第16話 ちょっとだけ休憩
舞鬼たちは、日の出前に城を出た。
白帝城の周辺は、温暖な海風で醸成された緑豊かな草原が広がっているが、西へ10キロメートルほど行くと″獅子砂漠″と呼ばれる小さな砂漠が出現する。
この砂漠は、濃い魔力で満ちており、その影響で巨大ワームや大サソリなどの強力なモンスターが生息する危険な地域となっているが、幸いなことに、ここまで凶悪なモンスターとは出くわしていない。
現在、舞鬼たちは、砂漠に15キロほど入ったところで、砂の上に腰を下ろしている。
リドルノートの体力強化魔法のおかげで、短時間でここまで来ることができたが、それでも厳しい砂漠の環境が容赦なく体力を削るため、できるだけ疲労を蓄積させないように小休止しているのだ。
「ここから10キロほど先で、獅子王の魔力を感じる。」
舞鬼の吐く息が、その顔を隠すように白い。
「ただ、昨晩から獅子王に動きがない。我々と同じように、休息をとっているのかもしれない。」
「僕たちを迎え撃つ気でいるんじゃないの?」
杖を握るミミーの手に、力が入る。
「呑気に寝てるんじゃないの?』
リドルノートが、ミミーの緊張した表情と口調を真似て茶化すと、顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「僕たちが追っているのは、あの獅子王なんだよ!ふざけないで!」
「わかってる...、わかってるって...。悪かったよ。」
やれやれといった表情のリドルノートは、真剣な眼差しで西の方角を見ている舞鬼に話しかけた。
「女って真面目だよな。」
「私も女だからミミーの気持ちは、よくわかる。それに彼女は、まだ若い。人生経験が少ない年下の者を揶揄うのは、よくないと思う。」
「そ、そうだな。今後は気をつけるよ。」
「男が不真面目すぎるのだ。」
「ホント、ごめんなさい。」
後ろを振り返ると、まだミミーは怒っている。
「それにしても、砂漠の朝は寒いな。俺は寒がりだから、まあまあ堪えるんだよね。夜に比べたら、かなりマシなんだろうけど。」
「あぁ、白帝城で夜露を凌いだのは、正解だった。」
リドルノートも西に目を向けた。
視線の先にあるのは、荒涼とした砂漠の光景である。
「ここだったら、舞鬼の千里眼で、あいつの姿を見ることができるんじゃないか?」
リドルノートが言う″あいつ″とは、無論、獅子王のことである。
舞鬼は、首を横に振った。
「少し前に千里眼を使ってみたが、まったく駄目だった。砂漠の濃い魔力が影響しているのかもしれない。」
千里眼は、魔力で錬成した魔眼を遠隔操作で移動させて、遠くの状況を偵察する魔法であるが、魔眼は強い魔力を帯びているため、探知されやすいという欠点がある。
そのため、千里眼を使うことができるのは、戦闘に魔法が使用されることで、残存魔力が満ちている戦場等、魔力探知が難しい場所に限られる。
この獅子砂漠も濃い魔力で満ち溢れているため、リドルノートは、千里眼での偵察が有効だと考えたのだが、濃すぎる魔力が干渉して魔眼との繋がりを阻害し、千里眼がうまく機能しなかったのである。
「てことは、こいつを使うしかないな。」
リドルノートは、道具袋の中から望遠魔鏡を取り出した。
この魔道具は、魔力が練り込まれたレンズを使用しているため、現実世界の望遠鏡よりも遠くを見ることができる。
そして、魔力を遮断する筒で覆われているので、レンズが発する魔力が外に漏れ出ることがないうえ、千里眼とは異なり、周囲の魔力に影響されることがなく、さまざまな場面で使うことができる。
「遠距離偵察が得意な千里眼とは違って、この望遠魔鏡で見ることができる距離は、せいぜい500メートルくらいなんだよね。」
「獅子王に近づく必要があるということだな。」
「まあ、そういうことになるな。」
「リドルは、こんな珍しい魔道具をどうやって手に入れたの?」
ミミーは身を乗り出し、好奇心で溢れる目で、リドルノートが手に持つ望遠魔鏡を見ている。
