フェイユン、造形師を探す。
「ほう、神託を受けたと申すか……。では使徒フェイユンに問おう。美の女神としてはローナ、芸術の女神としてはベーラ、この二柱の女神がすでに神聖ムール王国に顕現し、国境を越えて人々の信仰を集めておられるが、この度新たな美と芸術の女神様が降臨なさったのは何のためであろうな?」
大公の口調はおだやかだったが、問いかけの内容は実にするどかった。この世界最古の王国であり、女神信仰発祥の地でもある神聖ムール王国は、信仰の守護者を強烈に自任している。ニッチなジャンルならともかく、人間の根源を支える新たな女神が降臨したと主張するのは、あのやたらとプライドの高い国にケンカを売るようなものだ。失言に気づいて、俺は言葉につまった。
別に大口をたたくつもりはなかった。ただ、計画の内容に合わせて、フィデリア様を遊興・慰安の女神などと呼ぶのは、彼女をパ〇〇コチェーンかなにかの守り神に祭り上げているようで、とてもじゃないが我慢できなかったのだ。
大公は興味深そうに俺を観察している。いつものヨハン・シューリヒトではないと、とっくに気づいているかのようだ。黙っていてはまずい。だが、だからといって、何て答えればいいんだ……? とその時、突然ヨハンとしての思考が俺の頭の中を駆けめぐった。
「失礼いたしました。フィデリア様を美と芸術の女神とお呼びするのは、あらぬ誤解を招くことになるかもしれません。従来の二柱の女神様が洗練を極めた古典的な美と芸術をつかさどっておられるのに対して、フェイデリア様は芸術に変化をもたらし、新たな美の創造をうながす女神様なのです」
「変化と創造か……、それもまたあの国のお偉いさん達が嫌いそうな言葉だな」
大公はそう言って苦笑した。
「はい、確かに。とにかく、フィデリア様の神殿は、これまでにない未知の体験を提供する場であって、あの国の神殿のように加護を授かりにゆくところではないのだということを、世に知らしめることが肝要かと存じます」
俺はそう答えると、大公と閣僚達に計画の概容を説明した。
閣議の翌日、俺は昼食を終えると、書斎で神殿建設に向けた今後の活動について考えをめぐらせていた。建設用地は大公が別邸の跡地を提供してくれることになった。小高い丘の上の土地で、首都の中心部を一望に収めることができる。神殿を建てるのにこれほどふさわしい場所はない。問題は建設資金の調達のほうだった。方法そのものは考えついているのだが、必要な人材をどうやって見つけ出せばいいのか……。
メイド長のクラリッサが現れて来客を告げた時、秋の日差しはすでに傾きを増していた。
「レオノーラ様とイシス様がお見えになりました」
「今行く」
レオノーラはヨハンの三つ年上の姉で、軍部を統括するブント侯爵家の次期当主ヘルマンのもとに嫁いでいる。この世界は一週間が六日から成り、六日ごとに女神の日という休日が設けられている。レオノーラは他家に嫁いだ後も、女神の日には先日亡くなった父親や弟とアフタヌーンティーを共にする習慣を守り続けていた。
さて、有り体に言ってしまえば、ヨハンはシスコンである。ただし、別に魂が同化したから庇うわけではないが、あれほど聡明で美貌の姉がいたら、シスコンになって当然だろう。少し勝ち気な性格のところもポイントが高い。最近はレオノーラの一人娘で来月六歳の誕生日を迎えるイシスへの溺愛ぶりがエスカレートする一方だが、こちらは決してロリータ趣味ではない。イシスが娘時代のレオノーラにますます似てきたのが原因で、あくまでシスコンの延長なのだ。
娘と並んで応接間のテーブルに着いたレオノーラは、いつものように両目を閉じてストレートティーを二口味わってから、ゆっくりと目を開けて俺を見つめた。髪の色と同じはしばみ色の瞳は、彼女の数ある美点の中でも特筆すべきものの一つだ。それはそのままイシスにも受け継がれている。
