第11話 勇者になった。魔王になった。
夜が明けようとしている。
水平線の向こうで、ゆっくりと顔を出し始めた朝日が、光の道を作り、海を赤く染めている。
若宮は、マジックジェネシスに再びログインしている。
牛若丸は、その幼い顔とは似つかわしくない玉座に腰をおろし、威厳の塊のような獅子王は、その前で忙しく尻尾を振っている。
魔王が配下となっている。
これは、極めて異常な状況である。
牛若丸は玉座から、おとなしく座っている獅子王に問いかけた。
「お前は、僕の敵ではないの?」
「俺は、主君殿の従者だ。主君殿に従って、ついて行くだけだ。」
獅子王は、嬉しそうに答えた。
「僕が、この城から出て行っても、ついてくるの?」
「どこまでも、ずっと、ついて行く。」
こんな巨大な化物を連れて、街中を歩くことはできない。
そんなことをすれば、間違いなく注目の的になる。
牛若丸は、深く深呼吸をしたあと、ステータスウインドウを開いた。
この30センチ四方で表示されるウインドウは、プレイヤーの意思によって起動する。
ホログラム映像のように映し出されている内容は、ゲーム世界における自分の能力や状態、そして、保有アイテムやプレイ時間等である。
「よし!勇者になっている!」
ステータスの称号欄に、″勇者″という表示があった。
システムは、牛若丸が獅子王に勝利したという認定をしているようだ。
勇者の称号を得るには、魔王を倒す以外に方法はない。
そして、この称号を持つ者は、現時点において牛若丸だけである。
牛若丸は、拳を強く握って突き上げ、勢いよく立ち上がった。
しかし、飼い犬のように、おとなしく座っている獅子王が目に入ると、高まった感情は一気に冷めてしまい、突き上げた拳をゆっくりと下ろした。
冷静になって、ステータスウインドウをよく見ると、牛若丸の気持ちを地の底に落とすような表示があることに気付いた。
「魔王になってるし!」
称号は″勇者″だけではなかった。
″勇者″という称号の下に、第二の称号として、″魔王″という表示があった。
牛若丸は肩を落とし、仰向けに倒れるようにして、玉座に背を預けた。
依然として魔王は、巨大な尻尾を元気に振っている。
今すぐにステータスを公開して、魔王を倒して勇者となったことを世界中に知らしめたいところだが、そうすると、魔王の称号を得てしまったことも広めることになる。
「僕が倒されると、勇者の称号はどうなるの?」
獅子王はしばらく考えて、ゆっくりと答えた。
「おそらく、倒した者のものになるだろう。そして俺は、この世界から消滅することになる。」
やはりな、牛若丸は思った。
勇者であり、魔王でもあることが知られると、勇者の称号が欲しい者たちから、魔王討伐を理由に、標的とされる可能性が極めて高い。
ステータスを公開しなくても、特殊能力″透視″を持つプレイヤーから盗み見られる可能性があるが、この手の能力者は少ないうえ、消費魔力が多いため、よほどの理由でもなければ、ステータスを透視されることはない。
つまり、目立たなければ大丈夫だ。
そして、永続的にステータスを隠すことはできないが、獅子王との戦いの時のように、″隠者の衣″を使って、一時的な隠蔽や偽装は可能だ。
最大の問題は、獅子王がいる場所を示すマップ上の座標表示である。
細心の注意を払って、人気のない場所に身を潜めたとしても、システム上、常に魔王の位置が、マップ上に表示されるため、同じ座標上にいる牛若丸は、魔王との関連性を疑われてしまう。
「主君殿は、これからどうするつもりなのだ?この白帝城を拠点に国でも興すのか?」
獅子王は、フフンと鼻を鳴らした。
牛若丸の心配をよそに、獅子王は上機嫌に、はしゃいでいる。
「そんなことに、興味はないよ。」
牛若丸は、玉座から立ち上がった。
獅子王と戦っていた時は気付かなかったが、改めて見ると玉座の間は広く、壁や天井には様々な絵が描かれており、荘厳さだけではなく、王侯貴族に相応しい、煌びやかさも兼ね備えている。
牛若丸がバルコニーへ向って歩き出すと、獅子王も立ち上がった。
獅子王との死闘で破壊された玉座の間の石畳は、修復されており、ゴーレムの残骸も綺麗に片付いていた。
白帝城は、魔力を帯びた白狼石でできており、多少の破損であれば、自然と修復されてしまうのだと、後ろを歩く獅子王は、自慢げに説明した。
修復というより、治癒といった方が正しいかもしれない。
牛若丸は、獅子王と死闘を繰り広げたバルコニーに出た。
ここも、何事もなかったように、綺麗な状態に戻っている。
獅子王は、巨大な尻尾を機嫌良く振りながら、牛若丸の後をついてきている。
バルコニーの端まで行くと、広くて青い海が目に入ってきた。
波の音も心地よい。
ーー 綺麗な場所だな。
と思い、後ろを振り返ると、お座りをして、犬のように口を開けて舌を出し、ハッハッと荒く息をしている獅子王がいた。
「お前、いい加減にしないと、お手!っていうぞ!」
牛若丸が手の平を上にして差し出すと、獅子王は機嫌良く、巨大な右手を牛若丸の前に差し出そうとした。
「冗談だよ...。お手はいいって...。」
獅子王は、おとなしくお座りの姿勢に戻った。
「お前のせいで、この城から出ることができなくなってるんだよ。」
