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第2章 友情の契約

七年の月日が流れた。


春を告げる花々が咲き誇る庭園で、リリア・フェルンハートは緋色のドレスの裾を整えた。

もう十七歳。侯爵家の正式な婚約者として、今日ふたたびクライヴと会う。


幼い日の「友達の約束」は、いつの間にか大人たちの手で現実の“婚約”として形づくられていた。


けれど――彼の心は、まだ別の誰かを見ている。


クライヴ・アシュフォードは、今や社交界でも注目を集める青年になっている。

朗らかで聡明、そして誰にでも優しい。

だが、彼の視線が時折遠くを見るように揺らぐことがある。


「……お久しぶりです、リリア嬢」

クライヴの声は、少年の頃よりも低く、柔らかくなっていた。


「本当に、久しぶりですね。立派になられました」

リリアが微笑むと、クライヴは照れくさそうに頭を掻く。

「リリア嬢こそ。すっかり……その、綺麗に」


一瞬の沈黙が落ちた。

互いに大人になりすぎて、どこかぎこちない。


クライヴがカップを置き、小さく息を吐く。

「……リリア嬢。ひとつだけ、正直にお話してもいいですか?」

「ええ」

「ぼく……昔、好きだった人を、まだ忘れられないんです」


(やっぱり)

リリアは心の中でそっと息をつく。

でも、表情には出さなかった。


「お隣の領地の――」

「子爵家の娘、ミリア嬢ですね」


クライヴがはっと顔を上げる。

「ご存じ、だったんですか」

「ええ。彼女は今季、王都の舞踏会に出るとか」


クライヴの目が少し曇る。


リリアはゆっくりと紅茶を口に運び、静かに言った。

「クライヴ様。……わたくしたちの婚約は、政略で結ばれたものです。

愛情がなければ成り立たないわけではありません」


「……」


「けれど、あなたがその方を本気で想っているのなら、私は友人として支えます」

「友人、として……?」

「ええ。あの日、あなたはわたくしに言いましたでしょう? “友達でいてくれる?”って」


クライヴの瞳が、幼い日の光を取り戻す。


「だから――」

リリアはゆるやかに微笑んだ。

「今度はわたくしがその約束を果たします。

婚約者として、ではなく。あなたの友人として、側にいますわ」


「でも、それではリリア嬢が……」

「構いません。愛がなくても、信頼と友情は育ちます。

わたくしはそれで十分です」


彼女の声は穏やかだった。

けれどその穏やかさの奥に、強い意志があった。


「それに――」

「それに?」

「もしあなたの恋が叶うなら、その時は婚約を解消すればいいのです」


クライヴの唇が震える。

「……そんなに優しくしないでください。

ぼく、ますます情けなくなります」


リリアはそっと笑った。

「情けない人ほど、誠実なものですわ」


その微笑みを前に、クライヴは何も言えなくなった。


二人のあいだに流れる沈黙は、昔のように居心地が悪くはなかった。

それはもう、“子供の約束”ではない。


友情の契約――

大人になったふたりが選んだ、静かで優しい関係の形だった。


***

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