既に、機嫌は直っているようである。
「それはな、俺が課金王だからさ。」
「へぇ、そうなんだ...。」
「あれ?なんか引いてない?」
「.........。話を戻すが、獅子王が動き出す前に、ある程度近づく必要があるが、ここからは、リドルノートの体力強化魔法が使えなくなるから、休憩なしの強行軍になる。」
これまでは、獅子砂漠の濃い魔力によって、リドルノートの体力強化魔法の魔力がかき消されていたが、ここから先の使用は、獅子王に感知される危険性があるのだ。
「強い魔力を発している人間が、高速で近づいて来たら、誰でも警戒するよね。了解だ、舞鬼。」
「了解ですよ、リーダー。」
「暗黒の森に続いて、獅子砂漠の踏破なんて、なかなかハードだけど、頑張って獅子王に追いつくしかないな。」
リドルノートは、小柄なミミーをチラリと見た。
「僕は大丈夫だよ。リドル、心配してくれてありがとう。」
「別に心配なんかしてないけどな。」
「相変わらず、君たちは仲がいいな。」
「仲良くなんかないもん!」
ミミーの顔が赤くなっている。
「俺は、ミミーのことが大好きだけどな。」
「もお!リドルも、僕のことをからかわないでよ!」
舞鬼が顔の半分が口になるほど大笑いすると、他の2人も弾けるように笑った。
「リドルノートとミミーは、武具や魔道具に異常がないかを確認してくれ。私も武具や魔道具に異常がないかを最終確認する。」
これから舞鬼たちが近接偵察を行うのは、伝説の魔獣であり、魔王でもある獅子王である。
万が一のミスも許されない相手である。
舞鬼は、そんな獅子王と戦闘になることを視野に入れていたが、それを口にはしなかった。
恐怖心を煽るだけだからである。
しかし、リドルノートもミミーも、そのことはよくわかっていた。
「いよいよ僕たちは、あの獅子王に接近するんだよね...。」
ミミーが不安そうに、リドルノートの方を見た。
するとリドルノートは、勢いよく立ち上がり、真剣な表情で、神官の杖″神笏″を握り直した。
「いざとなったら、こいつでみんなをフォローするから安心しろ。」
″神笏″は、魔法を詠唱することなく神の奇跡を起こして、身体能力や防御力を向上させたり、体力を回復させる希少な杖である。
その効果は絶大だが、消費する魔力量が大きいため、上位の神官でなければ使うことができない。
「僕も攻撃魔法で、舞鬼やリドルを援護するよ。」
ミミーはリドルノートに続いて、魔導士の杖″火龍の王笏″を天高く突き上げた。
″火龍の王笏″は、古代竜の牙で作られた杖である。竜が吐く炎に匹敵する火炎魔法を発動させることができるが、″神笏″と同様に、魔力消費が大きすぎるため、上位の魔導士でなければ使いこなすことはできない。
「2人とも頼りにしてるが、戦って勝てる相手じゃないからな。あくまでも偵察が目的だということを忘れるな。」
「その点については、舞鬼の方が心配だぞ。」
「僕も、リドルと同意見だよ。」
「それは、どういうことだ?」
「何があってもキレるなよ。」
「そうだよ。何を言われても、怒っちゃダメだよ。」
「あぁ、わかっている...。」
「舞鬼は優しい反面、短気なところがあるから、相手が挑発してきても、軽く受け軽く流せよ。」
「舞鬼さんは、すごくいい人なんだけど、気が短いところがあるから...。でも、そういうところも、僕は好きだよ。」
「2人して、私をキレキャラ扱いして...。わかった!何があっても、怒らないで冷静に対応するから、心配しないでくれ!」
「ほら、また怒ってるし。」
「本当に頼むぜ。憤怒の舞鬼さん。」
「そ、その名はやめろ!いや...、やめていただけますか...。」
「いや、キャラ変しろとまでは言ってないし。」
リドルノートは苦笑いをし、ミミーは笑うのを必死に堪えている。
3人が、このようなやりとりをしていた頃、獅子王は、牛若丸の毛布の中で丸まっていた。
獅子王たちは、呑気に寝ていたのである。




