世直し令嬢、諸国漫遊いたします。
「いま、なんと仰いましたか……?」
ミルドレッドの向かいで優雅に茶を飲んでいるのは、元婚約者で第一王子のヘンリー。先頃の夜会で彼に婚約破棄を告げられたばかりだ。
しばらくして、改めて話したいことがあると呼び出された。両親は行く必要もないと怒りを顕にしたが、「君にとって悪い話ではない」との一言が気になり、招きを受けることにした。
場所は王宮ではなく高級宿の一室。
来てみれば王子の他に、いつも彼女にいやらしい視線を向ける男爵令息が同席しており、警戒が一気に高まる。侍女は連れてきたが別室へと案内されてしまった。
だがまさか王子がおかしな行動には走るまいと動揺を押し隠す。
そんな中、彼から告げられた言葉が信じられず訊き直した。あまりにも非常識な内容だったからだ。
「私がサリーとの真実の愛を貫き、君には辛い思いをさせた。この先は結婚もままならないだろう。埋め合わせといってはなんだが、君を公妾に迎えたい。実務を任せたいんだ、ミリィは優秀だからね」
厚顔にもそう言ってのけたのだ、この王子は。ミルドレッドに断られることなど考えもしない。側妃ですらお断りなのに、公妾など話にならない。
(もう婚約者でもないのに愛称を呼ばないで欲しいわ……!)
愛称って愛妾だけに? 愛は無いでしょ! 略してアイショーなんちゃってセルフツッコミ。
───え? わたくしは一体なにを。
無意識に浮かぶ言葉に困惑するミルドレッドを置き去りにし「そして、勿論だが」と続けるヘンリー。
「公妾は既婚者しかなれないので、このロログを伴侶とする。彼は信頼の置ける男だ。きっとミリィを幸せにしてくれるだろう。何よりミリィを好きだと言っている」
「あ、あの、幸せにというのは……? 公妾は結婚相手とは書類のみの関係では」
やっとの思いで尋ねるが屈辱のあまり震えが止まらない。できることならこの馬鹿げた申し出に渾身の平手打ちで応えたい。
「ああ、特例で夫婦生活を認めるよ。私はサリーとの子だけでいいし当面は避妊薬を飲んでもらうが、いずれは君たちの子を成すのを許す」
「必ずやあなたを幸せに致しますよ」
粘着質な笑顔と無駄にキラキラした笑顔、どちらもとても腹立たしい。
ねえ、わたくしは侯爵家、あなたは男爵家の三男よね? 婚約破棄をされたとは言え釣書はたくさん届いているのですが? どうして決定事項のように話しているの?
「そして、閨教育だが……君にも当然施される。その教育を彼に任せようと思うんだ。初めては私に捧げてもらうが、君に触れるのは彼が先だ」
キンモぉおおおーーー!!!
王子よ、どうでもいい女でも処女は欲しい訳ね。そしてこのセクハラ野郎どもはNTR好きなのね──、特殊性癖に巻き込まないで!
───セクハラ? NTRってなに?
って本当になんなのかしら!?
怒り、恐怖、羞恥が入り混じる中、沸き起こる第三者的な視点に混乱してしまう。
「気の早いことだが早速今から始めたい。閨教育の初回、私が立ち会おう」
(……お父様が知ればお許しになる筈がない。既成事実を作り逃げられないようにするつもりだわ。なんて、なんて卑怯な)
見る将ならぬ見るセッてやつ? まあ本番はまだらしいけど。
……だからみるしょうって何。わたくし、衝撃の余りおかしくなってしまったの? いえ、今はそれどころでは無い!
二人はやや鼻息も荒い。既に興奮しているらしい。
彼女を支える振りで、逃げないように両側から抑え立たせられる。扉を隔てた部屋はベッドルームだ。
危機が危ないわ! わたくしの貞操が!! 体がうまく動かない、まさかお茶に何かを……!?
可憐な乙女のピンチ♪……って本当にわたくし真面目にやれーー!!!
ミルドレッドが頼りにならない自分に心底怒りを覚えたその時。
バァアアアン! と廊下側の扉が派手に開いた。
「そこまでですわ」
「!?」
突如として現れた令嬢が割って入る。裕福な町娘といった身なりは、磨き抜かれた高貴な美貌とはややアンマッチだ。
傍には金髪と黒髪の、冒険者らしき服装をした見目麗しい青年二人。軽そうだがめちゃくちゃモテるだろうイケメン金髪、黒髪は逆にお堅い感じで渋め通好みの男前。
「なんだお前たちは! け、警備は何をしているっ。誰か来い!! 不審者だっ」
「廊下で寝てるよ、職務怠慢だねー」
金髪が嘲笑うように答え、黒髪が一歩前へと出る。
「鎮まれ! この紋章が目に入らぬかッ」
ババーン! と効果音が付きそうな感じで何かをかざす。
「な、なん……、えっ、あれは帝国の……?」
「控えよ! ここにおわす御方は畏れ多くも帝国第三皇女、アストリヴィーネ殿下にあらせられる!」
「ひっ! なん、何故帝国の姫君がっ、うわ!?」
「頭が高い!」
魔法によって強制的に跪かされる王子たち。
(こ、これは懐かし番組特集で見た水戸のご老公……! え? 番組? って何かしら…… ミトゥノゴローコウ??)
