第4話 支配の鎖
赤い瞳に小さな牛若丸を映しながら、獅子王は考えた。
当初は、ゴーレムによる物量攻撃で簡単に押し切れると高を括っていたが、今、目の前にあるのは、土塊と化した哀れなゴーレムたちである。
そして、鬼神の如く二本の魔刀を振い続ける牛若丸は、再び目と鼻の先にまで迫っている。
牛若丸は、恐るべき手練れの剣士である。
だが、ある弱点が顔を覗かせている。
それは、ただの一度も魔法を使っていないことである。
牛若丸から脅威となるほどの魔力は感じないし、彼をサポートする魔法使いもいない。
獅子王は、ゴーレムを生成するための魔力供給量を一気に増やした。
すると、土塊となったゴーレムを押しのけるように、次々と新たなゴーレムたちが湧いて出てきた。
一体のゴーレムを生み出すだけでも、相当量の魔力を必要とするが、膨大な魔力量を誇る獅子王にとっては造作もないことである。
ゴーレムの数が数倍に膨れ上がったことで、破竹の勢いだった牛若丸も後退を余儀なくされた。
獅子王は、牛若丸が引いたタイミングに合わせて、大きく間合いをとり、魔法の詠唱を始めた。
一編の詩のように美しい音色でありながら、力強い読経のような、独特の抑揚とリズムがある詠唱である。
詠唱と同時に、赤い光を帯びた巨大な魔法陣が、石畳の上に淡く浮かび上がった。
獅子王は、魔刀によって繰り出される強力な斬撃を相手にする必要はないと考え、ある強力な魔法で勝負をつけることにした。
″支配の鎖″という、極めて強力な魔法である。
″支配の鎖″は、魔力で錬成された鎖を介して、攻撃相手の精神とつながり、己の魔力を注ぎ込んで、その精神を支配する魔法である。
ただし、この魔法は、発動者であっても支配を受ける危険性がある。
簡単に言うと、魔力による綱引きをやるのだ。
勝敗は、魔力の強さや量、そして、身体の魔力に対する耐性や許容量によって決まる。
負けた者は、支配を受けることになり、勝敗が確定した後も、精神のつながりが維持されるため、支配関係も続くことになる。
このように、極めて高いリスクがある魔法ではあるが、桁外れの魔力量を誇る獅子王であればこそ、絶対の自信をもって、躊躇することなく使用することができるのだ。
そして、わずかな魔力しか感じない牛若丸に対して、最も有効な魔法であると考えた。
なおも詠唱は続く。
この魔法にはリスクだけではなく、大きな欠点も存在する。
発動までの詠唱時間が長いのだ。
どのような魔法であっても、魔法スペルの詠唱は避けて通れない。
そのため、長短はあるものの、そこに必ず隙が生じてしまう。
強力な魔法であればあるほど、詠唱時間は長くなる傾向にあるが、″支配の鎖″は、他の魔法とは比較にならないほど長い。
そして、詠唱スペルは複雑である。
そのため、この間隙を埋めるために、ゴーレムの数を増やしたのだ。
大きな群れとなったゴーレムたちが、石畳を踏み鳴らしながら、凄まじい勢いで、牛若丸を目掛けて進撃する。
詠唱は終わらない。
しかし、魔法陣が放つ光は、さらに強さを増していく。
十重二十重に守るゴーレムたちに阻まれて、牛若丸は獅子王に近付くことができずにいるが、それでも鬼神のように、二本の魔刀を振い続けている。
倒しても、倒しても、ゴーレムの群れが牛若丸に襲いかかる。
それでも、片っ端に切り伏せる。
次々とゴーレムたちが薙ぎ倒されていく中、獅子王の凄まじい雄叫びが轟いた。
そして、目が眩むような光が、牛若丸やゴーレムたちを照らした。
牛若丸は、咄嗟に身構えた。
ついに″支配の鎖″が完成したのだ。
閃光とともに全てのゴーレムたちが、ただの土と石の塊となり、動かなくなった。
″支配の鎖″が膨大な魔力を消費するため、ゴーレムへの魔力供給をやめたのだ。
獅子王はゴーレムという強力な守りを失ったが、勝利を確信している。
「終わりだ、小僧。」
巨大な魔法陣は、獅子王と牛若丸を飲み込むほどに大きくなり、真っ赤な強い光を発した。
強い衝撃波とともに、遠く離れた獅子王の体から無数の鎖が触手のように伸び、牛若丸を包むよう取り囲んで絡み付いた。
魔力の鎖が、牛若丸の精神の核と繋がると、獅子王は、膨大な魔力を容赦なく流し込んだ。
牛若丸が身につけている漆黒の鎧が、青く光っている。
「ほう、清浄の鎧か。」
清浄の鎧は、牛若丸が両手に握る魔刀ほどではないが、稀少な魔法武具である。
この武具には、魔力を弾き返す効果があり、獅子王から流れ込む魔力に反応して光っているのだ。
しかし、濁流のような魔力を押し留めることはできない。
明らかに、焼け石に水である。
獅子王は勝利を確信した。
純白の立髪が、魔法陣の光を受けて、真っ赤に染まっている。




