第3話: 異世界
窓の外の小鳥の声に目を覚ます。身体は起こさず、そのまま周囲を見渡す。見慣れない、だけど少しずつ見慣れて来てしまった部屋に溜息をついた。
私がこの世界に来て、そしていきなり5人と結婚させられて一週間。
彼らは私にこの世界のことと、彼らの事情を一生懸命説明してくれた。彼らの話を纏めるとこうだ。
なんでも、ここは異世界。私は所謂異世界トリップをしてしまったらしい。
ここはこの国…天陽国でも都会の方らしく、外の風景はまるで文明開化頃の日本というか、大正ロマンと言われてボヤッと頭に浮かぶイメージというか、和洋折衷の雰囲気があった。
勿論、天陽国は日本ではない。宗教は神道でも仏教でも、ましてやキリスト教でも無く、『天道』というもので、『神』では無く『天』、つまり空そのものを信じるもので、あの婚姻の儀式をした施設も天道のものだった。
また、この世界は7割が人外らしい。
リンドウさんは妖系の『鬼族』の酒吞童子。
ツバキさんは獣妖系の『蜘蛛族』の女郎蜘蛛。
モミジさんは獣神系の『天狐族』の九尾の狐。
アオウメさんは獣系の『蛇族』の白蛇と人間のハーフ。
クチナシさんは異国から来た神系の『アスラ族』のアスラ。
人間もいることはいるが、この国は特に妖や獣、神系の人外が多いそうだ。
そして。私が雪山に落ちて、彼らと結婚させられた理由。
この世界では女性は10人に1人産まれるかどうからしく、男女比は世界平均で見ても驚異の9:1。その為、貴重な女性たちは働きに出ることはおろか、家事も育児もしないのが普通で、一妻多夫での結婚も当たり前らしい。
真綿で包むように大事に大事にして、綺麗な部屋の中で綺麗な服を着て、いつもニコニコ機嫌良くストレス無く過ごして、そして気が向いたら性行為に応じて、上手いこと孕んだら産んでもらう。出産は大変なことで女性にかなりの負担をかけてしまうので、その分育児は男が中心。具体的に言えば母乳をあげる時以外は、基本全部お父さんだという。
更に、人間の女性はもっと引く手数多。何故なら、夫がどんな種族でもちゃんと夫と同じ種族の子を産めるから。人外の女性だと、夫の種族問わず女性と同じ種族しか産めないとか。
そんなこの世界では、稀に『天の恵み』がある。それは天候に恵まれるとか、そういった話ではなく、本当に『天(異世界)』から『恵み(女)』が降ってくるのだ。あの日の私のように。
その上、明確に定められている訳では無いが、その空から降ってきた女性を最初に見つけた独身の男たちがその女性と結婚できる…といった暗黙のルールがあるらしい。
私の場合、私を最初に見つけたリンドウさん、そして次に見つけたツバキさん、モミジさん、アオウメさん、クチナシさんの5人が私との結婚を望み、そのまま勢いで婚姻の儀式をしてしまった、と。
全く持って意味が分からないし納得できない。でもこれが事実なのだ。
「オレたちみてぇなのがいない世界から来たのに、…いきなり怖かったろ、ごめんな」
そう言ったリンドウさんは、バツが悪そうな顔で私に花を手渡した。
「もしかして、貴女蜘蛛は苦手だったかしら。だとしたらゴメンなさいね、あの日のアレはアタシなのよ」
気をつけるわね、と少し悲しそうな顔で笑ったのはツバキさんだった。
「いきなりだったから驚いたよね。でもボクたちは本当に君が好きで大切にしたいんだよ、それだけは信じてほしいな」
私のために沢山の洋服や着物を持ってきたモミジさんは、そう言って申し訳なさそうに笑っていた。
「申し訳ございません…!!!つい気が逸って、女性であるユリ様の意思を尊重せず…!」
土下座するアオウメさんに、私は必死に土下座をやめてほしいと言うしかなかった。
「悪かったな」
ぶっきらぼうにそう言ったクチナシさんは、毎日私のために料理や掃除、洗濯をしてくれている。
「今日こそ、皆さんにごめんなさいって言わなきゃ…」
彼らのことを何も知らないのに勝手に怖がったこと、泣いてしまったこと、気を使わせてしまっていること。
でも、だからといって結婚を受け入れる勇気も、無論彼らと肉体関係を持つ勇気も、両方私には無かった。