第17話 消えた獅子王
東の空をオレンジ色に染めながら、ゆっくりと昇る太陽が、冷え切った砂の大地を徐々に照らしていく。
野営用のテントから出た牛若丸は、眩しそうに目を細め、両手を朝焼けの空に向けて思いっきり伸ばした。
吐息が雪のように白い。
「砂漠の夜が寒いことは、知ってたけど、朝が、こんな寒さだとは思わなかった。獅子王が、毛布の中にいてくれて助かったよ。」
少し前まで、牛若丸が包まっていた毛布の中では、赤い目をした猫が丸くなって、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
このアメリカンショートヘアに似た風貌の猫は、言うまでもなく、獅子王という名の魔王であるが、身も心も飼い猫になってしまったかのようである。
「毛布の中は天国なのだ。毛布の外は地獄なのだ。」
ーー 完全にニャンコだな。
いつのまにか獅子王は、毛布からチョコンと顔だけを出している。
もはや、魔王の威厳は、どこにもない。
ーー ウェルスに行ったら、猫じゃらしを買おう。
そんなことを考えていると、不意に獅子王が話しかけてきた。
「若様は、楽しそうな顔をしてたが、何かいいことでもあったのか?」
真顔で話しかけてくる獅子王を見て、思わず吹き出してしまった牛若丸は、その場を取り繕うように、ありきたりの質問で返した。
「ウェルスまで、あとどのくらいかな。」
獅子王は、耳をぴくりと動かすと、ウェルスとは反対の方角をチラリと見た。
「今は、ちょうど砂漠の真ん中なのだ。」
「そうだね。」
獅子王は、東を見ている。
「何事もなく、今日中に砂漠を越えることができたら、明日には到着するのだ。」
「獅子王の背中は、最高の乗り心地だったよ。それに、すっごく速かった。」
牛若丸は、白帝城から砂漠までの間は、歩いて来たが、砂漠に入ってからは、本来の姿に戻った獅子王の背中に乗って、ここまで来ている。
今の獅子王の体は″分身体″であるため、元の姿になったとしても、魔力量は本来の10分の1にも満たないが、それでも、大きな魔力であることに変わりはないため、白帝城の周囲に設置された魔力計が反応してしまう可能性があったことから、砂漠までは徒歩で移動して来たのだ。
「砂漠を越えたら、また歩きになるね。」
獅子王は、ヒゲをピンと立てている。
「そうだな...。危険を冒してまで急ぐことはないのだ。」
砂漠を越えた辺りから、人の往来が増えてくることから、本来の獅子王の姿ではいられないことは、わかっているようである。
「それでも、ここまで獅子王の背中に乗って来れたのは、かなり助かったよ。」
「速さだけではないぞ!砂漠の大ワームどもが
、俺を恐れて出てこれずにいたぞ!」
「たしかに、ここまで魔物に遭遇することはなかったね。」
「であろう?俺様はすごいのだ。」
獅子王は、どうだ、と言わんばかりの顔を毛布から出している。
「さすが魔王様だね。でも、そろそろ毛布の中から出ようか。」
牛若丸は、獅子王が出て、抜け殻となった毛布やテントを片付けると、白色の布でできた道具袋に、手際よく収めた。
道具袋の見た目は小さいが、その中は魔法によって空間が拡張されているため、テント程度の物であれば、難なく入れることができる。
「獅子王って、普段は何を食べてるの?」
「栗なのだ。」
「栗ご飯が好きなの?」
「好きだが、欲を言えば、米は不要なのだ。」
「え?どういうこと?」
「栗だけの方がいいのだ。」
「栗が大好きなんだね。」
「栗は、俺の主食だからな。」
牛若丸が笑うと、獅子王は、フンと鼻を鳴らした。
「笑い事ではないのだ。栗のストックが少なくなっていたので、補充するためにウェルスへ行こうと思っていたところに、若様の殴り込みがあったのだ。」
「殴り込みって...。」
牛若丸が、苦笑いをしていると、獅子王は、急に真剣な表情になった。
「そんなことより、若様に伝えたいことがあるのだ。」
「朝ごはんは、栗を食べたい、とかいう話?」
「おう!栗が食べたいのだ!いや、そんなことではないのだ。」
獅子王は、牛若丸の肩にヒョイと飛び乗り、耳元で何かを囁いた。
既に、灼熱の太陽は舞鬼たちの頭上にあり、容赦なく彼女たちを照りつけ、足元の砂は、熱せられた鉄板のようであった。
現在、舞鬼たちは、獅子王がいると推定される場所から200メートルしか離れていない近距離にいる。
「貸してくれ。」
舞鬼は、リドルノートから受け取った望遠魔鏡を覗き込んだ。
いつになく慌てた様子である。
「何かあったのか?」
舞鬼の険しい表情を見たリドルノートは、何らかの異変が生じたことを察した。
舞鬼は、望遠魔鏡をリドルノートに返し、手短に答えた。
「獅子王が消えた。」




