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第12話 マジックジェネシスとヤハーウェイの台頭

牛若丸が獅子王と死闘を繰り広げたマジックジェネシスは、世界最大のプレイヤー数を抱えるフルダイブ型VRゲームであるが、このゲームは、末期がん患者等に対する医療システムを開発する中で生まれた。


マジックジェネシスの原型であるフルダイブ型VRシステムによる医療が試験的に運用されたのは、今から約30年前のことである。


この医療システムは、脳に電気信号を送ることで患者を睡眠状態にして苦痛を軽減し、システムが創り出す仮想世界の中で快適な生活を体験させるというもので、終末期にある患者の緩和ケアとして、医療機関向けに開発が進められた。


このシステムが持つ最大の特徴は、仮想空間における時間が、現実世界の120倍の速さで進むことにある。

ログイン時間が僅か1秒であったとしても、バーチャル世界では120秒もの時間が進み、現実世界での1時間は5日間となる。

この仮想時間は、病気によって患者が失われた時間を補完することで、極めて有効に機能した。


このように、重篤な状態にある患者に対して有用な医療システムであったが、大きな問題を抱えていた。


初期のフルダイブ型VRシステムは、大掛かりなデジタルデバイスが必要であり、手軽に利用できるシステムとは言い難いものだった。


システムとリンクするためには、患者の身体に無数のハーネスを取り付けて、電気信号を伝達する液体で満たされた浴槽に入らなければならないなど、利用者の身体や心にかかる負担が大きいことに加えて、患者の生命維持や安全性の確保のために、複数人による監視を行わなければならないことが、医療機関に、法的な責任やコストとして、重くのしかかった。


さらに、医療行為としてシステムを使用することから、一部の患者にしか使用することができないという法的な制約があり、残された時間を家族とともに仮想世界で生活をしたいという患者たちの希望は叶えられなかった。


しかし、開発会社の合併により、状況は大きく変わった。


今から、約20年前のことである。


ヤハーウェイという日本の中堅企業が「患者とその家族の救済」を大義名分として買収したことにより、開発会社を飲み込んだのだ。

この会社は、日本国内で企業向けのソフト開発を手掛けて、着実に収益を上げている優良企業ではあったが、会社の規模としては小さくはないが大きくもない、といった程度で、それほど目立つ存在ではなかった。

しかし、当時は、医療関係者以外には、あまり知られていなかったフルダイブ型VRシステムに対して、身の丈に合わない巨額の資金を投入して、大規模な開発と本格的な運用を始めた。


まず、AIによる高度な監視システムを導入した。

これによって、医療従事者によるモニタリングが不要となり、人的コストが大幅に削減されただけではなく、ヒューマンエラーというリスクが小さくなったことで安全性が高まった。


次に、複雑なハーネスや大掛かりな設備が不要な医療用デバイスを開発する中で、小型の電子デバイスとして、頭部に装着するだけで、パソコンやゲーム機と脳をリンクすることができる″ハイパーブレインヘッドギア″が生み出された。

後に、頭文字をとって″H.B.H″という商品名で発売されるこのヘッドギアの登場で、一般家庭への門戸が開かれたことの意義は大きく、自宅と病院で離ればなれになっていた患者とその家族が仮想空間を通して繋がり、患者のメンタルケアが大きく進んだ。


多岐にわたるシステム開発やアップデートを進めるとともに、政府に対する規制緩和の働きかけを行うことで、患者や家族の友人などをゲストとして、仮想世界への一時的な招待が可能になり、利用者の範囲も広がった。


このような利用者層の拡大は、多様なニーズを生じさせたが、それらを吸収することで、システム開発が医療という固定概念から解き放たれ、開発者たちの創造力を刺激した。


様々な開発が進む中で、最も成功したものの一つが″魔法″である。


患者やその家族が楽しめるように、仮想空間で魔法を使えるようにした。

このシステム更新が、フルダイブ型VRゲームの原型だといわれている。


ヤハーウェイは、この仮想空間を″エターナルライフ″と名付けた。


フルダイブ型VRシステムの黎明期にあっては、開発者だけではなく、患者たちの想像力や好奇心も大いに膨らんだ。

魔法スペルを詠唱するだけで、火を灯し、風を吹かせ、水を凍らせるなどができるようになるなど、基本的な魔法の概念が形成された。


現在は、この黎明期を古代魔法時代と呼んでいる。


神級魔法や聖級魔法といった強力な魔法も、この時期に生まれた。

ただし、これらの上位魔法は、娯楽目的に作られたわけではなく、特定のユーザーを排除する目的で作られた。


ゲストを迎えるようになってから、魔法を悪用した事件が多発するようになったことから、これを取り締まるために作られたのだ。

中には、穏やかな最期を迎えたいという患者やその家族を傷つけるというものまであった。

このように、エターナルライフの環境悪化が著しかったため、その対策として作られたものであるが、神級魔法や聖級魔法は、誰にでも使えたわけではない。


悪意のある者たちを取り締まるために創設された、患者の家族で構成する治安維持隊に属する者のみが、その使用が許された。


そして、これらの魔法は、使い方によっては危険なものになるため、治安維持以外の目的では使えないようにしたうえで、現実世界には存在しない特殊な言語によってのみ発動するように設定して、簡単に使うことができないようにした。


このように、いくつもの制約を設けたうえで、悪質性の高いユーザーに対しては、″支配の鎖″などの神級魔法を使用して、擬似的な苦痛を与えたうえで、永久にアカウントを使えないようにした。


このような方法で解決を図ろうとしたのは、ユーザーを強制排除するのではなく、ユーザーの自治による改善という形をとることで、自由な世界観を損なわないようにしたかったからだと運営側は説明しているが、世間では、別に目的があったのではないかと言われている。


その根拠とされているのは、ヤハーウェイが次に行ったことにある。


ヤハーウェイは、魔法被害の根本的な解決策として、エターナルライフと瓜二つの仮想世界をもう一つ作り、患者とその家族が利用する、安全な医療スペースと、不特定多数の者が娯楽として楽しむ、自由なゲームスペースに分けたのだ。


そして、このゲームスペースを″マジックジェネシス″と名付けた。


世界初のフルダイブ型VRゲームの誕生である。


これによって、医療行為という法的な縛りから完全に解放され、自由な開発と運営が可能となった。


これまでの医療機器開発で裏付けられた高い技術力と、安全な医療システムの延長にあるという強い安心感もあって、マジックジェネシスは、瞬く間に多くの人を魅了して、世界を席巻した。


マジックジェネシスの爆発的ヒットにより、ヤハーウェイは大きな成功を収め、世界のトップ企業と肩を並べるまでに成長した。


ヤハーウェイの台頭に対して、一部のマスコミは「患者とその家族の救済」を目的として行われた開発会社の買収は、マジックジェネシスをリリースするための布石だったのではないか、という疑念を報じたが、世界中で増え続けるプレイヤーたちの熱気が暴風となって、マスコミの批判を吹き飛ばした。


熱を帯びた時代の中で、今もエターナルライフは、静かに息づいている。

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