「聞いたわよ。お歴々の前で神託を受けたと公言して、使徒名まで名乗ったあげく、神殿の建設費は使徒として自分が都合すると大見得を切ったって言うじゃない」
「まあ、その通りなんだけど、別に大口をたたきたかったわけじゃないんだ。神託を授かったと言っても、それが本物かどうかわからないだろうし、使徒としての力量を証明するには資金調達が一番手っ取り早いと思ったんだよ」
「確かに、神託を受けたと吹聴する人間はいくらでもいるものね……。いきなり宰相に据えられたプレッシャーでおかしくなったのかと心配したけど、超のつくリアリストぶりは健在のようね。ひとまず安心したわ」
レオノーラは再び紅茶を口にしてから言葉を続けた。
「で、その膨大な資金を、一体どうやって集めるつもりなの?」
「女神様の彫像を売る予定なんだけど、実は像を作る職人をどうやって見つけたものか思案中でね……」
「どういうこと? 女神像なんてどの神殿にもあるし、職人なんていくらでも見つかるはずでしょ?」
「確かに女神像はたくさんあるけれど、どれも台座の上に置いて仰ぎ見る大型の像なんだ。僕が売り出そうと計画しているのはずっと小さな像で、作り方のノウハウがまったく別なんだよ。ただ縮小すればいいってわけじゃない。見る角度も目に入る範囲も変わってくるからね」
そう、俺が作りたいのはカプセルトイサイズの女神像なのだ。俺がパソコンもインターネットもないこの魔法世界で、ソーシャルゲームに限りなく近いものを作り出そうとしていることはすでにご承知だろう。この世界にはその中核となるガチャがそもそもない。そこで、資金を集めながらガチャの楽しさを知ってもらおうというのが今回の作戦なのだ。
「小さな像? お守りみたいな?」
「うーん、ちょっと違うな……」
みやげものとしてマスコットは売られているが、作り込みが甘く、とても女神の似姿とよべるようなものじゃない。美はディテールに宿るというのに! この世界の人々に日本的KAWAIIを理解してもらうのは至難の業だ。しかも、女神像を作っているような彫刻家や職人は保守的でプライドが高い。思い描いた通りのものを作らせるのは不可能だろう。
「いきなりつまずくなんて、前途多難って予感しかしないけど、大丈夫なの?」
「まったく新しいことを始めようとしてるからね、まあ、生みの苦しみってところかな……」
そう答えながら、俺はイシスがいつになく大人しいことに気がついた。おマセの彼女は、俺達が深刻そうな会話をするほど口をはさもうとしてくるはずなのだ。そっと様子をうかがうと、自分の椅子の脇に座らせた人形に、ミニチュアのティーセットでお茶を勧めることにすっかり心を奪われている。―イシスが人形遊びとは珍しいな……。何気なく人形に目をやった俺は、そのユニークさに目を見張った。人形といえば赤ん坊が幼児の姿で、育児ごっこのお相手というのがこの世界の常識なのだ。だが、イシスの人形は年頃の貴族令嬢、つまり元の世界のバー〇ー人形やリ〇ちゃん人形と同じ、女の子の憧れ、将来なりたい自分の体現者なのだ。
「新しいお友達?」と俺はイシスに尋ねた。
「ええ、クリスティーナ嬢よ」
「お叔父さんに紹介してもらえるかな? お礼はそうだな……、コルシア産のシルクのリボンはどうだろう? 空色で金糸の刺繍がしてあるんだ。そのご令嬢とおそろいで髪留めに使ったら素敵だろうな」
「いいわ」
イシスは声を弾ませてそう答えると、人形を背後から支えてテーブルの上で立たせ、俺が歩み寄るのを待ち受けた。
「クリスティーナ様、こちらはヨハン・シューリヒト侯爵。私の叔父様なの」