瞬間、ミルドレッドの脳内をありとあらゆるテレビ番組の奔流が駆け巡る。前世の思い出し方がひどい。
手を胸の辺りで動かし、アストリヴィーネが小さく舌打ちをする。
「ちっ、扇がなかった……決まらないわね」
「ワンピースには合いませんよ。舌打ちやめましょうね、お嬢」
気を取り直し、手入れの行き届いた白魚の指でビシリと王子たちを指差す。
「カーク、スケール、殺っておしまい」
「殿下、いま殺るって言いました?」
「あら、つい……あまりに不快なゴミムシだったので。適当に叩きのめしてちょうだい」
跪かされたままあっという間に叩きのめされるゴミムシ。当事者なのにミルドレッドの出る幕が全然ない。
「お嬢、毎回これ何とかならないっすか。紋章出すの恥ずかしいー」
「スケール! 貴様は口の聞き方を直せとあれ程っ。だいたい紋章係は私だろう! 人の代わりに恥ずかしがるな!」
そうそう、カクさんは堅物でステゴロ上等パワータイプ、スケさんは軽い遊び人技巧派剣士なのよ。
……なんでこんな事ばかり覚えてるのかしら。フツー家族や友人、楽しい思い出が駆け巡るはずよね……。
「お嬢様〜、こいつらの親に矢文で詳細通達しましたー」
ひょっこり出てきた剽軽な男が呑気に告げる。
「エイト、やったのはお前じゃなくシルヴァだろう。自分の仕事のように騙るな」
「あ、あの!」
やや強引に割って入るミルドレッド。前世の大縄跳びでいつも引っ掛かっていたように、会話でもスムーズに混ざれない。彼女にその悲しい記憶がないのは良いのか悪いのか。思い出せたのはテレビ番組全般とネットのあれこれ。
転生の意味はあるのだろうか。
「あっ、ありがとうございます、助けて頂いて」
皇女はふっと表情を和らげミルドレッドを見やる。
「災難だったわね。わたくしが責任を持ってこの件を潰すとお約束しましょう」
それとも公妾になりたいかしらと問われ思い切り否定した。それなんてエロゲ? なシチュを甘んじて受ける趣味は持ってない。
ゴミムシは皇女がお持ち帰りした。しっかり教育される予定だという。
仮にも王子なのだが、帝国の前にはチリも同然。
嵐のような一行が去って、ミルドレッドはとても大事なことを思い出す。
ああ、あの方々に聞かなければいけなかったのに───!
「弥七、弥七はいるんですか……!?」
「お嬢~、まだ飽きませんかこれ」
ゴミムシを引き取らせ、一行はカフェでひと息ついていた。
「そうは言うけどスケール、この行為はわたくしのライフワークな気がするのよね」
「私もあまり賛成いたしませんが、姫様は何でもおできになるので普通に過ごすのでは退屈してしまうのでしょうね」
「姫はやめて。わたくしは諸国を見聞して回る商会の娘よ」
自分でも不思議だが、この護衛騎士ふたりが配置された時に天啓のような閃きがあったのだ。
カークにスケール、そしてあまり使えない侍従のエイト。密偵には紅一点のシルヴァ。
学びなどないと迷っていた留学をすぐに決めたのも流れのうち。入学したその場で卒業試験を受け合格をもらい、諸国漫遊へと出発した。
何しに行ったんだと父(皇帝)は呆れるやら娘の頭脳に感心するやら。
「足りないわ、何か……いえ、誰か、かしら」
「是非若い可愛い子で! シルヴァはキレイだけど年増……、っつ!?」
何処からともなくテーブルに突き刺さる短剣が、スケールの肘をかすめる。
「甘いわねシルヴァ。失礼な尻軽男を狙うなら股間よ」
「お、お嬢、冗談キツいし酷い……」
「いい気味だ。全般的にふざけた態度を反省しろ」
「すいませーん、このケーキを1ホールお願いしますー」
食い意地の張っているエイトは通常運転だ。
みんなオレに優しくないとブツブツ呟いていたスケールも、ケーキを運んできた接客係の娘に可愛いねと声をかけている。立ち直りが早い。きっと閨でも最速の発射を誇「ちょっと! このテーブル下にいる黒尽くめの語り部はなんだよ、失礼な」
「わたくしが雇っているの。面白いでしょう」
「全く面白くありません!」
「事実の指摘でカッカするな」
「違うって!!!」
自由奔放な皇女アストリヴィーネ。
彼女の旅はまだまだ続く。新たな事件とまだ見ぬ仲間を求めて。
(いや、ホントなんなのこれ)
意味不明な業務を賜った黒子の苦悩もまだ始まったばかり。