第11話 往路から末路へ ◇とある四人パーティの話◇ ①
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それは、深層へと向かう往路でのこと。
カルマは、低レベルパーティと行動を共にしていた。
そもそも戦闘力がほぼないカルマだ。
前線に出ることは最終決戦でもないとありえない。
今はモンスターを駆逐し終わった後の通路で、採取物を根こそぎ集める作業に従事させられている。
「あははは、いいカッコウね!」
パーティの紅一点、プリーストの女が愉しげに笑う。
「・・・・・・」
カルマは声もなかった。
落としたイアリングを探してと言われて、四つん這いで探していたら背中に荷物を載せられたのが始まり。
重さで潰れそうになりながらも、腕に力を込めて何とか持ち直している間に、首元に何かを巻かれ、引かれるように歩かされた。
「汚らしい使い魔みたいね」
プリーストの少女が笑う。
このところ、魔職の女子たちを中心に面白がっている者がいる遊びが始まったのだ。
不本意な接触を強いられた腹癒せとして、カルマへの『挨拶』が始まった。
「こんなのに『馬』をつけるなんて、センスのない母親ね!」
本人だけでは飽き足らないのか、母親まで侮辱し始めた。
顔を合わせれば「役立たず」としか言ってこない母親のことなので、侮辱されたところでカルマの心は痛まないのだが。
「あ、でもあれかしら? 『駄馬』って書こうとして間違えて『駆馬』になったとか?」
ありそう! と手を叩いて笑う。
「駆け出しそうにもありませんね。這うのがやっとだ」
追従のつもりか、男子Aが調子を合わせる。
リードを引かれ、グルグルと歩きまわらされるカルマ。
荷物の重さに腕が震え、膝が崩れそうになる。
「ヒール」 プリーストの魔法が飛ぶ。
そのタイミングは、まるで意地悪な計算のようだった。
「大丈夫かな? 頑張ってね。心から応援してるよ」
男子Bが笑う。
「はぁ~、面倒くさいなぁ」
プリーストの女が杖を振る。
「サンダーボルト」
軽い雷撃がカルマの足元を走る。
荷物には影響がないように調整されていた。
「私だってね。こんなことしたくないのよ? 面倒だから」
女子Aがぼやく。
カルマを連れ出すのは持ち回り。
目的は、彼の『スキル』による魔力補充。
自分たちの魔力を使い切ったあと、カルマの『無限魔力』で補うのが決まりだった。
「燃えないなら、フレア系も試したいんだけどなぁ」
魔法の練習も兼ねていた。
魔法が撃ち込まれ、ダメージが蓄積される。
そして回復。
それが何度も繰り返された。
痛みはもう感じない。
けれど、誰かの笑い声だけが耳に残る。
それだけが、消えなかった。
「じゃあ、補充お願いね」
女子Aが魔力の残量を確認し、カルマに向かって手を差し出す。
魔力が流れ出す。
彼女の体へ。
カルマの中は、少しずつ空になっていく。
空になっていくのに、どこかにまだ何かがいて、叫んでいた。
声にならない声が、胸の奥で泡のように弾けていた。
それは怒りでも悲しみでもなかった。
ただ、『自分』がまだいると伝える声だった。
それは、数日前のことだった。
今、彼らは63階層にいる。
64階層への挑戦は、主力でなければ許されない。
生産系のスキルも持たない彼らにできるのは、せいぜい採取作業くらいだった。
だから、彼らは油断していた。
襲撃が始まるとも知らずに。
オレの中が、まだ空のままだということも。
そして、その空白を埋めようと、何かが静かに満ちてきていることにも。
それが何かは、まだわからない。
けれど、冷たくて、静かで、確かに『誰か』が、オレの中で目を覚まそうとしていた。
そんな気がしていた。
◇
幸運な男子、Aの最期。
「う、うわぁぁぁぁ!」
悲鳴が響いた。
