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第4話: 黄と青


「…おはよう、ございます……」


身支度を済ませ、食堂に入る。私の小さな声に振り向いたのは、クチナシさんだった。


「………おはよう」


褐色の肌に、黄色い目。肩ほどまである赤い髪を結い上げていると後ろが刈り上げられて所謂ツーブロックになっているのが、初めて見た日には少し衝撃だった。

キッチンに立つ彼の体格は、キッチンの造りに対してあまりにも大きい。六本の腕を忙しく動かして小さなキッチンで朝食を作る姿は、少しコミカルにも見える。


「あの、何か手伝えることとか…ありますか?」


ここ一週間、毎日彼に言っている言葉を今日も言う。そして、返ってくる返事はいつも決まっている。


「無い。座っていろ」


いつも通りキッパリそう言い切った彼に、私は今日も小さく「はい……」と言って、大きな食卓テーブルに着く。


テーブルには誰もいない。手持ち無沙汰な私を見兼ねて、クチナシさんが白湯を私に出しながらテレビを付けた。

この世界にはテレビがある。基本的には庶民には手の届かない高級品らしいが、モミジさんはこの国でも有数のお金持ちで、持っている家全てに最新のものを置いているそうだ。見た目は古いレトロなテレビなのに、映る画面は色鮮やかで鮮明で、初めて見た時にはそのギャップにびっくりしてしまった。

テレビでは占いをやっていた。前の世界の朝の星座占いよりも細かく妙に詳しいそれは、この世界ではポピュラーで人気なのよ、と数日前ツバキさんが言っていた。


「アナタの属性はこれね」


と彼が教えてくれた私の占い結果は、今日も下から数えた方が早い順位だった。


『周囲に気を遣いすぎて空回り!怯えていては何も変わりません!自分に素直に、思った事や疑問をそのまま口に出して伝えましょう!そうすれば状況は少しずつ好転し、貴女にとっても周りにとっても良い日になります!ラッキーフードはちょこれいと、ラッキーカラーは青色!今日こそ頑張ってくださいね!』


この数日間、ラッキーフードとラッキーカラー以外変わらない占い結果が読み上げられる。毎日ほぼ同じ結果なんて、変な占いだ。…急かされている気がするのは気のせいだろうか。


「あ、あの!」

「どうした」


ぐりん、と凄い勢いでクチナシさんの顔がこちらを向いた。その鋭い眼差しに思わず萎縮しそうになるが、頑張って声を絞り出す。


「ほ、他の…皆さんは」

「モミジは今日も帰らない。ツバキは仕事場。リンドウは寝ている。アオウメはお前の後ろ」

「え」


その言葉に振り向くと、確かに後ろにはアオウメさんが立っていた。いつの間に。


「おはようございます、ユリ様、クチナシ様」


いつも通り口元をマフラーで、左目を長い前髪で隠している彼は、きらきらとした銀髪を揺らして挨拶をする。「お、おはようございます…」と小さな声で返すと、彼は右側しか晒していない青い目を細めた。


「ユリ様の可憐なお声を朝から聞けるなんて、僕はこの国一の幸せ者です」


彼は恥ずかしげもなくそう言うと、「失礼、クチナシ様のお手伝いをしますね。ユリ様はどうぞごゆるりと」とキッチンに向かった。

アオウメさんのお仕事は忍者らしい。だからか、『いつの間にかいる』ということが多い。世話焼きなのか私の身の回りの世話を焼きたがり、お風呂場の外で「髪を乾かしますよ」と待っていた時には少し心臓に悪かった。

アオウメさんには遠慮なく手伝いを頼むクチナシさんに、一瞬私が使えなさそうだからお手伝いも頼めないのかな、といった考えが頭を過ぎる。この世界では女性は何もせず男性に世話されるのが正しいのだ、と言われても現代日本で染み付いた感覚は消えない。居心地の悪いまま、食事が出来るのを待つことになった。




「あの、クチナシさん、アオウメさん。その、…お話が、ありまして」


食後のお茶を出してくれた二人にそう声をかけると、二人は快く私の向かいの席に座ってくれた。


「なんだ」

「クチナシ様、女性に対して少し言葉足らずすぎますよ。ユリ様、それでお話とは」


深呼吸して、ゆっくり口を開く。


「…あ、の、クチナシさん、いつもお料理とか掃除とかお洗濯とか、色々やってくれてありがとうございます。アオウメさんも、いつも優しい言葉をかけてくれたり、その、私の為に色々してくれて、嬉しいです。ありがとうございます」


