Episode:5 学校2
人で溢れかえる校内を、ただ僕は歩き回る。
時刻は昼前......。
実技試験は昼が終わって少し経った時に、僕の出番だ。
それまでに会場にいれば問題ない。
だから、こうして散策をしている。
場所はいつもと変わらない学校......だが、中に入れば多種多様な種族が入り乱れ、なかなか目にしない光景が広がっていた。
同じ種族でも身体の色が違う。
住む地域によって変わるのか......。
蜥蜴人の鱗は色ごとに耐性があると聞いた事がある......事実だろうか。
知らない世界が眼前に広がり、僕はそれを目の当たりにしていた。
エヴァはとっくに実技試験に行ってしまった。
今なら自由だ。
鎧を叩く鍛人、彼らは自身が作った武具を見せびらかすように声を高らかに鎧を叩いていた。
僕はその音に誘われ、鍛人の男の前に行く。
「おう、ガキンチョ!見ていくか!」
狭い廊下で鎧を売る鍛人......廊下の三分の一を塞ぎ、心底邪魔ではあるが、文句が言えないほど素晴らしい武具ばかりが並んでいる。
「お金はないんです」
「カカッ!見るだけで金はとらねぇよ!」
僕の言葉に、鍛人の男は膝を叩きながら大声で笑った。
「冒険者には必須な武具だ。一生の付き合いになるかもしれねぇからな、ガキンチョも、選ぶ時は慎重に......だ」
「はい」
真剣な声で話す鍛人に、僕は頷いた。
直後、人混みの中から声が響く。
「獣人はまた盗品を扱ってるのかい!?」
「扱ってねぇ!お前ら褐樹人だって、他者から略奪した過去の遺物を用いて発展した種族だろうが!」
怒鳴り声が廊下に響く。
それを聞いていた鍛人はため息を漏らした。
「また褐樹人か......」
「また......とは?」
鍛人の言い方が気になった僕が問いかけると、鍛人は話始めた。
「樹人と褐樹人は、閉鎖的なんだ。森の中で生活を送る特性上、外の世界を知らない。だから、奴らに常識は通じない。だかなぁ、奴らは長寿なだけあってプライドが高い、自分が知らないことがあると怒り心頭。考えを曲げることがないから、ああやって争いが起きやすい」
「なるほど......」
あまり聞かない話だが......。
祭りや実技試験の影響で、世間を知らない人までもが王都に訪れているのか。
怒号を聞きつつ、鎧を眺めていると、ズシンと重い足音と共に、尻に何かが当たる。
その衝撃で前屈みになっていた僕は、床に倒れかけたが、床と接触することはなかった。
「悪りぃなあんちゃん。小さくて見えなかった」
そう話しながら僕の体を支えていたのは、黒い鱗が生えた、太く硬い腕だった。
「いや、大丈夫で......す......」
立ち上がり振り返ると、二百三十はあるだろう大きな体躯が視界に飛び込む。
黒い鱗に筋骨隆々の腕、赤い瞳に、右頬には爪で引っ掻いたような戦闘装飾。インクだろうか?
鎧などは身につけず、布の服を纏う。
軽量化を意識した装備......だが、一際目を引いたのは背に携えた、人程の長さがある二振りの大きな曲剣だった。
黒い......蜥蜴人......。
声が出なかった。
異常なまでの雰囲気、プレッシャー。
目の前に立つだけでわかる力量差。
一目でわかった......強者だと。
黒い蜥蜴人は僕を一瞥した後、怒声が鳴る方に顔を向け、ニヤリと牙を見せながら舌を出す。
爬虫類特有の二股に分かれた舌先、色彩豊かな瞳は、闘争を求めているようにも見えた。
「面白そうなことやってんじゃねぇかぁ......」
黒い蜥蜴人はそう呟いて、重い足音を鳴らしながら人混みを掻き分ける。
数十人が密集した廊下でも、身長の高い彼は常に僕の視界に収まる。
そして、彼が立ち止まった瞬間、耳を刺す怒声が、喧騒が、ピタリと止まった。
黒い蜥蜴人は口を動かす。
距離があるためか何を話しているかは聞き取れない、だが険しい顔ではない。
強者の余裕。それを感じるほど穏やかな表情をしていた。
最後は首を振り、ため息を漏らしたような動作の直後、振り返りこちらまで歩いてきた。
「っち......つまんねぇの」
僕の前に立つ黒い蜥蜴人は、こちらを見下ろしてニヤリと笑った。
「強いやつしらねぇか?俺様が負けるくらいのつえぇ奴。ヤベェ奴」
「......知ら......ない」
色彩豊かな瞳が僕を睨む。
僕は拳を握り、震える体を止めて声を振り絞った。
「そうかぁ......しらねぇか......もし見つけたら、教えてくれ。あんちゃんとは長い付き合いになりそうだ。俺様の直感がそう言ってる」
「わかっ......た」
黒い蜥蜴人が話した言葉に、僕が返すと、ほぼ同時に爆発音が大気を揺らし、校舎が揺れた。
「魔術失敗したぞ!」
「岩人形だ!先生呼んで!」
他生徒が叫んだその声に、黒い蜥蜴人は鼻先をピクピクと動かしニヤリと笑う。
「あっちの方が面白そうだぁ」
まるで悪人のような表情を浮かべた黒い蜥蜴人は、足早に歩いていく。
僕はただ、小さくなるその背中を、佇んだまま見つめることしかできなかった。




