第12話 往路から末路へ ◇とある四人パーティの話◇ ②
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幸せな男子Cの場合。
「だ、ダメだ。無理、ムリっ!」
Bの声を聞き、野営のテントに隠れたCは頭を抱えてうずくまった。
すでに周囲にはモンスターの気配が満ちていた。
セーフティーポイントだと信じていたため、見張りは入り口と出口にしかいなかった。
まさか、安全圏内でモンスターが現れるなんて。
しかも、主力が全員出払った直後に。
採取班や荷運び係は、まだ眠っている者も多い。
防御を固める余裕も、逃げる時間もなかった。
「どっか行け・・・さっさと通り過ぎろ・・・」
Cは小さく呟いた。
Bの笑い声が聞こえる。
どこか壊れたような、乾いた笑い声だった。
でも、生きている。
それだけで、希望があった。
興味を引かなければ、モンスターも襲ってこない。
そう信じて、Cは息を潜めた。
「僕は石だ。石になるんだ・・・」
そうして、Cは賭けに出た。
結論として――彼は死ななかった。
狙い通りに。
ただ、『無価値』を貫くことには、失敗していた。
彼は、Bよりも『目を引く』存在だったのかもしれない。
「・・・っ」
体が震え、思わず息が漏れる。
感情ではなく、反射的なものだった。
まるで、冷たい水に浸かったときのような、そんな反応だった。
Cの背中には、黒くてスマートな虫が乗っていた
体長180センチ。
高身長で、引き締まった体格。
イケメンの『キセイバチ』だった。
キセイとは――寄生のこと。
他の虫に卵を産みつける習性を持つ彼らは、針を使ってその行動を行う。
今、その生態がCを『利用』しようとしていた。
肉体的な損傷は、ほとんどない。
あったとしても、必要最低限のものだった。
背中に乗った規制バチは、細い腰の先にある腹部を静かに湾曲させ、針を構える。
それは、彼らにとって神聖な行動。
針は、まるで祈るように静かに動いていた。
冷たく、静かで、どこか美しい。
Cは、その動きに共鳴するように、心を委ねていた。
祈るようなその行為の先にあるのは、祝福ではない。
ただ、確実な「支配」のための儀式だった。
それでも、Cは受け入れた。
なぜなら――誰かに必要とされることが、彼にとっての『幸福』だったから。
「これは違う」 そう思った。
でも、その声は遠く、波の向こうで揺れているだけだった。
「ふっ、ふんぐぅっ」
身体と意識が痺れ、Cの目は虚ろになっていく。
意識の奥に、誰かの顔が浮かびかけた。
けれど、それは最後まで思い出されることなく、静かに沈んでいった。
これから彼の目に映るのは――キセイバチの子供たち。
虚ろな瞳が見つめるのは、命の誕生という神聖な未来なのか。
それとも、自分がその『拠り所』として選ばれたという事実なのか。
わからない。
でも、結果はもう変わらない。
Cは思う。
――ぼくは、誰かのために生きている。
それが、誰かの子供でも、虫でも。
ぼくは、必要とされている。
それだけで、笑える気がした。
◇
「協力的だな。ありがたいよ」
ダンジョンレベル18で作成可能なモンスター。
『飼い殺しキセイバチ』の特殊能力だ。
作成には、大量の『ダンジョンポイント』が必要だった。
幸福感を錯覚させる特殊な液体を注入し、対象を『協力者』として導く。
搦め手系のモンスターであり、直接の戦闘力は高くない。
だが、この状態の仲間を目の当たりにした探索者の精神への影響は、計り知れない。
いずれ、Cはキセイバチの子供たちの、優しい世話係となるだろう。
『食事』の準備も、『休息の場』の提供も、彼の役目となる。
彼の一生は、そのために使われる。
命を育む。
意義のある、静かな役割として。
「幕間狂言的な静けさだったね。アクロバティックな舞台だけでは疲れるからな」
高く飛ぶ演出の前には、低い位置に演者を置くものだ。
悲鳴がよく響くように。
思えば、オレはずっと『低い位置』にいた。
誰にも見られなかった、あの旧校舎の隅で。
◇
腐女子A子の場合。
隣のテントで一人眠っていた彼女は、Aの悲鳴で目を覚ました。
服を整え、装備を身につけ、髪を軽くセットする。
その間に、Aはすでに倒れていたし、Bは座り込んでいた。
ようやく覗いた仲間男子のテント。
そこにいたのは――キセイバチと、静かに寄り添うCの姿だった。
A子は尻もちをつき、動けなくなった。
「ち、ちがう・・・ちがうぅぅ・・・これ、ちがう・・・」
少し変わった価値観を持つ彼女だった。
だが、この光景には、彼女の思考も崩れていった。
何が『違う』のか。 どこが『受け入れられない』のか。
わからない。
わからなくなって、壊れた人形のように首を振り続ける。
誰かの名前を呼ぼうとした気がした。
でも、声は出なかった。
喉の奥に、何かが詰まっていた。
きっと、呼べる相手がいなかったのだ。
彼女自身が、それを知っていたのだろう。
彼女の価値観は、誰かを幸せにしたことがなかった。
傷つけてしまっただけだった。
それでも――誰か一人くらいは笑ってくれていると思いたかった。
でも、それもきっと間違いだった。
自分の価値観を押しつけること自体が、間違いだった。
髪を整えるときに見た鏡が、ひび割れていた。
その鏡が映していたのは、彼女の顔。
でも、そこにいたのは『誰か』ではなかった。
ただ、壊れた価値観だけが、形を持っていた。
それは、彼女がずっと信じていた『自分』の形だった。
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