目の前に迫るのは『アイアンマンティス』。
鉄の鎌を構えた、体高2メートルの巨大なカマキリ。
かつて8階層で主敵だったモンスター。
武装さえ整っていれば、戦闘職なら難なく倒せる相手。
だが、彼は寝間着姿だった。
安全ポイントだと信じて、無防備に眠っていたのだ。
武器も防具も、毛布の下に埋もれて見つからない。
「ひっ、ひぃぃぃぃ!」
思考は逃げろと叫ぶが、体は寝起きで動かない。
足元に広がる水たまり。
恐怖が限界を超えた証だった。
その瞬間、視界がくるりと回転する。
彼の意識は、床に落ちた水たまりの中で止まった。
静かに倒れ込む身体。
その周囲に、赤い液体がじわじわと広がっていく。
水たまりに沈んだ頭の中で、彼の耳に残ったのは、誰かの笑い声だった。
それは、かつて誰かを踏みつけた時の、自分の笑いに似ていた。
◇
『あ。ダメだろ。いきなり終わらせるのはなし!』
ウィンドウ越しに見ていたカルマが慌てて指示を出していた。
決定打は最後の一手にしたかった。
驚きは一度きりだから。
「もったいない!」
あれは、もっと引き伸ばせた。
恐怖の余韻が、まだ熟していなかったのに!
モンスターへの細かい行動指示を簡潔に、確実に行う。
カルマの目は、画面越しに『舞台』を見守っていた。
次の『演出』を練ることに余念がなかった。
◇
ちょっと運が足りなかった男子Bの場合。
「え? なに、ナニコレ!?」
ワタワタと手足を動かすBの前で、Aの姿が崩れていた。
ヤバイ! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイっ!
慌てて後退り、背中を向けて逃げ出す。
とにかく、遠くへ。
誰か、戦えるやつの後ろに逃げないとっ!
意志に反して震える手足を必死に動かし、遠ざかろうとする。
その歩みが、突然止まった。
「あ、れ?」
視界がやけに低い。
ちゃんと走っていたはずなのに。
振り返ると、足元に何かが転がっていた。
自分の右足だった。
乾いた思考で納得し、拾おうと手を伸ばす。
その瞬間、手に走る違和感。
地面に、自分の腕が落ちていた。
「あ、あは。なんで、こんなに…落ちるかな?」
右手を拾おうとした左手に、ひびのような痛みが走る。
「い、いや、だ。いやだぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫ぶBの前に、何かが落ちた。
それは、かすかに赤く染まった右足だった。
アイアンマンティスが、食べかけのそれを捨てたのだ。
口に合わなかったのだろう。
『おいしくない獲物』と判断されたBは、左足などは無傷のまま、見逃された。
石ころのように、興味を持たれない存在になったのだ。
「あ。あは、あはっ・・・あははははっ!」
Bの口から、乾いた笑いがこぼれる。
現実から逃げ出した先で、彼の魂は首を傾げていた。
――誰が笑っているんだろう?
笑える場面じゃないのに。
そして、うっすらと思い出す。
自分もかつて、『笑えない場面』で笑っていたことを。
もしそこにいたのが自分だったら、絶対に笑えなかったはずの場面で。
傷ついた身体を横たえたまま、Bの視界にモンスターたちが映る。
だが、誰一人として彼に目を向けることはなかった。
まるで、そこに『何の価値もないもの』が転がっているかのように。
◇
『うん。こんな感じでいいね』
ダンジョンのステータス画面で『ソウルポイント』が上昇していくのを確認し、カルマは静かに頷いた。
恐怖は、静かに崩れていくのがいい。
それは、あの教室で誰も来なかった三日間に、オレが学んだことだった。
悲鳴よりも、笑いの方が深く刺さる。
なぜなら、笑いは――忘れたはずの罪を、もう一度、思い出させるから。
評価いただけると続編を書く意欲に直結します




