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第3.5話(リンドウ視点): 欲と後悔


ああ、オレのための、オレだけの女だ。


寒さのあまり震えている小さく弱々しい人間の女に、そう思ってしまった。






『天の恵み』が降ってきた。

誰かの声に、慌ててオレは店から飛び出して天を見上げた。

冬の澄んだ夜空に、沢山の流れ星が降っている。その中に紛れて、ゆっくりと落ちる一際輝く星。それは街に一番近い雪山に降りていく。


「あの山に恵みが降ったぞ!」と誰かが言うより早く、オレは山に向かって走り出した。店を閉めるような暇も無い。何故なら、オレの後を追うようにたくさんの男が山に向かっているからだ。

腐っても鬼族トップ。普段は使ってもいない身体能力を活かして山へ一目散に向かう。


そこで、小さな光る板で周囲を照らしている小さな人影を見つけた。冬山に適しているとは思えない薄着のそれは、寒さからかガタガタと震えている。

何か羽織らせてやれるものでもあれば良かったが、店内から飛び出してきたオレはそういう物が無く、少しでも温かくなれば、と手に小さな火球を出す。


「…お前、人間か?」


驚かせないように声をかけたつもりだったが、ビクリと大きく跳ねた肩にやらかしたか?と心の中で慌てる。だが、振り向いたその女を見た時に全て吹っ飛んだ。


この女は、オレのものだ。オレのための、オレだけの女だ。


本能がそう叫んだ。


見目から見るに10代後半から20代前半くらいか。寒さに震えていても可愛らしい容姿は守ってやりたくなると同時に、ぐちゃぐちゃにしてやりたくなるような嗜虐心を煽る。

何より惹かれたのは、無防備にも晒されているまっさらな魂だ。その魂を見ればこの女が人間であること、そして処女であることは透けて見えた。純白のその魂を染めあげたい、と欲望が一気に脳内を駆け巡った。


ハッと気づくと、女は雪の中にへたり込んでいた。ヤバい、女を、しかも一番貧弱な人間の女をこんな寒い中、一瞬でも放置してしまった。オレたちのような妖や他の種族ならともかく、人間は貧弱で脆弱だ。特に女は。


駄目だ、薄くても何でもいいから何か羽織らせようと上半身の服を脱ごうとした時、「みーつけた♡」と声が降る。


「あ?」


しまった、この女に意識を集中させすぎた。『天の恵み』の時にはあらゆる種族の男が集まるのは分かっていたのに。天もバカだ、流星群なんて降らせなけりゃいいのに、と一瞬天を恨んだ。

蜘蛛族か、とその背中から生えている長い脚と、赤くギョロギョロと光る八つの目に溜息をつく。と、女がぼふ、と雪の中に倒れた。


「えっヤダ嘘!?どうしたの!?」

「ッチ、お前!そのコート女に着せろ!先ずは山を降りて温めなきゃなんねぇ!!」


蜘蛛族のソイツは慌てて無駄に分厚い毛皮のコートで気を失った女を巻く。抱えて山を降りる途中で女を囲う男が増えたが、今はこの女が最優先だ。夢中で山を下りていく。


「山を降りてすぐの社に連絡しておいたよ」


そう言う天狐の頭首…モミジに先導され、麓の社に向かう。

社に着くと、モミジの連絡を受けた神官が用意していた部屋に通された。暖められた部屋で女を布団の上に寝かせる。幸い呼吸はしっかりしており、冷えてはいるが発熱したり怪我していることは無いようだ。後はこの暖かい部屋で目が覚めるまで休ませるしか無い。



そこで改めてしっかり他の四人と顔を合わせた。その面子に思わず舌打ちが漏れる。

その内の二人には面識があった。この社に手を回したモミジは、天狐族の頭首として社交界でも有名だ。もう一人、異国から来た貴族…確か神系のアスラ族だったか。一度挨拶をしたが、寡黙で何を考えているか分からないような奴だった。


「まずはそれぞれ自己紹介をしようか。急な場だ、社交辞令や畏まった話し方は不要。ボクは獣神系・天狐族・九尾のモミジだ。一応頭首をやらせてもらっているよ。…ボクは君たち四人とも知っているけど、一応ね」

「…俺は、神系・アスラ族・アスラのクチナシ。……異国から来た」

「オレは妖系・鬼族・酒吞童子のリンドウ。次期頭領だ」


そう言うと、モミジが少し驚いた顔で俺を見る。


「おや。放蕩息子がようやく家を継ぐ気になったのかな?良いことだ、だから天の恵みに一番乗りだったんだね?」

「うるせぇな。そうじゃねぇよ」


大体親父はまだオレに譲る気ねえだろ、と毒づく。別に跡取りを作ろうと思って天の恵みを求めた訳では無い。


「華族同士のじゃれ合いはそこまでにしてくださる?アタシは獣妖系・蜘蛛族・女郎蜘蛛のツバキよ。仕立て屋をしているけど…華族の皆様には、いつも御愛顧いただき誠にありがとうございます」

