第91話 スライムの壁
「ようやくここまで来たか」
「初日にしては十分な成果だ」
「わたし、スライム苦手なのよね」
どうやらもうすぐスライムのいるエリアらしい。一度来たことがある人は覚えているみたいで、あとどのくらいで着くかわかっているようだ。
「スライムってどんなの?このダンジョンで最強って聞いたけど」
「最強っていうか、難敵だな」
「魔法はほぼ効かないんだよ。オレみたいな魔術師職は手も足も出ない。あいつら、見た目水まんじゅうみたいな姿しているくせに水属性じゃないんだぜ?」
「そうなのよね。中身が水なら浸透勁が効くかと思って練習したけどなんか感触が違って。発勁は苦手でどうにも上手く倒せないのよね」
思ってたのと『苦手』の意味が違った……。
「聞いた話ではスライムは生物じゃないらしい。動くし倒したら消えるからオブジェクトではないんだろうけど、いわゆる意志とか目的を持った存在ではなくて、一種のギミックだと思ったほうがいい」
「攻撃してこないってこと?」
「うーん、そこのところは意見が分かれるところなんだ」
ヒコにしては歯切れの悪い説明だ。
「どういうこと?」
「あいつら、触れたものはダンジョンの床や壁以外、何でも溶かしちまうんだ」
「だから素手で殴ったら手が火傷みたいになっちゃうの。でもそれだけよ。こちらから手を出さなければ何もないわ」
「違うって。あいつらゆっくりだけど動けるから、油断しているといつの間にか近づいてきて圧し掛かってくるんだ。あれは絶対に食べようとしているね」
「でもゆっくりなんだからすぐに逃げられるでしょう?なら実害はないじゃない」
「そうだけど、あいつら執拗に追いかけてくるんだぜ?ヒコは意志がないっていうけど、オレはあいつらの意志を感じるね。絶対オレを喰うんだって」
「とにかくあれは絶対、攻撃なんてものじゃないわ」
「とにかくあれは絶対、攻撃だよ。間違いない」
見事なユニゾンで二人の言葉が重なる。意見は正反対だけど。
むーっと睨みあうヨギと白井さん。
「あかりは襲ってこないっていうけどな、あいつらが自分達から向かってくるのは確かなんだ。現にオレは手に入れた唯一無二の魔石をあいつらに……くーっ」
「待って、あんたが魔石を手に入れたですって?聞いてないわよ?」
「だから初めてにして唯一手に入れた魔石をスライムに喰われたって言ってんじゃん」
「じゃあ、あれは?あの約束は……」
「ああ、もちろん覚えてるさ。魔石を手に入れたら一番にあかりに見せるって。見せないとおまえ、一生ぶちぶちいいそうだし」
「でも今まで一度も見せてくれてない……」
「だから一回しか手に入れたことないんだって。その唯一の魔石をスライムの野郎ぉ。思い出したらまた腹が立ってきた」
「わたしが見せてもらうはずだった魔石……」
「「スライム、許すまじ」」
見事にシンクロして二人とも握りこぶしを固める。
「はー、幼馴染ってやっぱり息ピッタリなんだなー」
生暖かい目で二人を眺めるボクとヒコ。
「おまえもたいがいだぞ」
「へっ?」
「いや、なんでもない」
通路の角を曲がると真っ直ぐな直線状の廊下の中ほどに壁が壊れた場所が目に入ってくる。ダンジョンの壁が壊れているところなんて珍しい。ダンジョンの《《外側》》では崩れた遺跡状態の石壁を見かけたけれど、《《内側》》では初めて見る光景だ。
だが、それよりももっと目を惹くのが通路の真ん中に小山のように盛り上がり完全に道をふさいでいる半透明の物体だった。
「でかっ」
思っていたのと違う。今日はこの感想が多い日だ。
「ゲームとかアニメで見る可愛いヤツを想像したか?」
「……そうだね。ちっちゃくってプルプルしていて水色のものを想像していたよ」
「茶色くってつやつやでのったりと居座っててでかいだろ?」
「うん」
「これで人畜無害ならまあ許せるんだが、触ると手が焼けるし、攻撃してもほとんどダメージが入らないとなると、通せんぼするお邪魔虫トラップでしかないんだよな」
「攻撃しても刃が通り抜けるだけなんだ。しかも一撃ごとに僅かずつだが武器の表面が腐食する」
そういうとヒコが自分の剣を腰の鞘にしまい、ストレージから戦利品のボロいショートソードを取り出す。
ヒコがショートソードをブン、と振るうと刃はスライムの右から中へ簡単に潜り込み、粘性のある抵抗を見せたのち、左側へと通り抜けた。
スライムに一太刀入れたショートソードをボクに見せる。ショートソードの刀身が鈍く曇っている。もともとゴブリンからのドロップ品だから品質は悪い。だけど、こんなふうに刀身全体が小さな泡状に侵食されてざらりとした見た目になっている物は見たことがない。
