【企画用】肝試しから始まった、夏の三角関係
中学3年生の梅野奈々美は、クラスで一番人気のある竹宮くんをひそかに想っている。
隣同士の席でドキドキしながらも、まともに話すことすらできない毎日。
そんな中、迫る修学旅行。夜の肝試しでは、男女ペアをくじ引きで決めることになっていた。
「もし竹宮くんと一緒になれたら……運命かも」
淡い期待を胸に、引いたくじは……?
少しだけ、大人に近づく。
心が揺れた、青春の夜の物語。
「ねぇーあの2人、付き合ってるんだってー♡ もうすぐ修学旅行だしさ! ああいうの何かいい感じじゃない?」
GW明けに爽やかな緑の風が吹く。そんな中であの2人が付き合うことになったんだ。いいなぁ。
「ちょっと奈々美! 聞いてんの?」
「あ、そう……良かったね……」
テンションの高い友達と違って私はこう返事するしかない。だって、これまで男子とまともに話したことのない私。そんなにワクワクすることなんて……ありっこない。
「修学旅行! と、い・え・ばー♪ やっぱり夜の肝試し! ねぇアレってクジでペアを決めるんでしょ? あたし……竹宮くんがいいなぁ♡」
「た……竹宮くん……」
彼の名前を聞くだけで私の顔が熱くなってくる。
クラスの女子の憧れ、竹宮くん。イケメンで勉強もスポーツもできる。
そうだ。体育の時に、ドッジボールでビュンッと勢いよく向かってきたボールを、バシーッてキャッチしてくれたんだよね。私の前で。
そんなことされたら……好きになるしかないよ。
そして今、席が隣同士なのにこれといった話もできていないよ。
はぁ。竹宮くん、黒板消しで上の方届かないって言ってた女子の代わりに黒板消してくれたし、女子みんなに優しいからなぁ。この気持ちは誰にも言えない……。
「奈々美に席変わってもらいたいわよ、竹宮くんと喋りたい! ん? 待って待って! 肝試し、男子が1人少ないからさ、最後3人で行くの? 女子2人の男子1人ってビミョーじゃない? あ! あれだ副担の松永! 松永とペアになったらどうする? え、ヤバイんだけど。きゃーー♡」
友達の妄想が暴走している。副担任の松永先生は大柄で威圧感があって顔が怖い。眼鏡に髭が似合うおじさんで、髪の毛が肩まであってサラサラ。それが渋いって一部の女子には人気があるんだよね。
「おい! 休み時間終わってるぞ! 座れよー!」
わぁ、このタイミングで松永先生が入ってきた。そうだ、次は社会だった。さっき友達と喋ってたの、聞かれていたかな?
「これな、川中島の戦い! 覚えとけよ」
相変わらず雑な説明だ。あと何だろう……髪の毛が鬱陶しければ切ればいいのに。
「今日は12日だから12番! 何? 欠席? じゃあ2番の梅野さん! 23ページのキーワード挙げて」
え? 待って待って待って当てられた……私、梅野奈々美。本日最大のピンチ。いきなり当てないでよ、顔が怖いんだってば。
「(梅野さん……これ)」
「(竹宮くん……)」
彼が見せてくれた23ページ、ピンクのマーカーで印のついたキーワード。これを答えたらいいんだ。
「はい。越後、甲斐、同盟関係の今川、尾張の織田、松平と岡崎城、あとは信玄の裏切りだと……思います……」
「まぁ、そんなところだな。次のページ行くぞ!」
はぁ……良かった。合ってたみたいだ。竹宮くんが隣でニッと笑っている。かっこいい……。
キーンコーンカーンコーン
「た……竹宮くん。さっきはありがとう」
「ああ、良かったよ。松永って怖いよな」
ああ……竹宮くんと話せた。嬉しい。
もしかして……私のこと……いやいやいやあり得ないから!