「僕は獣系・蛇族・白蛇の血を継ぐ者、アオウメです。忍としてモミジ様には御引き立ていただいております」


す、と頭を下げた蜘蛛族と蛇族に、確かに蜘蛛族のコイツは何処かで見たことがある気がした。昔社交界に出ていた時に仕事を依頼したことがあったかもしれない。


「まぁまぁ、頭を上げてよ。これからは同じ妻を持つ夫仲間なんだから」

「あ゛?」


モミジの言葉にピク、と肩を揺らす。すると、毒気の無い顔で「あれ、違うのかい?」と橙の瞳を瞬かせた。


「てっきりボクは、この人間の子を含めて六人で婚姻の儀式を行うと思っていたから、もう神官にお願いしたよ?」

「勝手なことしてんじゃねぇよ!」

「だって、この子を最初に見つけたのは君、リンドウだ。次いでツバキ、そしてボク、アオウメ、クチナシ。この子を幸運にも見つけて、そして君の馬鹿げた下山速度に付いていけたのはボクたちだけ。ボクはここの神官に伝手があったから、ここに案内してあげたし。」

「…確かに、後ろで何人もリンドウ様のあまりの速さに振り切られていましたね…」

「というか、そもそもアンタよく付いてこれたわね…?ただの獣系でしょう?」

「これでも鍛えていますから」


言われてみれば、確かに何匹か雑魚を振り切った気もする。それに神系のクチナシや獣神系のモミジはともかく、オレの速さにこの女郎蜘蛛と蛇がよく付いてこれたものだ。それなりに実力はあるのだろう。


「何よりこんなに真っ白な子、今すぐに儀式をしないとすぐ天神族サマに取られかねないよ?あそこは女性が一人もいなくなってしまったばかりだから、純粋な人間の女の子を血眼で探している。流石にキミも知っているだろう?」


その言葉に唇を噛む。確かに、すぐに儀式をしないとこんな奴は攫われてしまう。まっさらな人間の女など、奴らは喉から手が出るほど欲しい筈だ。天神族相続の危機、という噂は知っている。だが、天神族に娶られたら終わりだ。

女は殆どの場合家の中に隠されているが、それでも守る男がいれば外出する事もあるし社交の場に出ることもある。だが、天神族に娶られた女は、一生宮中から出ることは許されない。


「それに、彼⋯クチナシは都合がいい。彼だけは絶対に夫に加えるべきだ。アスラ族は純粋な神系…つまり、彼女に不老長寿を与えられる。しかも異国から来たとはいえ、次男坊だから彼女を異国に連れて行かれることもない」

「……お前はそれでいいのかよ」

「あぁ。兄はもう嫁を迎え、子もいる。俺は必要ない。……それに、この女を娶れるならば、俺は二度と国に帰らなくてもいい」


クチナシのその言葉で、オレを含め5人の意見は一致した。モミジが仕切っているのは少々気に食わないが、流石公爵というべきか、こういう場を取りまとめるのも、状況を見極めるのも上手い。


「そりゃあね、こんなに身も心も美しい子は、出来ることなら独り占めしたくなるのはわかる。でも世の中はそうは出来ていない。だから−−−−ここいらで妥協しようじゃないか。第一夫君はリンドウ、キミでいい。続いて、彼女を見つけた順で、ツバキ、ボク、アオウメ、クチナシ。異論はないね?」

「…あぁ」

「えぇ」

「はい」

「わかった」


見つけた順というのは平等だが、それ以外の理由もある事は見えていた。…オレの立ち位置が丁度良かったのだろう。一人目の夫、第一夫君の地位が高すぎるのも、低すぎるのも面倒を招く。公爵が第一夫君となると、この女は公爵夫人。女といえど公に顔を出すことも増えてしまう。しかし第一夫君が一般市民となると、それはそれで権力を振りかざして女を奪おうとする者が出る。異国から来たクチナシは論外で、この女の籍が異国になってしまい、そうなると日常的なあらゆる手続きが非常に面倒だ。次期伯爵のオレが、地位が高すぎず、低過ぎずで丁度いい。そういうことだろう。



そこで女の目が覚めた。

『ユリ』と名乗るその女の、改めて見ても可愛らしい姿と、そんな女と結婚できることに思わず気が逸ってしまったオレは、この後彼女を怖がらせてしまうとは夢にも思っていなかった。



「ご、ごめ、なさ、こわい、です、むり、です…。いきなり、その、しょ、しょや、なんて、けっこん、なんて…」



明らかに『オレ』に怯えているその涙に。その声に。恐怖と拒否が宿っているのは、明確だった。


第一夫君だいいちふくん、一人目の夫です。

第一夫人的な意味合い。

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