「初めまして、クリスティーナ嬢。まずは我が姪と麗しい親交を結んでくださっていることに心より感謝申し上げる」
イシスは俺の口上を受けて、人形に優美なカーテシーのポーズをとらせた。ドレスの上からでも、関節の動きが驚くほど滑らかなことがわかる。これだけ完璧にポージングが決まったら、動かすのが楽しくてたまらないだろう。イシスが夢中になるのもうなずける。上物のシルクを使った衣装もすばらしいが、ミニチュアのティーセットの精巧さがまたとてつもない。ティーポットもカップも本物の陶器で、色鮮やかなフルーツの模様が手描きで絵付けされているのだ。この世界にはドールハウスという概念はないはずなのに、一体何が起こったというのだろう……。とにかく、この人形師ならいける! 俺はそう確信した。
「姉上、この人形はどちらで?」
「出入りの仕立て屋が持ってきたのよ。知り合いの人形師がちょっと変わった人形を作ったから、見て欲しいって。人形の衣装作りを頼まれたのが知り合ったきっかけらしいわ」
「このドレスはその職人が?」
「ええ、コルセットまでつけているのよ」
「ティーセットといい、どれも凝ってますね」
「年頃の貴族令嬢の姿をした人形なんていうもの自体聞いたことがなかったのに、衣装や調度品までセットになっているなんて信じられないわ。イシスの遊びを手伝っていると、いつの間にかこちらまで夢中になっているのよね」
わかる。フィデリア様をモデルにした人形なら俺だって欲しい。この人形セットが貴族の間で流行してもまったく不思議ではない。ドールハウスは貴族が自分の屋敷のミニチュアを作らせたのが発祥らしいし、日本の雛飾りだって宮中行事から始まっている。『ちひさきものはみなうつくし』 KAWAIIは正義なのだ。
「これを作った人形師にぜひ会いたいんですが」
「仕立て屋に聞けば住所くらいわかるでしょう。確認が取れ次第知らせてあげるわ」
茶会に翌々日の夕方、俺はレオノーラに教えられた人形師の工房を訪れた。名はハロルド・デッカー、その工房は魔道具職人達の工房や店舗が軒を並べているサヴィル街の最奥、より正確には隣町のベール街に抜ける路地の入口の左脇にあった。魔石の産出量がほとんどゼロの我が国にとって、魔石を利用した魔道具作りは最大の産業で、腕利きの魔道具職人達は国から最大級の庇護を受けている。この街に工房や店を持つことは、魔道具職人として一流であることの証なのだ。
訪問の時刻は伝えてあり、玄関の扉は開いていたが、室内に人の気配はなかった。四つの作業台に上には、それぞれ作りかけ、あるいは直しかけの、優に七、八〇センチはある人形が置かれ、周囲の棚にも人形の手足や頭部が乱雑に押し込まれていた。
「デッカー殿はご在宅か?」
隣室に向かって声をかけてみたが、返事はない。見たところ、彼が手掛けているのは糸や棒で操る演劇用の人形のようだった。恐ろしげな魔物や、重々しい甲冑で身を固めた騎士、優雅な貴婦人などの中には、かなりの年代物で、国立劇場などで使用される文化財クラスの人形も含まれているようだった。
それにしても、大型の人形というのは、それだけでもどことなく不気味なものだが、バラバラだったり、内部がむき出しだったりの状態で夕闇に包まれている光景を前にすると、なんとも落ち着かない気持ちになってくる。
「あんたが宰相様か?」
突然の声に、俺は飛び上がりそうになるのをかろうじてこらえた。ヨハンの冷静沈着な性格のおかげだ。正直な話、以前の俺なら叫び声を上げるか、腰を抜かすかしていただろう。
「デッカー殿だな、多忙の折に、突然押しかけて申し訳ない」
「別に構わんさ。一介の職人に宰相様をもてなすなんて芸当が不可能なことは承知の上だろう。仕事は話しながらでもできる。用が済んだら帰ってくれればそれでいい」
