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第9話 決着

月光の下、雪のように白い立髪がそよぐ。


頼みの魔力を使い切り、力の源を失った白帝城の魔王は、頭上の月を無言で見上げる。


暴風は鎮まり、荒れ狂った海は平静を取り戻し、厚い雲は四散して、何もなかったかのように天上の星々が瞬いている。


獅子王は視線を落とし、殺気立つ牛若丸を一瞥してニヤリと笑うと、糸が切れたように、力なく倒れた。


牛若丸は、鬼のような形相で、冷たい石畳の上に横たわる獅子王を睨み、魔剣″炎陽″を強く握りなおした。


牛若丸は、これまで受けたダメージと蓄積した疲労で、刀を持つのもやっとの状態である。

そして、″炎陽″に宿った″不死鳥の炎″の効果は、小さなホワイトボールを快音とともに打ち返した際に失われている。


ここまで戦いを優位に進めることができた牛若丸だが、それは、あらかじめ講じていた策が、たまたまうまくいった結果であり、まともに戦っていたら、勝負にすらならなかったのは明らかである。


到底勝ち目のない怪物と闘っていたのである。

油断はできない。

無理をしてでも、今すぐに、弱って動けない獅子王にとどめを刺さなければならない。

極めて切迫した局面なのである。

チャンスなどという、生ぬるい状況などではない。


しかし同時に、これまで受けたダメージは大きい。

最後の力を振り絞って二弾目のホワイトボールを打ち返したが、このあと、ゴーレムが一体でも復活したら、対処のしようがない。

ゆえに、今すぐに治癒魔法を使用して、回復を急がなければならない状況でもある。


数ある治癒魔法のうち、牛若丸が使うことができるのは、下位の″妖精の息吹″だけである。

下位とはいえ、聖級魔法であることから、使うことができるのは上位の魔法使いに限られる。

そして治癒魔法は、死者を蘇らせる神級魔法と同様に、生命に関わる魔法であることから、他の魔法に比べて、より多くの魔力を消費するうえ、魔法スペルも長い。


今も、大きなホワイトボールから魔力を吸収し続けているブラックボールがあるので、治癒魔法を使用しても魔力切れの心配はないが、詠唱から発動、そして効果の発現までに多くの時間を要してしまうのは、現状において、かなりまずい。


治療を優先して回復に時間を割くか、戦闘を継続して、今すぐに一撃を加えるかという難しい選択であるが、考えている時間は、あまりない。


目の前の獅子王は、倒れたまま、ぴくりとも動かない。

油断を誘うために、瀕死の状態を偽装しているだけなのかもしれない。


しかし、僅かな時間であれば、回復に時間を使っても有利に展開している戦況が変わることはないと踏んだ牛若丸は、獅子王が必死の抵抗に出てきた場合に備えて、ある程度のダメージを回復させることにした。