そう言って頭を下げる。いつまで経っても返事が無く、もしかして悪いことを言ってしまったのか、とちらりと顔を上げると、私は少しギョッとしてしまった。

クチナシさんは瞳孔を開いたまま私を凄い眼光で凝視し、アオウメさんに至っては何故か涙を流していたからだ。


「え、その、ご、ごめんなさ」

「ユリ様!!!!」

「ハイッ」


私が反射的に謝ろうとしたのを遮って立ち上がったアオウメさんが、私の手を握る。


「お礼などしなくて良いのです!我々が好きでしていることなのですから!!女性のお世話が出来ることに喜ぶ男は数あれど、この程度のことでお礼を言う女性など聞いたこともありません!!」

「アッハイソウナンデスネ」

「しかし!!!……そのお言葉、非常に心に沁みました……!!今日の思い出だけで僕は、今後何があっても生きていけるでしょう…!!!」

「そんなに…???あ、の、私、謝りたいこともあって……」


アオウメさんの勢いに困惑しかできず遠慮がちにそう言うと、アオウメさんはキョトンとして「はて?」と首を傾げた。


「我々が謝るならともかく、ユリ様が謝ることとは?」

「え、その……」


私は少しつっかえながらも説明した。


彼らや、この世界の事情を知らないのに勝手に怖がったこと。結婚した日、泣いて一方的に彼らを拒否したこと。そのせいで気を遣わせてしまっているのではないか、ということ。

そして、正直結婚に関してはまだ受け入れきれないということ。


それを伝えると、アオウメさんは首を横に振った。


「どれもユリ様が謝るに値しません。ユリ様が我々人外のいない、常識の違う世界で生きていたことを知りながら勝手に話を進めた我々の落ち度です。それに、モミジ様が一度しか帰ってきていないのは我々の新居を用意しているからに過ぎませんし、ツバキ様がここ2日仕事場に籠もっているのも彼の勝手な事情、リンドウ様に至っては自業自得です。」


キッパリそう言い切るとアオウメさんは、ボソ、と何かマフラーの下で呟く。しかし、すぐに私に向き直ると、「でも、良い機会かもしれませんね」と笑った。


「ユリ様、ユリ様がよろしいなら今日はツバキ様の仕事場に行ってみませんか?リンドウ様は朝方に帰ってきたばかりなので、まだ目が覚めることは無いでしょうし。ユリ様が結婚を受け入れられないのも仕方ありませんが、これから少しずつでも我々のことを知って、ゆっくり考えていただければと思います。時間はたっぷりありますし、誰も貴女を急かしはしませんから」


「ですよね?クチナシ様」とクチナシさんに笑いかけるその顔は少し怖い。

というか、クチナシさんは大丈夫だろうか。さっきから表情が変わらないどころか、瞬きすらしていないように見えるのだけど。


アオウメさんはニコニコしながら私の手を取り、「さあ、そうと決まったらお出かけ用に支度をしないといけませんね!」と私を立たせる。


「あ、あのクチナシさんは」

「大丈夫です、彼は無口な御人ですから。ユリ様のお気持ちはしっかり伝わって受け入れていますよ。きっと感動のあまり声も出ないのでしょう。ささ、先にお部屋へ戻っていてください、すぐに僕も向かいますから」


そう言ってバタン、と私を食堂から追い出したアオウメさんに首を傾げつつ、私は自室に向かう。私が部屋から出た後の二人の会話も知らないで。




×××


「……クチナシ様、もういいですよ」

「ッッ!!!フーッ、フーッ…!」


ダン!、とテーブルに頭を打ち付けた巨体に冷たい視線を送る。息を荒げるその姿におえっ、と思わず汚いジェスチャーをしてしまった。


「その下半身の状態でユリ様に襲い掛からなかったことは称賛に値しますが、リンドウ様共々もう少し自制心を身に着けていただかないと。こちらも庇いきれませんよ」

「わかっ、てる…!ハァ、ユリ、ユリ、可愛い、小さい、ユリ、ユリ…!!」

「聞いてます?あなたは威圧感があるんですから、あまりユリ様を怖がらせないようにしてくださいね。大体、リンドウ様も調子に乗ってあんな発言をするから怖がられているんです、そのせいで我々まで迷惑をかけられて…」


聞く余裕の無い様子のクチナシ様に、これ以上言っても仕方がないと溜息をつく。

しかし、モミジ様は何をやっているのか。早く使用人を決めてほしい。ユリ様に手を出さないような信頼できる男を探しているのは分かるが、この下半身が本体のような男に家事を任せるのは不安になる。ここ一週間仕事を休んで監視している間、ユリ様自身や、ユリ様の食事や衣類、部屋に何かをしている様子は流石に無かったものの、常にこの男が彼女への劣情を持て余しているのは丸わかりだった。


「…本当にしっかりしてください。あぁ、何でこんな人が神系なのか…そうじゃなければお断りですよこんなの……」


僕の嘆きは誰にも届かなかった。


【いらない情報】

クチナシは、ユリの「ありがとう」でもう勃っている。

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