは、机だった。
椅子だった。
黒板だった。
壊れたら、取り替えればいいだけの存在。
高校に入っても、変わらなかった。
座学は中の下。
実技は評価すらされない。
寝ていても、全力でやっても、同じだった。
だから、オレは──クラスメイトの雑用をこなす『道具』だった。
使い捨ての、ね。
・・・これが、オレの前提。
だから、捨てられたとき、何も言えなかった。
でも、今は違う。
「役立たず」
それは、母がカルマに向けて言った言葉。
でも、あの夜、冷蔵庫の明かりの中で震えていた母の背中は、まるで自分自身に向かって、そう言っているようだった。
カルマはその言葉をずっと抱えてきた。
でも今、最下層に落ちたことで、ようやく気づき始めてる。
オレは、役立たずだった。
でも、役に立つ『道具』にはなれた。
だから、捨てられた。
使い潰されることになった。
でも──それは変わった。
オレは、誰にも使われない。
誰にも命令されない。
オレは、オレのために動く。
それが、『役立たず』の反逆だ。
あの夜、母が見ていた壁の向こうに、今、オレは立っている。
そのとき、あいつらをどうするかって?
さぁ?
―――君ならどうする?
「一人ずつ、静かに処理をする・・・・他にあるか?」