牛若丸は、深いため息をついた。
「なぜ主君殿が、城外に出ることができないのか?」
獅子王が心配そうな表情で歩み寄る。
「魔王であるお前がいる場所は、常にマップ上に表示されてるでしょ?討伐対象のお前と僕が一緒にいると、僕も攻撃される可能性が高くなるでしょ?僕は、世界中のプレイヤーから狙われる賞金首になったんだよ。」
牛若丸は、もうひとつ深いため息をついた。
獅子王は、不思議そうに、牛若丸の顔を覗き込んで言った。
「俺の魂を入れる分身体を使えば、問題はないと思うのだが。」
「分身体?」
「そうだ。俺が分身体に入って行動すれば、俺の本体は、この城から動かないので、座標も動かない。」
獅子王が胸を張って答えた。
「そんなことができるの?」
「できる。いつもそうやって城外に出ている。城の中で引きこもってばかりいては、つまらないからな。」
「たしかに引きこもりは、つまらないよな。ていうか、そういう大事なことは早く言えよ。」
朝焼けの真っ赤な空がオレンジ色になり、そして青くなりつつある。
「で、分身体って、どこにあるの?」
獅子王が、小声で魔法を詠唱すると、牛若丸の前に、一匹の猫が現れた。
風貌は、アメリカンショートヘアに似ているが、目は燃えるような赤色である。
「猫?」
「そうだ。ニャンコだ。」
「なんで猫なの?犬じゃないの?」
「俺は猫型魔王だぞ。あんながさつで大雑把な犬なんかと一緒にしないでくれ。」
獅子王は不機嫌そうに言った。
どう見ても、外見は犬そのもの、というより犬の化物であったが、猫の化物だったらしい。
しかし、そんなことは、牛若丸にとって、どうでもいいことだ。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、獅子王は続ける。
「猫として活動している時は、モンスターとして認識されることはないので、自由に街の中に入ることができるのだ。」
マジックジェネシスの世界では、都市として認定された場所に、モンスターが入ることはできない。
「お前が街に行ってるの?」
「そうだ、西の都ウェルスには、よく行っているぞ。あそこで売っているモンブランは美味しいのだ。特に、上にのせてある栗が最高なのだ。」
ウェルスは、白帝城の西にある城塞都市である。
この街には、牛若丸が所属しているギルドがある。
今度は、牛若丸が獅子王の顔を覗き込んだ。
「この城に残されたお前の体はどうなるの?」
「俺の身体は、この白帝城を守り続ける。そして緊急時には、転移魔法で、瞬時に本体のところへ戻ることができる。」
「お前が転移した場合、僕はどうなるの?」
「主君殿は、俺と共に転移することになる。人数制限はあるが、主君殿と共にいる者も一緒に、この場所に移動する。」
白帝城への転移魔法は、戦闘等で危険な状況に陥った際の離脱方法として、使えそうだ。
もっとも、獅子王が味方として、常にそばにいる状況では、そんな心配はなさそうではあるが。
「では決まりだな。ウェルスに行こう。早くウェルスのモンブランを食べたいのだ。」
獅子王は上機嫌に尻尾を振っている。
「おい、勝手に決めるなよ。僕は、お前の主君なんだぞ。」
「あぁ、主君殿が決めることだ。」
「その″主君″というのは、なんとかならないのか?」
「嫌なのか?」
「嫌だよ。僕は、まだ子供だよ。」
「その昔、幼き者が家督を継いだ例があったと聞くが...。とにかく、主君と呼ばれることが嫌なのだな。」
嫌に決まっている。
「では、魔王の主君なので、大魔王様ではどうだ。」
「無理無理無理。絶対に無理。そんな呼び方をするんだったら、もうこのゲームをやめる!」
「すまぬ!謝るから、そんなことは言わないでくれ
。」
獅子王は、ペタンと伏せて両手で顔を隠した。
元気よく振っていた獅子王の尻尾が止まっている。
ーー 魔王という称号で悩んでいるのに、どういう神経をしてるんだ。
思いっきり蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、獅子王の泣きそうな表情を見たら、そんな気は、すぐに失せた。
「では、牛若丸という名から一字を取って、若様ではどうだ。」
獅子王は再び、尻尾を力強く降り出した。
立ち直りが早い。
「うん、可愛らしい感じがいいな。俺は若様と呼ぶことにした。」
「可愛らしいって何だよ!ていうか、勝手に決めるなよ!」
「若様は、俺のことを何と呼ぶつもりなのか?」
若様という呼び名は、既に決定事項であるらしい。
「確かに、獅子王と呼ぶのは、まずいな。」
魔王を連れていることがバレてしまう。
牛若丸は腕を組んで、しばらく考えた。
「僕が牛若丸だから、お前は弁慶で...。」
と言いかけたところを獅子王が遮った。
「マロンだ。」
「マロン?」
「あぁ、外では、マロンと名乗っている。俺は栗が好きだからマロンなのだ。」
猫の姿で、呼び名がマロン。
これでは従者というよりもベットである。
「若様とウェルスに行くのだ。」
呼び名から行き先まで、すべて獅子王が決めてしまった。
こうして、勇者となり、魔王となった牛若丸と、猫になった獅子王の珍道中が、始まったのである。