⭐︎⭐︎⭐︎
そして5月下旬、修学旅行。
1日目の夜に、運命の肝試し。
暗い森林の中の夜道を、くじ引きで決められた男女のペアがゴールまで進んでいく。
ここは甲信越地方。避暑地で涼しい場所だけど夜はけっこう冷えるなぁ。しかも先の見えないこんな山奥みたいな所。まっすぐ進めばいいだけとはいえ……普通に怖い。
「え、ヤバイ。ねぇ奈々美、ちょっと暗すぎない? けどここでさー! 竹宮くんと一緒になれば絶対付き合えるよね?」
「え? それだけで付き合えるの? でも……何か運命的だよね」
「そうそう! あ! 竹宮くんはあたしが引き当てるから!」
「本当? あはは……」
運命かぁ。ここで竹宮くんと同じ番号を引いたら……だって席も隣同士だし。それって……運命以外の何ものでもなくない?
うわぁ……暗い中、隣に竹宮くんがいて「大丈夫?」って言いながら手を繋いだら……ああ……ドキドキしてきた。どうしよう。
「はい、じゃあ女子はここから取ってねー! 誰からでもいいよー!」
修学旅行委員の子が20本の割り箸を箱に入れて持ってきた。割り箸の先に書いてある数字が……竹宮くんと一緒なら……!
「えー! 先引いちゃう? 男子はもう引いてるー? 竹宮くん何番? というかこれ後から引いた方がいいかなー? 奈々美、先行って!」
「ええ? やだ私が引くの?」
「ほら!」
友達に押されて私が一番に引くことになった。竹宮くんは何番なんだろう。20分の1なんて……難しいよ……。
「じゃあ、引くね。えい!」
私が引いた割り箸の先は……。
真っ赤に塗られていた。
「え……?」
「嘘……! すごい! ちょ……いきなり大当たりじゃん! やっぱ奈々美って持ってるわ」
みんながめちゃくちゃ騒いでいる。え? 当たったの? ただ一つ、赤く塗られた割り箸はまるでくじ引きの特等のように目立っている。
「奈々美! それ、松永! きゃーー♡ 後で話聞かせてよ? 絶対よ?」
「え……松永先生……?!」
1人少ない男子の代わりは友達の予想通り、副担任の松永先生だった。何番でもない、最後に出発する特別席をまさかの自分が当ててしまった。
「あ、あたし15番だったー! あの男子か、まぁいいけどさー! やっぱ竹宮くん当てるの難しいよね。後半かぁ」
「そうなんだ、じゃあ一緒に待ってようよ。私、先生と最後だし」
私は友達と一緒に1番のペアから出発していくのを眺めていた。
一組ずつ森の奥へ消えていく。お化け屋敷なんかよりも寒くてずっと怖そう。
「あ、奈々美! 竹宮くん5番! もう行っちゃったね」
「本当だ」
竹宮くんとペアの女子が出発して行った。あの暗闇の中で、あの子は竹宮くんに触れるのかな。手を繋ぐのかな。どうなるのかな……。
次々とみんなが出発して行き人数が減っていく。そしてみんながいなくなると同時に、だんだん身体が冷えてきた。寒さなのか、怖さなのか、それとも――。
「奈々美! 行くねー! ゴールで待ってる!」
そう言って友達も行ってしまった。あと4組……。その後に先生と出発かぁ。
すると隣から声がした。
「梅野さんか。俺ら最後だな。まぁよろしくな」
「は……はい」
松永先生だった。
教室の中じゃわからなかったけど、夜風になびく髪と無造作なパーカー姿の先生は少し違って見えた。かっこいいかも。
???
