第94話 朝練(2)
「それじゃあ、ちょっと速めでいくぞ」
「オーケー、こっちはいいよ」
「それ、せいっ、せいっ、はぃっ!」
パシッ、パシッ、かつん
ヒコが緩めの動きで鈍らなショートソードを軽く振るう。
それをボクが手の平で受け流したり掴んだりする。
「ふぃー、さすがにまともに受けると手がじーんってなるね」
「やはり受け流すのが基本だろう。切れ味が悪いといっても一応、剣だからな。いくら鈍らでも掴んだ刃が滑れば指の数本くらい落ちるぞ」
「確かに。肝に銘じるよ」
ヨギが新たに土魔法を仕込んでいると聞いて、ボクも新しい技を習得する必要性を感じた。ソロのときは自分の得意スタイルだけを考えて入ればよかったけれど、パーティプレイとなると味方との連携やバランスを考える必要があることをこの前の遠征で思い知らされた。いまは投擲武器メインの戦い方なので、乱戦になったときに使える手札がほとんどない。このままじゃ要らない子になりかねないという危機感から、近接戦闘の技を考えてみたわけ。
今朝はヒコに付き合ってもらって、ゴブリン戦を再現している。ドロップ品の低品質なショートソードを使い、ゴブリンを想定した振りの速さ、威力で打ち込んでもらうのだ。それをひよりに作ってもらった魔法陣仕込みのグローブで捌く練習だ。
剣を捌く技術自体はまだまだ付け焼き刃でもっと練習が必要だけど、グローブの反発術式でショートソードの刃が防げることが確認できたことは大きい。面積は小さいけれど、ピンポイントの防刃障壁として使えそうだ。
「おーい、剣術部集合。一年生もこーい」
少し離れたところに剣術部の上級生が集まっている。そこから召集の声が掛かった。
「すまん、今日はここまでだ」
「いいよ。剣術部にお邪魔しているのはボクのほうだし。それに、ボルダリングのほうもちょっと練習して起きたしね」
そういってヒコと別れたあと、闘技場の反対側の壁際にあるボルダリングウォールに向かう。
「川村部長、おはようございます」
「おー、今日も来たか」
「はい。ボルダリングウォール、使わせてください」
「最近入れ込んでるね。何か目標があるのかい?」
「はい。第四階層の岩壁の門を目指しているんです。せっかくだから着いたら登ってみたいなあと思って」
上のほうに何か扉を開くためのヒントが隠されているかもしれないし。
「はっはっは、いいね。うちのメンバーもあの壁は大好きでね。去年はよくタイムアタックに挑戦したものだよ」
世間話をしながらも、壁を使って基本の動きを反復練習する。
本格的に部活に入って練習したわけではないので聞きかじりの域をでないけど、それでも重要なことを二つ学んだ。
腕の力で登らないこと。
手と足は必ず対角線で使うこと。
ボクのように小柄な体格だと腕の筋力だけで結構登れてしまう。だけど腕だけに頼るとすぐにスタミナが切れて体が持ちあがらなくなるのだ。だからクライミングではできるだけ腕を伸ばした状態でトライする。腕力を使わず、胴体の筋肉や脚の筋肉を使って登る。それが長く登る、すなわち高く登るためのコツということだ。
そして登る力以上に必要なのがバランスを取る技術だ。一朝一夕で身に着く技術じゃないけれど、基本は胴体を四角い板ととらえて対角線で固定するイメージだと教わった。両手両足四ケ所のうち、三ケ所がホールドを掴んでいれば安定する。だけど動くときは短時間、二ヶ所しかホールドしていない状態が発生する。このとき、右手と右足、もしくは左手と左足のように体の片側に寄った形でホールドすると、支えに対して重心が離れた場所に来てしまう。そうなると支えている手足を軸に扉が開くように回転してしまい落下する原因になるのだ。
ボルダリングにあるムーブと呼ばれるいくつかの技もこの二つの基本を守る形で成り立っている。ボクはまだそこまでの技術を習得できていないけれど、時間をかければそこそこ登れるようになってきている。
「いいねぇ。君、筋がいいよ。ぜひうちの部に入らないかい?」
「あー、いや、えーと。お邪魔させてもらっていて恐縮なんですけど、今はダンジョン攻略のほうが忙しくて……」
「なるほど、なるほど。じゃあ、ダンジョン攻略が一区切りつけばウチに入ることも検討してくれるのかな?」
「えー、はい。いえ、約束はできないですけど……検討します」
「うんうん。まあ部活動でなくても、クライミングに興味を持ってくれるのは大歓迎だ。いつでも遊びにおいで」
ホームルームの時間が近づいて身支度をしているときもやんわりと勧誘されてしまった。日本人としては恩を感じてしまうと断りにくいところだけど、ここは敢えて厚顔で通そう。
「どうもありがとうございました。また遊びに来ますね」
「おう」