この安全策は、戦術的には正しい。

しかし、この判断が、後の運命を大きく変えることになる。


牛若丸は、倒れている獅子王から少し離れた位置で、治癒魔法″妖精の息吹″の詠唱を始めた。

余裕がないためか、ショートカットの印は結んでいない。

詠唱後、牛若丸の身体全体が、淡い緑色に光る。

魔力を帯びた鉤爪やかまいたちによるダメージは回復が遅く、治療がなかなか進まなかった。

しかしそれでも、なんとか刀を振るえるまでには回復できた。


まだ万全とまでは言えなかったが、牛若丸は歯を食いしばり、再び、″炎陽″の居合と″氷月″の刺突の二刀流で、獅子王と対峙した。


いつもは羽のように軽い魔刀″氷月″が、鉛のように重く感じる。


最後まで油断することなく、確実に獅子王を仕留めるつもりなのだろう。

牛若丸は、獅子王の動きに変化がないかを慎重に確認しながら、重く感じる体に鞭を打って、少しずつ、ゆっくりと、確実に歩を進めた。


″氷月″による刺突の間合いの距離まで、あと一歩というところで、獅子王の目が大きく見開かれた。


また何かを仕掛けてくるかもしれない、と思った牛若丸は、再び距離をとって守りを固めた。


「そう警戒することもあるまい。」


獅子王は笑っている。


「貴様の勝ちだ。」


獅子王の目が、元の赤色に戻っている。

全身を包んでいた威圧的なオーラもない。


「だがな、タダで負けてやるわけにはいかんのでな。」


獅子王からは、発動中の″支配の鎖″以外の魔力は、まったく感じない。

どう見ても、すでに魔力切れの状態である。


だが、牛若丸は、そんな瀕死の獅子王から嫌な気配を感じた。


ーー これが魔王の重圧というやつか。


などと、今更ながら、魔王の恐ろしさというものが、心の奥底から込み上げてきた。

そして、獅子王の真っ赤な目を見て身震いし、こんな相手と戦っていたのかと思うと、魔刀を握る手に汗が滲んだ。


「この俺に勝利した貴様が″支配の鎖″を完成させるのだ。」


獅子王がそう言うと、牛若丸と獅子王をつないでいる″支配の鎖″が光り出した。

石畳の上のゴーレムの残骸を照らし、さらに光は強くなっていく。

熱くもなく、音もなく、獅子王の立髪のように真っ白で、目が眩むような輝きだった。


純白の光は、白帝城全体を包んだ。


しかし、眩い光は突然失われた。

再び静寂と暗闇が支配する。


牛若丸は片膝をつき、握った刀を杖にして立ち上がった。

強い光で目が眩んだ牛若丸だったが、徐々に視力が戻ると、周囲を見渡した。


ーー 何が起こったのか。


ゴーレムたちの残骸は土塊のままだ。

獅子王も、石畳の上に力なく横たわっている。

ただ、ブラックボールを残したまま、巨大なホワイトボールがなくなっている。

そして、獅子王と牛若丸をつなぐ″支配の鎖″が、消え去っている。


牛若丸が周囲の状況を確認している最中に、獅子王のカッと目が見開いた。


牛若丸はビクリと肩を振るわせ、咄嗟に刀を構えた。

魔力切れを起こしている獅子王ではあったが、まだ油断はできない。

目の前にいるのは魔王なのだ。

絶対に油断などは許されない。


「そう身構えるな。」


獅子王は語りかけるように話し始めた。


「貴様の勝ちだ。」


獅子王の目に戦う意思は感じられなかったが、生気は失われていない。


「そして今、″支配の鎖″は完成した。」


獅子王は、これまでのダメージがなかったかのように、ムクッと起き上がった。

同時に、牛若丸は、身体から大量の魔力が吸い取られるような感じがした。


目の前にあったはずのブラックボールが消えてなくなっている。


牛若丸は、氷月の切先を獅子王に向けたようとしたが、腕と朝に力が入らない。

これは、ただのダメージや疲労などではない。


「何をした!」


取り乱している牛若丸の問いに、獅子王はゆっくりと答えた。


「聖なる支配の光は、貴様と俺を結びつけたのだ。」


さらに獅子王は続ける。


「そして勝利した貴様は、俺の主君となったのだ。」


獅子王は、しっかりとした足取りで、牛若丸に近づいて来る。

今、鉤爪で攻撃を受けたら、回避のしようがない。


「どういうことかと聞いている!」


「そのままの意味だ。お主が俺のご主君となったのだ。」


「僕がお前の主君?」


「そうだ。俺様を従者とする光栄に、感涙して喜ぶがよい。」


獅子王は、満面の笑み浮かべて犬のように座り、巨大な尻尾をブンブンと振り回している。


ーー 魔王が僕の家来?僕が主人?


もう何が何だか、訳がわからない。

頭の中が混乱している。


そして、意識が薄れていく。


ーー あれ?これって魔力切れじゃない?


けたたましい警告音が鳴り響き、″ALERT″という表示が眼前に現れた。


脳の負荷が規定値を超えたため、セキュリティシステムが働いたのだ。

まもなく目の前が真っ暗になった。

強制ログアウトしてしまったのだ。

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