ハロルドはぶっきらぼうにそう言うと、魔石を使ったランプを作業台の端に置いて仕事に取りかかった。
「ええ、それで十分です。今日は公人として参ったわけではありませんので」
「従者も連れず、馬車も使わずにご来訪とはな。新しい宰相様は少々変わったお方だという噂は本当らしい」
御前会議でフィデリア様の使徒だと公言したという話がすでに広まっているらしい。さすがにあれは調子に乗り過ぎだったと、俺は密かに苦笑した。
ハロルドの年齢は五十代前半、前世の俺と同じくらいだろう。筋骨たくましい大男か、逆に繊細極まりない小柄な男かという両極端のタイプをなんとなく想像していたのだが、中肉中背の物静かな人物だった。仕事ぶりはただただ淀みなく、すべてが流れるように進んでゆく。カンナがけの一つも見れば、超一流の腕前なのは明らかだ。人形師にギルドや等級があるのかはわからないが、もしあるとすればSランクのマイスターしかありえない。
「操り人形の修理と制作をなさっているんですね」
「ああ……。例の人形に興味を持ったという話だったが、同じものを作れというのならお断りする。あれは、修理の依頼ばかりが立て込んでいたから、手なぐさみに作っただけの代物だ」
「同じものを作っていただきたいわけではないんですが……」
いきなり女神像を作って欲しいと頼んでも、狂信者と勘違いされそうな気がする。どう話を切り出したものか。彼のような職人は、金や名誉では絶対に動かない。引き受けるのはやる価値があると認めた仕事だけだ。
その時、俺は部屋の奥の壁に、魔獣とも人間ともつかない何者かの等身大の人形が掛けられていることに気がついた。材質も木ではなく、操り人形というよりも縫いぐるみに近い。
「ずいぶん大きな人形ですね」と、俺は人形に近づきながら言った。
「ああ、ノバーク帝国(我が国と北で国境を接している大国だ)北部のデルン村には、大晦日にキーリという氷の魔獣のわら人形を作って追い払う祭りがあるんだが、そこと取引のある魔道具職人に、使い捨てでない新しい人形が作れないかと相談されたんだ。操り人形ではなく着ぐるみにしてみたんだが、久しぶりに作った割にはうまく出来たと思っている」
着ぐるみ? この世界には着ぐるみというものはない。だから当然ながら着ぐるみという単語も、この世界の言葉(この世界は単一言語なので、何々語という呼称もなく、単に言葉と呼ばれている)にはない。だからヨハンには理解できなかった。ハロルドは日本語で「キグルミ」と言ったのだ。
「デッカー殿、あなたはなぜ着ぐるみという日本語をご存じなんです?」
「そちらこそ、なぜそれが日本語だと?」
こうして俺達はお互いが同じ世界の、しかも日本からの転生者であることを知ったのだった。
「それで、元の世界でも人形師を?」
「似たようなもんだが、少しだけ違う。作っていたのは映画の撮影で使う着ぐるみだよ」
「特撮映画ですか? あの、手がけられた怪獣の名前をうかがっても?」
「一番知られているのは『ゴドラ』かな。三作目まで俺が担当した」
『ゴドラ』の一作目といえば、怪獣映画の原点にして最高傑作だ。劇場公開は生まれる前だったが、ビデオ、DVD,ブルーレイで、少なくとも五十回は観ている。その着ぐるみの作者に会えるなんて! いかん、落ち着け! 俺は一呼吸置いて、居住まいを正してから彼に言った。
「デッカー殿、尊師とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
※怪獣映画の初期の現場で〈着ぐるみ〉という用語が使われたことはなく、単に〈縫いぐるみ〉と呼ばれていたことは作者も承知しているが、通常の縫いぐるみとの区別を明確にする必要から、この若干新しい用語を採用させていただいた。ご了承願いたい。