松永先生がかっこいい? そんな……けど……。
どうしてだろう。普段は雑でぶっきらぼうなのに、今先生に話しかけられただけで……ホッとした。寒さがましになった。
やっぱりクラスの男子とは違って大柄でたくましくて、渋さもある。そんな大人の男性が暗闇の道で一緒に歩いてくれるなら……すごく心強い。
いや、違うってば。
私は竹宮くんが気になっているんだから。
はぁ……でもどうしよう。
肝試しのドキドキなのか先生へのドキドキなのか、もうわけわかんないよ。
あ、19番が出発しちゃった。
今スタート地点にいるのは先生と私だけになった。
「7分後に出発だからな」
そう言って腕時計を見る先生……何だか素敵に見えてしまう。
「怖いか?」
「はい。お化け屋敷も苦手なんです」
「まぁ大丈夫だ。真っ直ぐ行けば着くからな」
そうなんだけど……。
そうなんだけど……。
ほとんどのみんなは既にゴール地点に着いて、ワイワイ喋っているんだろうな。
女子の中で私だけ、松永先生と一緒に今から……いざ出発。
「ほら」
先生が大きな手を差し出す。
「え?」
「離れたら迷子になるぞ? 怖いんだろ?」
「はい……」
私は先生と手を繋いで暗い森林の中を進んでゆく。
大きな手に包まれて、少しだけ心が落ち着いた。
授業中は怖いと思っていた先生の手は、思っていたよりもずっと温かい。
足元の草を踏むザクッザクッとした音だけが響いていて、不思議と静けさに守られているような気持ちになった。
その時、ガサガサっと木々が揺れる音がして――
「いやぁっ……!」
暗すぎて、怖すぎて、思い切り声をあげてしまった。先生の手をぎゅっと握って……私は思わずその腕に身を寄せてしまっていた。
背中をポンポンと優しくたたかれる。
それだけで涙が出そうになるくらい、ほっとした。
私を包むような先生の腕の中は、不思議と安心できる場所だった。
まるで心のどこかが緩んでいくみたいで……でも、それが一体何なのか、自分でもわからない。
先生はそのまま何も言わずに待っていてくれた。
「落ち着いたか? じゃあ行くか」
「はい……」
先生と再び手を繋いで歩き出す。
怖さはまだ残っているけど、さっきよりもずっと軽くなった。このまま進めば、肝試しも終わってみんなのところへ行けるんだ。
けれど、どうしてだろう。
あの時の先生の温かい何かが、今でも心に残っている。
何もわからないけれど、どこか忘れられない何か。
私はきっと――
肝試しが怖かったから、あんなに安心しただけ。
優しく声をかけてくれたから、ちょっと胸が高鳴っただけ。
それ以上の意味なんて……きっとないのだから。
もう半分以上、歩いて来ただろうか。
「あと少しだからな」
そう言ってくれる先生。
だけど……。
もうちょっとだけ。
もうちょっとだけ一緒に歩きたいだなんて。
一体どうしたのだろう。
寒さなんて、もうとっくの昔に忘れてしまった。
そのぐらい私は先生に頼りたいのかな。
いや、違う違う。違うんだってば。
だって私は……。
ビューーーーーーガサガサガサガサッッッ!
急に激しく冷たい風が木々を揺らして、さらに私は身体を震わせる。
「やだ……っ」
ほっとした気持ちが嘘だったかのように、私は半泣きになりそうだった。
私はまた……先生の腕に飛び込んでしまっていた。
お化け屋敷以上に終わりが見えなくて怖かった。
もう3年生なのに……こんな自分が情けないなって思うけど、どうしても足がすくんで動けなかった。
そして先生の腕がそっと私の背中に触れて、しっかりと抱きとめてくれる。
ああ、怖い。
でも……あったかい。
今だけでいいから、少しだけでいいから……どうかこのままでいさせてほしい。
その温もりに守られて、ちゃんと歩けるようになるまででいいから……。
私はやっと少し落ち着いて、顔を上げる。
先生は私の手を自分の両手で包み込み、目線を合わせるように腰を落とした。
「大丈夫だ」
その言葉が、まっすぐ胸に届いた。
怖くて泣きそうだったのに、私はいつのまにか落ち着いていて、心が静かになっていた。
だけど、これは恋なんかじゃない。
そう、恋なんかじゃなくて……たぶん、ただの安心。
その瞬間――
ザッザッザッザッ――
徐々に大きくなる、走っているような足音。
「梅野さん、遅いから迎えにきた」
息を切らしながら、竹宮くんが立っていた。
心臓が跳ねた。
でも私の手はまだ……先生の手の中にある。
お読みいただきありがとうございます。
こちらは改稿して連載していますので、よろしければそちらもご覧ください。
「君の隣で、私も揺れている――あの夏、恋かもしれない何かと初めて向き合った」になります。