第15話 調査隊
白帝城は、西の都ウェルスと東の都市国家ダーウィンの中間の位置に存在する。
切り立った崖の上にそびえる魔王の城は、三方が海に囲まれた天然の要害である。
城門までは、細長く伸びた急な坂道を通らなくてはならず、一度に進むことができる兵数が限定的となるため、大軍による城攻めを難しくしている。
城郭に使われている白狼石は、魔力によって硬度が増しているうえ、強い魔力耐性もあることから、破城槌や投石器等の攻城兵器による攻撃を寄せ付けないだけではなく、強力な魔法攻撃に対しても高い防御力を発揮する。
仮に、攻撃によって城壁や本城などが損傷しても、ゆっくりとではあるが、怪我を治すように修復してしまう。
守るに易く、攻めるに難い、難攻不落の堅城である。
3年前に、ウェルスランド王国がこの城を攻めた時は、狭路が邪魔をして、多くの兵士たちが犠牲となり、攻撃開始から僅か半日で、兵の損耗率が3割に達した。
それでも、強力な攻城兵器で兵士たちを援護し、残った兵力を総動員して激しく攻め立てたが、白帝城が揺らぐことはなく、攻め手に勢いがなくなると、城壁の内から湧き出てきた魔物たちの反撃に遭い、日を経ずして、軍は全滅してしまった。
このように、大軍に対しては鋭い牙を剥く白帝城であったが、城に入ろうとする者が20名未満であれば、魔物に襲われることはなく、悠々と城門を通って、獅子王がいる玉座の間まで行くことができる。
そんな白帝城を目の前に、エルフたちは、高くそびえる城壁を見上げている。
夕刻に出発した牛若丸たちと、入れ違いでの到着となった。
既に日は落ち、白帝城は月明かりで照らされている。
エルフたち一行は、城塔に囲まれた城門を通り、白帝城の敷地内に立ち入ったが、やはり魔物の襲撃はない。
城門前の石版には、こう刻まれている。
『勇者になろうとする20に満たない者たちよ、玉座の間にて待つ。』
中庭まで進むと、開け放たれた本城入口の分厚い扉が見えてきた。
本城の中に入り、大広間や謁見の間などを抜けて、さらに先へ進むと、獅子王がいる玉座の間へと続く回廊に至るが、舞鬼たちは、獅子王と戦うために、ここへ来たわけではない。
彼らは、エルフ族のレイシャルギルド″風神″の指示により、大きな魔力の発生源である白帝城を探るために、ギルド本部があるダーウィンから、やって来たのである。
津波被害などで王都ウェルスが混乱していることもあり、1日も早く、白帝城で何が起こったのかを調査する必要があった。
そのため、一行は、エルフ族とは敵対関係にあるダークエルフが支配する″暗黒の森″を通る最短ルートを選んだ。
途中、激しい戦闘が何度かあり、疲労がピークに達していたが、3人の表情には明るさがあった。
一行の中で、一際目立つ長身の男がいる。
名をリドルノートという。
この男は、治療系の魔法を得意とする高位の神官であるが、負傷した仲間を癒すだけではなく、困難な旅路の中にあっても、冗談を言うなどして場を盛り上げるムードメーカーでもあった。
リドルノートは、魔力計の数値を見ながら、エルフ特有の尖った耳を右手で触っている。
顔に疲れが出ているが、表情に暗さはない。
「さすがは獅子王だね。残存魔力でこの数値はヤバいよ。こんな化け物と戦ったことがある舞鬼は、まともじゃないよね。」
リドルノートは、笑いながら舞鬼をからかったが、白いローブに身を包む小柄な魔法使いは、これとは正反対に、深刻な表情で、驚きの声を上げた。
「この数値はありえないよ!本当に化け物だよ!僕たちが戦って勝てる相手じゃないよ!」
自分のことを「僕」と言っているが、ミミーという名の若い女性である。
いわゆる僕っ子である。
リドルノートが、首をすくめて「俺に言わせると、舞鬼も十分に化け物だけどね。」と、茶化すように言ったが、ミミーは、真剣な表情のままである。
「笑い事じゃないよ!」
ミミーは小動物のように、怯えた瞳で周囲を窺っている。
