第3話 よく見るシーンに続く ~鏡の中の笑顔~
『ダンジョン』の出現から二十年。
今では、それは人類の生活に欠かせないものとなった。
植物、薬品、鉱物── 内部から採取された素材は、科学と融合し、より良いものを生み出している。
だが、その『より良いもの』は、誰のためのものだったのか。
そして、始まりの頃から続く『配信』は、今や最高の娯楽となった。
規制がかかり生配信は禁止されたが、編集された探索動画は日々アップされる。
投げ銭機能もあり、探索費用をそれで賄う者もいる。
わずかだが、『勝ち組』と呼ばれる者たちだ。
死を切り貼りし、音楽をつけ、字幕を添える。
それが、今の『英雄譚』だった。
だからだろう。
「ダンジョン最深部を制覇する!」
そんな世迷言を、校長が口にしたのは。
最初の無鉄砲な少年が地元・山形の人間だったという噂がある。
校長の息子だったという話も、まことしやかに囁かれている。
数か月前のことだ。
校長は世界規模で開催される『ダンジョン祭』で、最下層攻略を発表すると宣言した。
校内は、祭りのような騒ぎだった。
世界初の快挙。
成功すれば、学校名は全世界に知られる。
在校生はもちろん、卒業生にも恩恵があるとされた。
本校が探索しているダンジョンの最下層は、階層64。
比較的浅い。
階層は条件を満たすことで深くなることが知られていた。
その『条件』の詳細は不明だが、確実に存在する。
挑戦するなら、今しかない。
生徒たちは熱狂した。
成功すれば、歴史に名を刻める。
将来の進路にも影響する。
野望に燃え、目を輝かせていた。
冷めた目をしていた者もいる。
ただし、ひとりだけ。
どの輪にも入らず、入れてもらえず、黙々と雑務をこなしていた。
それが『オレ』。
『オレ』は、常に裏方だった。
スポットライトの当たる場所には立てない。
舞台袖にも、立ち位置はない。
村人Aにもなれず、背景の木にもなれず、太鼓を叩く演出にも関われない。
小道具を集め、大道具を作る。
それだけだ。
誰もが戦闘の配置を議論する中、オレは棚の奥で、割れた瓶の破片を拾っていた。
誰にも気づかれないように。
もちろん、一人で。
戦闘用に調整された学生服のメンテナンスも欠かせない。
ダンジョン素材で織られた制服は、防具でもある。
皆は補強を加えるが、『オレ』は支給されたままの制服だけ。
楽といえば、楽だ。
どうせ、壊れても誰も気づかない。
鏡の前に立つ。
制服の襟を直し、髪を整える。
表情を作る。
『何も感じていないふり』の笑顔。
鏡の中のオレが、笑っている。
でも、目が笑っていない。
それでも、誰も気づかない。
気づかないふりをしている。
それが、『よくあるシーン』だった。
「中二の時の学祭よりはマシだろ?」
薄暗い保管庫の中、誰もいない空間に呟いた。
疑問符付きの言葉は、自分への問いかけだった。
誰にも届かないと知っているからこそ、声に出せた。
中学二年の学祭。
『オレ』は、偶然レアアイテムを発見した。
発見者にしか扱えない性質だったため、公開の栄誉を得た。
人生初の晴れ舞台。
旧校舎を使わせてもらえるよう、学校と交渉した。
本当は本校舎がよかった。
だが、空きはないと言われた。
その時点で、もう答えは出ていたのかもしれない。
誰も手伝ってくれなかった。
一人で飾りつけをし、案内板を描き、解説文を練った。
原稿は擦り切れるほど書き直した。
噛まないよう、暗記もした。
誰かに見てもらえると信じていた。
そして迎えた学祭。
来場者は──0。
誰も来ない教室で、椅子の脚が床を軋ませる音だけが響いていた。
その音が、まるで自分の存在を嘲笑っているように聞こえた。
旧校舎の教室で、オレは受付の椅子に座り続けた。
誰も来ない理由は、わかっていた。
案内板は見える場所にあった。
わかりにくくもなかった。
皆、知っていた。
『オレ』の発表があることを。
知っていて、来なかった。
偶然レアアイテムを手にしただけの人間の発表など、見る価値はない。
そう判断されたのだ。
発表の場は、温情だった。
そして、来ないことは、拒絶だった。
沈黙という名の、最も冷たい暴力。
昼休みが終わる頃、廊下に足音が響いた。
息を止めた。
鼓動が耳に響く。
誰かが来るかもしれないという希望が、喉を締めつける。
だが、足音は通り過ぎていった。
それが、二日目の午後だった。
三日目の朝、教室の空気はすでに腐っていた。
飾りつけの紙が湿気で剥がれ、床に落ちていた。
誰も拾わなかった。
オレも、拾わなかった。
「あの、誰も来ない教室で座っていた三日間よりつらいことなんて、地獄にだってありはしない。そうだろ?」
呟きは止まらない。
言葉にしなければ、あの時間が現実だったと認めてしまいそうで。
「そうだな」
自分の問いに、自分で答えた。
誰も答えてくれなかったから、ずっとそうしてきた。
旧校舎の窓から差し込む光が、埃を浮かび上がらせていた。
誰も踏まない床は、冷たかった。
教室の時計は止まっていた。
でも、それは動き出す時を待っているのかもしれない。
彼は、今でもあの受付に座っている。
誰かが来るのを、もう待っていない顔で。
◆
レアアイテム──『空蝉』。
蝉の殻。その背に、鏡が隠されていた。
使用すると――――される。
『蝉』と『鏡』。
それぞれに、意味があった。
殻ではなく、蝉だった。
鏡に触れたとき、空気が裂けた。
鏡の中で、オレは笑っていた。
笑わなくなったオレの顔で。
鏡の中のオレは、口元だけが吊り上っていた。
目は笑っていなかった。
いや、目だけが笑っていたのかもしれない。
そして── 鏡の中の『オレ』が、先に瞬きをした。
まるで、こちらを見下ろすように。
◆
そして今、全校生徒合同のレイド戦が始まっている。
爆弾の点火までのカウントダウン。
死が迫っている。




