第88話 アンノウン討伐隊
「なあ、隊を小規模に分けて未確認魔物を追い込むっていう三年生の案なんだけどさ。これって逆効果じゃないか?」
「んなこと言ったって、あれだけ大規模な部隊を組んでトライしたのに被害甚大で戦果は無しだったんだから、逆張りで行くしかないだろうが」
「でもさ、結局やられたのってケツに引っ付いてた弱い連中なんだろう?小隊で攻めるっていうなら精鋭で組んでいけばいいじゃん」
「だからそうしてる。ヤツの出現が確認されている第四階層の北西には三年生の先輩方が配置されているし、敵が出現したとき後詰めとして出られるように松下部長のチームが西側エリア中央に控えているって聞いてるぞ」
「そうそう、俺たちぺーぺーの二年生はしょせん数合わせの駒よ。敵の出ない東側エリアとの境界に配置された時点でお察しだね」
「怖いからってアンノウンが出ない外縁部を希望したのはおまえらだろう。出征は希望者だけだったんだから嫌なら参加しなけりゃ良かったんだぞ」
「そんなわけにいかねぇじゃん。一年生でも見込みのある連中は参加が認められているし、ヘタレたところを見せたら来年睨みが利かせられないだろうが」
「下級生に舐められたくはないわなー。けど、未知の魔物を相手にするのも避けたい。やってることは完全ヘタレだな、俺たち。けけけ」
「要領がいいって言え。これからの時代、自分のスキルを磨くより他人の力を借りる能力を磨くのが正解なんだってよ」
「おい、いつまでくっちゃべってるんだ。敵が出ないって言ってもゴブリンくらいは出るんだからな」
「へいへい。……このあたりは剣術部の巡回ルートに近いから魔物はほとんど駆除されているだろうが。リーダー面しやがって」
「なにか言ったか?」
「うんにゃ、なーんも。後方敵影なーし」
「そこの丁字路から先は周回路になっているから、ぐるっと一回りして戻るぞ」
「りょーかい」
***
壁の一部が滲むようにぼやけ始める。
一秒ほどで通路を構成していた壁が消失し、一間ほどの幅の枝道が現れる。少し奥まった先に木の扉があり、扉の前には水牛の角が特徴的な革装備に身を包む巨漢がいた。
「バカな連中だ。獲物のほうから大声で到着を教えるとは。魔物でももう少し頭が回るぞ」
巨漢は奥に向かって木の扉を乱暴に押し開ける。
「グキィィィ」「グボォォォ」
小さな部屋の中はぎっしりと詰め込まれたゴブリンの一群で立錐の余地もないありさまだった。その目には怒りだけでなく恐怖の色が見え、パニック一歩手前の状態だ。部屋の隅には同士討ちで殺された死体が二、三体転がっている。
一つしかない出口の横にはこの部屋に自分たちを閉じ込めた恐怖の存在が立っている。ゴブリンたちは身動きが取れずにその場で体を揺らすのみだ。
「出ろ。走れ。そしてニンゲンを殺せ!」
巨漢の体から毒々しいオーラが立ち昇る。反抗的な表情を見せていた一部のゴブリンも恐怖に震えあがって走り出す。
「ブギィィィ」「グギャャャ」
我先にと出口に殺到するゴブリンたち。
巨漢はニタリと嗤いの表情を浮かべて背後からゴブリンたちを煽る。
「そらそら、急がないと俺様がぶっ殺すぞ」
小部屋から通路へ出たゴブリンたちは左右に分かれ、多くが剣術部のパーティが向かった周回路のほうへと逃げていく。走るゴブリンたちの目から恐怖の色が薄れ、それに倍する怒りの色に染まっていく。
「ギィァァァァァ」
バーサーカーと化したゴブリンの群れが通路を走っていく。
「少し逃げちまったが、まあいいだろう。さあ、狩りの時間だ。猟犬ども、働けよ」
巨漢の男は嗤いながら仲間に押し倒され呻いているゴブリンを踏み潰した。
***
「ギィァァァァァ」
「何だ?」
「前から来るぞ」
「なんかやべぇよ」
「ゴブリンどもだろう。剣を構えろ。戦闘準備」
剣術部のパーティがそれぞれに抜刀する。ヘタレた発言とは裏腹に剣を構える姿は様になっていて、お互いが味方の隙を潰すような立ち位置を取っている。
「来た。なんだ、この数は?」
通路の前方から目に真っ赤な怒りの色をたぎらせたゴブリンが殺到してくる。奥が見えないほどの大群に腰が引けるが、ここで背中を見せれば蹂躙されるだけだ。
「くっ、このぉッ」
ガキンと先頭のゴブリンの斧の柄を剣で受け、はじき返す。浮いた両腕を掻い潜って剣を突き刺す。
「ガハッ」
屠ったゴブリンが倒れる前に素早く剣を引き戻して死体から抜き取る。
すぐ後ろに短い剣を振りかぶったゴブリンが迫っている。隙だらけだ。
「せいっ」
剣を水平に薙いで喉笛を掻き切る。
「ヒゥ」
悲鳴のような空気が漏れるような声を上げてこのゴブリンもこと切れる。
次から次へと襲い掛かってくるゴブリンを死体に変えて床に転がしていく。
「くそっ、きりがない」
相手が大群でも通路の幅が限られているから何とか一対一の戦いに持ち込めている。だが、さすがに細かい手傷が増えてきた。周りの仲間を見回すと、自分と同様善戦はしているが押し負けている。敵が床に転がった死体を乗り越えて次から次へと襲い掛かってくるせいで、こちらは一歩ずつ後退を余儀なくされている。
この通路は周回路だ。先に進んでも戻っても、周回路の入り口にたどり着く。
「このまま迎撃しながら入り口まで下がるぞ」
「うわぁ」
「どうした?」
「う、後ろから敵が。ぎゃっ」
思わず振り返ると、背後にもゴブリンの群れが押し寄せていた。
「ブギィッ」
「ちぃッ」
隙を突いて前方のゴブリンがぶっとい棍棒を振り下ろす。
ガキッ
まともに剣で受けてしまった。手がしびれて剣を取り落としそうになる。
「くそっ」
ショルダータックルで相手を吹き飛ばし、両手で柄を握り直した剣で止めを刺す。
そこに後列のゴブリンが剣で薙いでくる。
何とかバックステップで躱すが二の腕を浅く切られた。
ジリ貧だ。このまま戦っても勝ち目がない。だが後ろも挟撃にあってダメージが大きいようだ。
「無理無理、こんなの無理ゲーだ!」
「くそったれ。降参システムが無いのは欠陥だろう、このダンジョン」
「いってぇんだよ、ざけんなッ」
悪態をついて何とかこらえているが、そろそろ集中力が切れそうだ。耐久力にはまだほとんどダメージを負っていないのに絶望感が半端ない。
「ピギィィ」「ブギャッ」
後方からゴブリンの悲鳴が上がる。
「何だ?援軍か?」
振り向いて確認する余裕はない。
「ぉぃぉぃおいおい、うそだろぉ」
「うぎゃああ……」
「げふっ」
仲間の断末魔を聞いてゴブリンの斧を受けた姿勢のまま振り返る。
革鎧の壁があった。
仲間が覆いかぶさってきたのかと目線を上にあげる。
黄色く濁った眼が見降ろしていた。
「アンノウン……」
振りかぶった両刃の斧が頭上を覆い尽くしている。
「ヴゴォォォ」
雄牛の咆哮に似た轟が魔物の喉から漏れる。
振り下ろされた大斧が、剣術部の生徒を組み合っていたゴブリンもろとも一刀両断に切り裂いた。




