第90話 スプリンクル・バレッツ(仮)
しばらく通路を進む。なんだかヒコが考え込んでいるようだ。
「何か心配事?」
「ん、いや。思ったより魔物が多い気がしてな」
「そう?第三階層と同じくらいな感じだけど」
「この辺りは剣術部の巡回ルートに入っていて普段から魔物の駆除をやっているんだ。だからもう少しエンカウントが少ないと予想していたんだが……例のアンノウン討伐でここまで手が回っていないのか?いや、そんな話があるなら一年生にも声がかかるはずだし……」
後半のヒコのつぶやきは自分に向けた独白のようでよく聞き取れなかった。
「そういうの、フラグっていうんだぜ?」
「ヨギ、それこそフラグだよ……」
「じゃあ、なんかあったらあんたのせいね」
「えぇー、何か起きる前からオレのせい確定なのー?」
「しっ、静かに」
「げっ、マジで……」
「不味いな。この先の広場にかなりの数が集まっているみたいだ」
「ちょっと偵察、行ってくる」
「気をつけて」
例によってリバーサルミラーの半分をヒコに預けて単身で通路を進む。広場に出る手前で身を低くし、覗き込む。
広場と言っても扉のない大部屋という感じで、広さは教室くらいかな。飛び道具を含めていろんなタイプの武器を持ったゴブリンがたむろしている。
リバーサルミラーで広場の様子を映しながら、自分も目で数を数える。
ひい、ふう、みい、よ……
ざっと二十体いる。通常の敵パーティで三、四隊分がひとかたまりになっているということだ。
ゆっくりと物音を立てないようにヒコのところまで戻る。
「ご苦労様」
「ヒコの見立てはどう?」
「多いな。伏兵はいそうだったか?」
「あの広場にはいないね。広場からは通路が二つ伸びていたけれど、何かが隠れていそうな感じはなかったかな。勘だけどね」
「ふむ。二十体のゴブリンとなると、ほぼ初心者のこのパーティには荷が重いな。だが撤退するにしても、ここで叩いておかないと次にまた障害になる」
「ぶっちめようぜ」
「どうやって?あんたの魔法はあと一発しか打てないのよ?」
「うっ」
「こんなときこそ範囲攻撃でしょうに。使い物にならないわね」
「そんなに言わなくても……」
「じゃあどうするのよ。何か方法はあるの?」
「ぬぅ。名誉挽回の方法はないものか。横からのバレットだと全体にばらまけないからなあ。軌道を曲げたところで中央部分や背後にまでは届かないし……。真上からなら奥の敵も含めて射程に入る……かもしれない気がするような気もするんだけど……」
「真上から水を撒ければいいの?」
「ああ。ウォーター・バレットはだいたい直線で飛ぶから真上からなら敵全体を狙えると思う」
「じゃあさ、革袋を投げて上から水を撒くっていうのはどう?」
「いや、そんなにうまくはいかないだろう」
「ボクが天井を這って行って上から撒くとか」
「そんなことができるのか?それはそれでびっくりだけどさ、さすがに移動中に攻撃されて終わるんじゃね?普通」
「うーん」
「フラスコに詰めて天井にぶつけばいいんじゃない?」
「「それだっ!」」
「いいのか?」
「うん。毎回は使えない手だけど、ボクならフラスコは格安で入手できるし、一個くらいなら今でも余裕があるしね。さっき飲んだポーションのフラスコに水を移し替えよう」
「面白そうだな、これ。水風船とかでやったら結構な戦力になるぜ。オレの必殺技にしようかな」
「ガキねぇ。水風船なんてどこにあんのよ?」
「そこはほら、ひよりちゃんに工夫してもらってさ」
「ひよりちゃんにあんたのおもちゃを作る時間なんてないわ。もったいない」
「コウタぁ」
「ちょっと待って。いま作業中だから。わかったわかった、ひよりに聞いてみるよ。で、必殺技の名前は何にするの?」
ヨギが鬱陶しいので適当にあしらう。
「うーん、ウオーターバレットの派生だからバレットスプラッシュ?それともスプラッシュバレット?」
「天井感を出すならスプリンクラーでしょ」
「それ採用!技名は『スプリンクル・バレッツ』で」
なんかカッコイイって思ってしまった。ちょっと悔しい。
「はい、準備オッケー」
フラスコへの水詰めを完了する。コルク栓をしてスリングにセットしてみる。いびつでちょっと振り回しづらいけれど、広い天井に当てるだけだからイケるだろう。天井に当たらずに床に落とすような事態だけ避ければいい。
「よし。初めての技だからダメージがどのくらい出るかわからない。初撃で魔法を打って効果が不十分なら退却。敵が五、六体程度にまで減らせるようならそのまま戦闘を継続して殲滅する」
「オーケー」「ラジャー」「了解」
タイミングはそろったけど掛け声はバラけた。パーティ結成初日だから仕方ないよね。
広場の入り口にヨギと並んで立つ。フラスコをセットしたスリングはすでに回転運動を開始している。物音に気付いたゴブリンが立ち上がり、警戒態勢で中央に集まる。こっちにとっては都合がいい。
「うりゃっ」
掛け声とともにアッパースイングでフラスコを投擲。素早く腰をかがめて敵の攻撃に備える。
ガシャン
「ウォーター・バレット!!」
スプリンクルバレッツやないんかい、と思わず心の中で突っ込みを入れる。まあ、考えてみれば現場で魔法の音声コマンドを登録変更するのは馬鹿げてるよね。また白井さんに叱られ事案が発生するだけだ。
天井で砕けたフラスコは、大量の水を敵の頭上にぶちまける。
タイミングよく発動した魔法が水を無数の弾丸に変えて、眼下の敵の無防備な頭部を直撃する。
「ブギャァァァ」「グェェェ」「ブシャァァァ」
「うわぁ」
「えぐ」
思ったよりも効果が高い。
なぜだか水しぶきだけではなく、砕けたフラスコのガラス片も弾丸のように飛翔して周囲のゴブリンの顔面に突き刺さっているのだ。
敵集団のほぼ八割が倒れ、周辺部に離れていた四体だけが生き残った。
想像以上のスプラッタな光景(ただし流血はナシ)に若干引いてしまい、手が止まる。
けれど、敵のほうもあまりの惨劇にパニック状態で攻撃を忘れている。
チャンスだ。
「オラァッ」
「はッ」
ヒコと白井さんが飛び出して各個撃破していく。白井さんはパニックで我を忘れているゴブリンの真っただ中に飛び込んで、前蹴り、裏拳、回し蹴りの三連撃で三体を一気に敵を屠った。
「ふう、あっけなかったわね」
「いや、オレの魔法のおかげでしょう。どや?どや?」
調子に乗ってヨギが鬱陶しくなっている。
そんなヨギに冷たい一瞥をくれて、白井さんが言い放つ。
「あんた、なんで魔法の詠唱が前と一緒なのよ。わたしが提案した名前に決めたんじゃなかったの?」
「えぇー。オレが自分で決めた名前なんだけど……」
「わ・た・しのアイデアであんたが決めた。オーケー?」
「お、オーケー」
「よろしい。あー、それと、わたしの魔法をあんなスプラッタな使い方しないでね。次からはガラスの容器に入れるのはナシで」
「横暴だぁ」
結局、ヨギは白井さんに叱られる運命のようだ。甘んじて受け入れてくれ、ヨギ。