そんな2人をよそに、髪が長い端正な顔立ちの女性が、厳しい表情でウェルスがある西の方角を見ている。
名は舞鬼という。
このパーティーのリーダーである。
「この近くに獅子王がいるんじゃない?獅子王って、心を奪う妖怪だって聞いたことがあるよ。僕は怖くて仕方がないよ。」
舞鬼は、青ざめた表情のミミーに寄り添うように、肩を抱き寄せた。
「大丈夫だ。この近くに獅子王はいない。」
「でもマップウインドウでは、獅子王は、この城にいることになってるよ!」
ミミーは、舞鬼にマップウインドウに表示されている獅子王の座標を見せた。
マップウインドウとは、地図を使用すると表示されるウインドウで、街や仲間の位置、クエストの目的地などを示してくれる。
マップウインドウには、魔王である獅子王がいる座標も表示されている。
魔王討伐は、最高ランクのクエストであるので、表示されていて当然ではあるが、同時に、マジックジェネシスの世界が創られて以来、獅子王は、この城から動くことはなく、この先の玉座の間にいるということも、当然のこととして、多くの人々に認識されている。
そして今も、この城に存在していることになっている。
舞鬼は、玉座の間に視線を移して、静かに言った。
「獅子王は、この先にある玉座の間にはいない。ここより西へ10キロほど離れた場所にいる。この禍々しい魔力は、間違いなく奴のものだ。」
リドルノートも黙ってしまった。
舞鬼は、獅子王と戦った経験がある、数少ない戦士である。
そして、人並外れた魔力感知能力があるため、機械的な数値としてではなく、魔力の質を感じ取ることができるのだ。
「もう一つ付け加えると、獅子王ほどではないが、大きな魔力を放っている者が、奴と一緒にいる。」
「西ってことは、ウェルスがある方向に向かっているのか?。それも獅子王だけじゃない?!」
リドルノートは、相変わらず右耳をせわしく触っているが、表情から明るさが消えている。
「獅子王たちが向かっているのは、ウェルスで間違いない。」
舞鬼が断言すると、リドルノートは、血相を変えて叫んだ。
「最悪だ!魔王に攻められたら、今度こそウェルスは滅ぶぞ!」
「いや、ウェルスランド王国が滅ぶことになるだろうな。」
3人の間に、重い空気が流れる。
一呼吸を置いて、舞鬼は続けた。
「王に義理立てするわけではないが、私は獅子王たちを追う。」
ミミーとリドルノートは、お互いの顔を見合った。
「2対3か。数では僕たちの方が上だけど...。」
ミミーが、算段するように、舞鬼とリドルノートを見ながら言うと、舞鬼は首を振った。
「いや、君たちは、ダーウィンのギルド本部に戻ってくれ。獅子王を追うのは、私だけでいい。」
「だめだよ!僕たちは仲間でしょ?」
ミミーの表情に、力強さが戻っている。
「足手まといになるだろうけど、これでも一応、俺達はエルフなんだ。いざとなったら、舞鬼の盾くらいにはなれるさ。」
リドルノートも、舞鬼について行く覚悟を決めているようである。
「やつらは、どちらも化け物だぞ。」
「怖くないと言えば嘘になるけど、それは、舞鬼さんも同じでしょ?僕は、精一杯がんばるよ。」
「そういうことだ、舞鬼。これまで何度も、ヤバい橋を渡ってきてるじゃないか。そして俺たちは、いつも勝利してきたよな。」
「だよね。僕も舞鬼さんが行くところだったら、どんなところにでも、ついて行くよ!」
「ありがとう。君たちが来てくれたら、本当に心強い。」
舞鬼は、深々と頭を下げた。
「よせよ、水くさい。仲間じゃないか。」
「そうだよ、僕たちは、舞鬼に何度も助けてもらってるじゃない。」
「ありがとう。本当に、ありがとう!」
白帝城に来て、初めて舞鬼は微笑んだ。
「まずは疲れを取るために、獅子王がいないこの城で、ゆっくりと休むとしよう。夜が明けたら
出発だ。」
「魔王の居ぬ間に洗濯というやつだな。」
リドルノートが冗談を言うと、ミミーはクスリと笑った。
パーティーに、明るさが戻った。




