第五話(後) そして未来へ
頭に大きい手が被せられる。
「コヒュッ」
思わず息がつまる。
____彼は怒るでも見下すでもなく、グシャリと。髪を撫でてくれた。マギカさんにも目配せをしつつ。
「何、個性が豊かなメンツには慣れてるんだ。それに俺様、『頑張ってる』女の子は好きだぞ。……気遣いができる女もな。」
……彼も、認めてくれた。我こそが人の手本であると偉ぶるでもなく、突き放すでもなく。私の中の孤独を認め、尊重する。未来だけじゃない。初めて、『私』の過去を肯定してくれた。
涙と鼻水でぐっしょりした顔で、レオンの足に抱きついた。
「ちょ…」
抵抗されても、離さない。離したくない。
だって、初めて。恥ずかしいと思った。この世界に来てから、自分の体を見せる機会はいくらかあった。でも、恥ずかしいと思わなかった。でも今になって初めて、自分事として。剥き身になった私が、少し恥ずかしいと思った。
女の子だから?乱暴に振り離せない彼が、とても愛おしかった。
△時間経過
酸欠か、疲労か。気を失った私をレオンハルトが抱き上げた。その足は直ぐに、次の女のもとへ向かう。
「そういえば最中だったね。性欲に限度ってないの?」
「ウルセェ。これが俺様なりの愛の伝え方だ。」
レオンハルトは私たち二人を米俵抱っこして、私室へ連行した。ドアを激しく開ける音で目が覚める。パッと瞼を開くと、中ではネクタイを緩めアクアさんがお酒を傾けていた……この男は一日に何人とセックスしているんだ?いつ寝てるんだ?
「おい、今日はボクだけを愛するって話だっただろ大将。…ハムはまだいいとして…」
「予定変更だ。今日は貴様ら3人がバカになるまで愛を与えてやる。総員、作戦準備だぁぁぁっ!」
「......叶わねえよ。ったく。」
お米様だっこから解放された私たちは、一人一人ランジェリーに着替えた。
マギカさんの肉体は薄いピンクの布越しにも豊満さを伝えてくる。いや、直接見えないぶん凶悪さを増しているように感じられる。ピンと背筋を伸ばしていると立派さが強調される。アクアさんの体はスレンダーな曲線で構成されていて、スタイリッシュと柔らかさを両立している。シックな寝具にもたれかかる姿や落ち着いた黒の下着とハーモニーを作り、とても様になっている。マフィアっぽい。かっこいいけど、ガーターベルトで作られた絶対領域から目が離せなくなる。
一方私は結び方がよく分からず、どうにか着れたものの所々ずり落ちてたりと、あからさまに無様で。毛の長い絨毯の上を内股に立っていたのだが。
「カワイイ〜。」
「だな。持ち帰りしたいぜ。」
「ふふん、全員俺様の女だからな。当然だろう。」
だと思っていたのだが、周囲からの反応はなぜか上々だった。こんなに褒められていいのだろうか、ますます針の筵だ。でも、ベッドに連れ込まれるとそんな心配をしている暇は無くなった。
行為の最中の記憶は、一生抱きしめられる思い出になった。
記憶に強く残っているのは、何度も優しい言葉をかけてもらったこと。それで、これまでずっとからっぽだった胸が満たされていく感じがした。色々なことをして、すごく恥ずかしかったけれど。……本当に恥ずかしかったけれど。
それも含めて、自信を持って私の一部だと言える経験になった気がした。
△時間経過
窓辺には赤くて硬い蕾がなっていた。後少し経てば腐り落ちるはずの蕾は、柔らかな日光を受け、今朝にパアッと花開いた。他の花々とお揃いになれたのを喜ぶように蜜がうるおい、いっとう輝いている。
レオン、マギカ、アクアマリン(敬称略)。3人も理解者ができた。
