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『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』  作者: 葉月奈津・男
マイルド(全年齢)版

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第22話 学園祭を待ちわびる影 ~旧校舎の『ナニカ』、祭りを夢見る~

2/5

 


 制服姿の妖怪たちが集う、奇妙で愉快な迷宮。

 それは、 かつて誰にも見られなかった『教室の隅』で、 ひとりきりで夢見た祭りだった。


 その瞬間——


 旧校舎で教室の空気が、わずかに揺れた。

 時計の針が、止まったまま震えた。

 黒板の端に置かれたチョークが、 ほんの少しだけ転がった。


 静まり返った教室で、『ナニカ』が、静かに目を開けた。

 その『ナニカ』は、 確かに、祭りの匂いを知っていた。



 迷宮では、制服姿の妖怪が笑っていた。

 その笑いが、旧校舎の窓を、ほんの少しだけ震わせた。


 空っぽの教室。

 でも、黒板の前に、 一冊のノートが開かれていた。

 ページには、 震えるような文字で、模擬店の企画が書かれていく。


「お化け屋敷」「焼きそば」「占いの館」「迷宮の宝探し」


 その文字は、どこか懐かしく、どこか幼い。

 でも、確かに『誰か』が書いていた。


 チョークが、黒板の端に転がった。

 それは、かつて誰にも見られなかった『教室の隅』で、ひとりきりで夢見た祭りだった。


 そして今、『ナニカ』が、その夢を、もう一度、企画しようとしていた。



 ノートのページが増えていく。

 ページには、震えるような文字で、模擬店の企画が並んでいく。


 ・お化け屋敷(旧音楽室)


 ・焼きそば(中庭の井戸跡)


 ・占いの館(理科準備室)


 ・迷宮の宝探し(旧図書室からスタート)


 ・肝試し(北側階段〜旧校長室)


 ・紙芝居(廊下の突き当たり)


 ・秘密の展示室(旧美術室)


 ・制服試着体験(旧被服室)


 ・懐かしの給食再現(調理室)


 ・校舎探検ツアー(屋根裏含む)