「スライム自体は白井さんが言うように脅威にはならない。だが、ここで武器を消耗してしまうと、以降の戦闘でとんでもなく不利になる。ギミックと言ったのはそういうことさ」
「なるほどねぇ。ちょっと試してみていい?」
「構わんが、取り込まれた鉄つぶては取り戻せないぞ」
「オーケー」
返答しつつ、鉄球をセットしたスリングを上段でぶん回す。
「ぅおりゃっ!」
全身の力を込めて至近距離から鉄球を打ち出す。
ぽすっ
運動エネルギーをすべていなして、ただ表面に置いたかのように鉄球が受け止められる。スライムの表面に食い込んだ鉄球はすぐにスライム本体の中に捉えられ、沈み込んでいく。酸で溶かすようにみるみる鉄球が小さくなっていく。異なる点は、溶けるにあたって気泡のようなものが発生しないことだ。
「むむむ、すごいねこれは」
「正確には鉄つぶては腐食していくんじゃなくて、直接エストに還元されていくらしい」
「じゃあ、手を突っ込んだら自分の手もエストに分解されていくの?」
「人間の体は外の世界のものだから目に見える影響はない。ただ自分には焼けただれた皮膚が見えるんだ」
「不思議だね」
「以前、人間がスライムの中に入ったらどうなるか実験したマッドサイエンティストがいたらしいぞ。そいつは頭だけスライムから出して全身が中に納まるように立ち続けたらしい」
「どうなったの?」
「外からはなんもわからなかったけど、本人は自分の体を見下ろしながら『おお、筋肉繊維はこんなふうに見えるのか』とか『肉の付いた関節はこんなふうになっているのか』とか楽しそうに叫んでいたんだってさ」
「うげっ、悪趣味」
「そのマッドサイエンティストは最後に『内臓に達するまではもたなかったか』って無念の声を上げながらスライムの中に倒れ込むと、光のパーティクルになって砕け散ったそうだ」
「うーん、この、マッドなサイエンティストってやつは……」
「コウタもその気があると思うぞ」
「ボク?」
「ああ。手になじんだはずの鉄つぶてを躊躇なくぶちこんだろ?」
「あれは実験のためで……」
「無駄だと分かっているのに実験のために価値あるものを費やすってところがマッドなサイエンティストに共通する点だとオレは思うのよ」
「うっ」
ひよりなら確かめるだろうな、と思って取った行動だったけれど。
ひよりの言葉が脳内に再生される。
『コウくん、自分の目で確かめることに無意味なんてことはないのよ。一歩ずつ納得しながら進めていくのがモノ作りの楽しいところじゃない?』
ひよりがマッドな道に堕ちないように、ボクも気をつけていこう。
「さて、どうする?このまま気が済むまでスライムを殴りつけてもいいが……」
「みんなはいつもどうやって通り抜けているの?」
「初見はだいたい根性で耐久値を削るかな。二度はイヤだってなるからみんな岩壁の門には行かなくなるんだ」
「ヒコは何回か通り抜けたことがあるんでしょ?
「まあな。俺たちは無理やり押し通るかな。途中で倒れたらヤバいけど、最後まで通り抜ければポーションで回復できるし、このスライムのおかげで背後からの攻撃は気にしなくていいからな」
「どういうこと?」
「人間は何とか通り抜けられるけど、ゴブリンなんかはスライムを通り抜けられないんだよ。体内に入ったらすぐに骨まで溶かされてしまうんだ」
「へぇ。じゃあ、スライムは人間を通せんぼするギミックじゃなくて、人間だけが通れるようにするギミックなのかもね」
「……その発想はなかったな。人間を通さないためのものじゃなくて、通れるものを選別するためのギミックか。確かに」
「人間が通れるようにしているギミックならもっと簡単に抜けられる方法があると思わない?」
「そりゃあ、ありそうな話だな。このダンジョンは人間の大魔導士様が作ったんだし」
「ふーむ」
「弱点はないのかな?」
「さあ?今まで誰も試したことがないとは思えないからなあ。それで発見されていないってことは弱点はないんじゃないか?」
「ねぇ、ここでうんうん考え込んでいてもらちが明かないんじゃない?」
「そりゃそうだけど」
「わかんないことは分かりそうな人に聞いてみればいいじゃない」
「誰か知っているのか?」
「道庭君が言ってたでしょう?聞いた話だって。その人が詳しいんじゃない?」
「あかり、おまえ天才!」
「ヒコ、スライムが生き物じゃないって誰から聞いたの?」
「生物部の部長だ。スライムに入った人だよ」
「えっ?あれって伝説の誰かさんの話じゃないんだ」
「そうだな。身近なマッドサイエンティストの実話だ」
「「うーん」」
「でも、聞くしかないよね?」
「ああ、聞くしかないな」
嫌な予感しかしない……。