昨夜の出来事を思い出し、頬が熱くなるのを感じた。これまでのセックスはただ互いの性器をくっつけるだけのものだったと理解する。たくさんリードしてもらったなあ。たくさんのことを打ち明けた。自分のことを知られるのは嫌なはずだったのに、胸には晴れ晴れとした気持ちだけがある。
今更ながら、排卵とかその辺はいつになったら始まるんだろう?鼠蹊部のあたりをそっとなぞってみる。強く指を押し込むと、当然それだけ痛い。よくよく考えてみれば、私の体はゲームのアバターでもマネキンでもないのだ。からだはきっと、一人のおんなのこ。ベッドから起き上がり、窓の外を見る。
ガラスの映った私は、客観的にみても間抜けづらだった。……でも、前世の『私』がもし見たとすれば。少なくとも道端に捨てては置かないだろう。そういう女の子。
ふと、ベッドの隣を見た。昨夜まで隣にいたはずの男がいない___まあ、忙しいだろうし。シーツで、少し肉のついた体を覆う。
(頼ってくれたらいいのに。)
当たり前で___私にとっては初めての言葉がこぼれ落ちた。
「おはよーーー、昨夜はおたのしみでしたね。ね?」
「ひっ」
振り返ると、マギカが微笑んでいた。アンニュイな雰囲気を漂わせる彼女は、昨夜、小柄だが豊満な肉体を揺らしていたひととは別人のようだ。しかし『伸び』をするとタオルの下から豊満な果実が顕になって、思わず目を逸らした。
「お、おは…よう…ございます。ま、マギカ……さん」
なぜだか、言葉を絞り出すのがすごく簡単になった。今日は人の顔がやけに鮮明だ。
背後からコーヒーの香りがする。アクアマリンさんはワンピースタイプのルームウェアでコーヒーを淹れていた。
「まあ、なんだ、今日からキミも、本当の意味でハーレムの一員よぅ。レオンも言ってたぜ。『才能があるなら無駄にするわけにはいかない』って」
「さ、さ、さいっ、のう…?」
慣れた手つきで茶器を傾け、人数分のコーヒーを淹れる。
「戦士の選別には慣れていてね。お前、暗殺者の才能あるよ。偏差値で言うと35くらい。」
「貶してるー?」
「とんでもない。暗殺者の才能があるやつなんて稀だぜ。」
そういう褒め方に対応したライブラリが脳内にない。優しい嘘の類だったとしても嬉しかった。
「わ、わた、つめ、といで!」
「おう。まずは基礎だな。今日は戦闘訓練があるんだ?お前も来るか?」
必要とされる、というのは嬉しい。突然、存在しない記憶が脳に浮かび始めた。勇者パーティの一員、諜報や暗殺者として暴れ回る私の姿。
頂いたコーヒーを飲み下しながら考える。苦い。それはきっと、あんしんできるもので。命を賭けてでも目指す価値のあるものだ。
私は深呼吸をした。そうだ、もう逃げない。ここが私の居場所なのだ。
精一杯をやっていこう。ふるふると、ガッツポーズを作ってみせる。
「頑張り、ます!」
熱のこもった声が窓ガラスを震わせる。アクアが満足そうに頷いた。
「よし、じゃあ朝飯を食え食え食え。今日から、誇り高き僕たちの血族だ!」
私は頷いた。昨日までの私とは違う。道先に、光が差しているような気がしていた。
窓の外では、新しい朝日が昇っていた。両手を広げる。虫たちが音楽を奏でていて、庭にある小川がきらきらと輝いていた。
真の意味で、私の新しい人生の始まりを予感した。前世の後悔に折り合いをつけ、未来が待っている。正しく、人生の絶頂期。
小説を書くのはめちゃくちゃ楽しいですね。毎日パソコンカタカタしちゃって。ここんとこ毎日になります。
よろしくお願いいたします。
△
『そこが人生の絶頂期か。よかったな、後悔だけの人生に意味を得られて。』
暗い底で、怪物は素直に祝福を送る。自らを生み出した少女に向かって。そして。
昏く、昏く、顔を歪める。
『つまり、もう下がるだけ。堕ちてこい。深く、昏くへ。』