第6話 マジックにはトリック
既に″支配の鎖″の発動から、かなりの時間が経過している。
そして、今も牛若丸の猛攻は続いている。
ーー おかしい。
獅子王は首を傾げる。
牛若丸が身につけている清浄の鎧には、魔力系のダメージを軽減する効果が付与されているが、獅子王から流れ込む膨大な魔力のすべてを防いでいるとは、到底思えない。
くわえて、牛若丸からは驚異となるような魔力も感じない。
にもかかわらず、未だに牛若丸の精神を支配できずにいる。
そして、今も″支配の鎖″の発動で、大量の魔力を消費し続けており、使用した魔力は、長時間にわたって、聖級魔法を繰り返し使い続けるほどの途方もない量に達している。
いかに強大な魔王であっても、魔力が無尽蔵であるわけではない。
つまり、限界はある。
事実、すでに保有魔力量の半ば近くを消費している。
魔力の大量消費が、身体に与える負担も小さくはなく、傷の回復が、徐々に遅くなってきている。
「いい加減にしろ!」
獅子王は声を荒げた。
牛若丸は、再び二本の魔刀で獅子王を斬りつけると、いったん後方へ飛び、勢いをつけて鋭く氷月で突いた。
切先が胸元に入るや、獅子王の反撃よりも速く氷月を抜き、大きく間合いをとると、刺突と居合の奇妙な構えに戻った。
「ちょこまかと動きおって!」
獅子王の表情からは、もはや余裕の笑みが消えてなくなっている。
原則、″支配の鎖″は、複数の者と鎖でつながることはできない。
魔力切れを起こしてしまう危険性があるからだ。
また、敵に仲間の戦士や魔法使いの支援がある場合、これらに魔法で対処せざるを得ず、ただでも多い魔力消費量が、さらに増えてしまうため、″支配の鎖″を使うのは、敵の数を減らすなどして、標的が一人になった時などに限られる。
それもこれも、″支配の鎖″が、異常なほど膨大な量の魔力を必要とするためである。
しかし、いま目の前にいるのは、仲間を連れずに単身で乗り込んで来た少年である。
しかも、この漆黒の剣士からは、魔力をほとんど感じない。
きわめて相性がよく、好条件の相手だといえる。
だから使った。
だが、リスクだらけの″支配の鎖″を使用した本当の理由は、別にある。
いや、″理由があるようで、ない″という表現の方が、正しいのかもしれない。
牛若丸という少年に、強く、ただ純粋に惹かれたのだ。
このような漠然とした理由で、牛若丸を叩き潰すのではなく、支配することを選んだ。
そして、すぐに牛若丸が手に入るはずだった。
しかし、今も氷月と炎陽による容赦のない斬撃で、大きなダメージを受け続けている。
「悪いが、いったん勝負はお預けだ!」
獅子王が背中の翼を大きく広げると、バルコニーの石畳が巨大な影で覆われ、砂埃が巻き上がった。
すでに、著しく魔力を消耗させているうえに、受けた刀傷も小さくはないことから、この場から離脱して″支配の鎖″を強制解除し、魔力と体力の回復を待って、不利な状況を立て直そうとしているのだ。
しかし牛若丸は、そんな獅子王を逃しはしなかった。
「逃がすかよ。」
牛若丸は、死角から氷月で突いて、炎陽を横に払い、続いて、ある魔法を詠唱した。
「魔法だと?!」
獅子王は斬られながらも、強引に飛び立とうとしたが、ドンという鈍い音とともに、翼を広げたまま、石畳に叩きつけられ、純白の翼は土にまみれた。
牛若丸を魔法が使えない剣士だと思い込んでいたため、対処に遅れてしまった。
今、牛若丸が使用したのは、魔力の鎖を相手に絡みつかせて魔力を流し込むことにより、相手の重力を増大させて、物理的に身体の自由を奪う上級魔法″囚われの鎖″である。
この″囚われの鎖″は、″支配の鎖″と同様に、魔力で構成された鎖による拘束魔法であるが、後者は精神を束縛する最上位の神級魔法であるのに対して、前者は、物理的に拘束するだけの一般魔法である。
それゆえ、即効性というただ一点においては、″囚われの鎖″の方が″支配の鎖″よりも優れていた。
だが、それでも上級魔法である。
上級魔法は、同じ一般魔法に属する中級や下級に比べて、詠唱スペルが長いため、当然、詠唱時間も長くなる。
そして、その分、魔力集中が必要となることから、詠唱後の魔法の発動から効果の発現まで相応の時間を要するのだが、牛若丸のそれは短すぎた。
明らかに異常である。
この発現までの速さも、獅子王の離脱が遅れてしまった原因の一つとなった。
獅子王は、仰向けに倒れた状態から鉤爪で斬りつけたが、牛若丸はこれを難なくかわした。
さらに、鋭い鉤爪の斬撃で生じた無数のかまいたちが、石畳の上で土塊となったゴーレムの残骸を両断しながら、牛若丸に向かって突き進んだが、これも軽くステップを踏みつつかわして、お返しとばかりに、幾重にも″囚われの鎖″を獅子王に叩きつけた。
すでに想像を絶する重力に達している。
にもかかわらず、獅子王は砂煙をあげながら立ち上がり、再び鉤爪で襲いかかった。
当たれば致命傷となる渾身の一撃であったが、牛若丸には当たらない。
ーー やはりおかしい。
と獅子王は思った。
″囚われの鎖″は、魔力を大きく消費する聖級以上の上位魔法ではないが、これほど連続して発動させるような魔法ではない。
高度な魔力のコントロールが必要になるからだ。
低魔力者にできるような芸当ではない。
おのずと一つの可能性に行きつく。
ーー 魔力を隠蔽している。
それも、高度なレベルによって、である。
″隠者の衣″という、姿などを隠す魔法がある。
おもに、密偵時に使う上級魔法である。
姿を消す程度であれば、さほど難しくはないが、魔力を隠すレベルになると、話は別である。
魔力の隠蔽や偽装ができるようになるまでには、膨大な時間と労力を費やして、練度を高めなければならない。
そして、隠蔽や偽装を維持するには、その維持する時間に比例した魔力量が必要になる。
獅子王は、あらん限りの力で咆哮した。
獅子王の咆哮には、戦闘不能な状態に陥らせる力があるが、やはり牛若丸には、まったく効果が見られない。
獅子王は身体をくねらせて、猫のように飛び上がり、牛若丸によって振り下ろされる刃から逃れた。
これまでの魔力消費に加えて、″囚われの鎖″と二本の魔刀によるダメージがあるにもかかわらず、これほどの動きを見せる獅子王は、さすがは魔王というところである。
体勢を立て直した獅子王は、石畳を蹴り上げて頭から突進した。
とどめとばかりに、強く振り下ろした炎陽がかわされたため、牛若丸は、受け身が取れない状態で弾き飛ばされた。
石畳に強く叩きつけられた牛若丸は、獅子王の鋭利な鉤爪と、それによって生じたかまいたちも避けることができず、幾重にも引き裂かれた。
獅子王の鉤爪とかまいたちは、強力な魔力を帯びているうえ、それによって受けた傷は、相当深い。
それでも牛若丸は立ち上がり、気を失いそうなほどの激痛に耐えながら、烈火の如く魔刀を振い続けた。
両者は、激しくぶつかり、火花を散らす。
獅子王は思った。
ーー この少年は、″支配の鎖″を知っている。
そして確信した。
″支配の鎖″を使うように誘導されたのだと。
獅子王は戦慄した。