 ページの隅には、「来場者プレゼント:手作りしおり」と、震えるような文字で書かれていた。

 それは、まるで旧校舎そのものが、ひとりで夢を見ているようだった。

 誰かが書いているのかもしれない。





 ノートの最後のページに、小さな文字で書かれていた。




 —来場者の皆さまへ—


 ・旧校舎は、現在使用されておりません。


 ・廊下の軋みは、誰かの記憶です。

 踏みしめる際は、静かにお願いします。


 ・旧校長室には入らないでください。

 鍵は開いていても、心は閉じています。


 ・図書室の奥には、貸し出し記録のない本があります。

 読まないでください。それは存在していないからです。


 ・音楽室のピアノは、誰かが弾いていた記憶です。

 音楽が流れても、拍手は不要です。


 ・制服の試着は一度だけ。

 二度目は、戻れないかもしれません。


 ・迷ったときは、階段を数えてください。

 数が合わなければ、夢です。


 ・帰るときは、名前を思い出してから。

 忘れたままでは、帰れません。


 楽しい祭りになりますように。


 最後の一文。

 少しだけ、文字が滲んでいた。


 ◇


 昇降口の扉が、音もなく開いた。

 誰もいないはずの旧校舎に、『ナニカ』が入ってくる。


 靴箱の列。

 名前の札は、すべて色褪せていた。


 廊下の窓には、夕方の光が斜めに差し込んでいる。

『ナニカ』は、一歩ずつ、ゆっくりと歩いていく。


『ナニカ』は、給食室の前で立ち止まり、ほんの少しだけ首を傾けた。

 懐かしい匂いが、記憶の底をくすぐった。

 誰かが「おかわり」と言った声が、まだ壁に残っている気がした。


 保健室の前では、

 白いカーテンだった布が風に揺れていた。

 誰かが泣いた記憶が、ベッドの皺に染み込んでいる。


 階段を上る。

 一段ごとに、軋む音が違う。

 それは、まるで『校舎が話している』ようだった。


 二階の廊下に出ると、『ナニカ』は、ふと立ち止まる。

 黒板の前に、ノートが置かれていた。

 ページが一枚、風にめくられる。


「演劇(2年1組)」

「写真館(理科室)」

「迷宮の宝探し(図書室スタート)」


『ナニカ』は、校舎の隅々を見渡しながら、夢の続きを書き足していく。

 それは、かつて誰にも見られなかった『教室の隅』で、ひとりきりで夢見た祭りだった。

 そして今、校舎そのものが、その夢を、もう一度、思い出そうとしていた。


 ◇


 二階の特別教室。

『ナニカ』は、旧理科室の扉をそっと開ける。


 瓶の中の液体は干からびていた。

 でも、棚の奥にある『誰も知らない薬品』だけは、なぜか冷たく光っていた。


 黒板には、消し残された文字。「この部屋では、夜になると——」

『ナニカ』は、その言葉の続きを書き足さず、そっと扉を閉じた。


 隣の美術室では、石膏像が、少しだけ向きを変えていた。

 誰も触っていないはずなのに。


『ナニカ』は、「動く石膏像の写真館」と、企画ノートに書き足した。


 ◇


 一階に戻る。

 体育館の扉は重い。


 でも、開けた瞬間、

 木の床が、誰かの足音を思い出した。


「バスケ部の幽霊が、夜に練習している」

 そんな噂が、体育倉庫の奥に貼られた紙に、手書きで残っていた。


「必ずボールを一つ、片付けずに残しておくこと」

 バスケ部部長の名で注意書きがされていた。

 名前を知らない先輩のための気づかいだろうか。


『ナニカ』は、「深夜の球技大会」と、企画ノートに書き加える。


 校舎の隅々に、怪談と記憶が、静かに眠っていた。

 それは、かつて誰かが怖がりながらも、ちょっとだけ楽しみにしていた『話』だった。


 そして今、『ナニカ』は、それをもう一度、祭りの中で演じようとしていた。


 校舎の裏手に回ると、錆びたフェンスの向こうに、旧プールが静かに横たわっていた。


 水は、もう張られていない。


 でも、底に溜まった雨水が、夕暮れの空を映していた。


『ナニカ』は、フェンス越しに、じっと水面を見つめた。

 胸の奥が、ほんの少しだけ、きゅっと鳴った。

 そのとき——


 水の底で、何かが、ゆっくりと動いた。

 緑色の影。

 丸い頭。

 皿のような輪郭。


 それは、河童の記憶かもしれない。

 それとも、かつて誰かが語った怪談の、最後の一節かもしれない。


『ナニカ』は、ノートに一行だけ書き足す。

「プールの底に、河童がいる(水中展示)」


 ◇


 そして、 校舎の裏階段を登って、屋上へ。

 錆びた柵。

 風に揺れる雑草。


 誰かが、ここで叫んだ記憶が、空に溶けていた。

「屋上ライブ(誰もいないステージ)」



 放送室では、マイクに残った誰かの声が、ノイズ混じりに響いていた。


「放送体験・幻の校内アナウンス」


 旧校長室の扉は、開いていた。

 でも、『ナニカ』は入らなかった。


 ただ、ノートの隅に、震える文字で書き足した。


「立ち入り禁止(理由は不明)」



 二階の踊り場。

 西側の窓から、夕陽が差し込んでいた。


『ナニカ』は、ふと立ち止まる。

 階段の手すりに、 小さな彫り傷があった。


「K+M」

 それは、誰かが刻んだ、ほんの一瞬の勇気だった。

 廊下の隅には、落書きのような文字が残っていた。


「放課後、あの場所で」


 その『あの場所』が、どこだったのかは、もう誰にもわからない。

 でも、校舎の空気は、その言葉をまだ覚えていた。


 ◇


 体育館の裏手。


『ナニカ』が近づくと、壁に寄り添うような影が、一瞬だけ揺れた。


 それは、かつて恋を囁いたカップルの、面影だったのかもしれない。


 男子は、制服のポケットに手を入れて、何かを渡そうとしていた。


 女子は、ほんの少しだけ、顔を伏せて笑った。


 その笑い声は、校舎の壁に染み込んでいた。


『ナニカ』は、その空気の温度に、少しだけ足を止める。


 ノートの隅に、小さく書き足す。


「恋人たちの待ち合わせ場所(非公開)」


 そして、ページの端に、震えるような文字で、こう書き留めた。


「この場所で、ふたりは、名前を交換した」

 それが誰なのかは、『ナニカ』にもわからない。


 でも、その記憶が、迷宮の支配者の心の奥に、静かに届いていた。


 それは、生まれる前の優しさ。


 そして、誰にも見られなかった、『教室の隅』の始まりだった


 ◇


 校舎の隅々を巡り終えた『ナニカ』は、最後に、黒板の前に立つ。


 ノートを閉じる。


 そして、チョークを手に取る。


 黒板に、一文字だけ書き始める。



「か」


 でも、その手は、途中で止まった。

 書くのは誰かに呼びかける、または何かを取り戻すためだったが、書ききれない。


 名前を呼びかけるには、まだ、夢が足りなかった。



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