第84話 強制帰還
「かはっ」
「気が付いたか」
「……ここは」
「地上階、ダンジョンの入り口のリスポーン地点だ」
敷島副会長?なぜここに?
「ダンジョンでのダメージが大きかった場合、リスポーン後も精神的な動揺が残る場合がある。一旦下の医務室に移動して休養するがいい」
そういってボクを立たせると肩を貸してくれる。
「いえ、いいですよ」
「遠慮するな。これも生徒会の仕事だ」
「でも副会長がそこまでしなくても」
「競泳プールでの調査で人手が足りんのだ。迷惑をかけると思うなら、早く移動して手を開けてくれ」
「すみません……」
第一階層に降りて購買部の横にある医務室に寝かされる。
敷島副会長はボクを医務室の担当に預けるとすぐに元の持ち場に戻っていった。あの人、思ったより嫌な人じゃないかも?
さて、休養のためにわざわざ第一階層に下りるのは、ダンジョン内のほうが魔法的な治療方法が利用できるからだ。
今回は戦闘で耐久力がゼロになるという本当のリスポーンだから、戦闘時のダメージが残っている。キルされた場合、リスポーン直後は耐久力が上限の十パーセントだけ回復した状態になる。
傷口は治っているし物理的なダメージは残らないんだけど、重い疲労感があってすぐにダンジョンに戻ろうという気持ちにはなれない。とはいえ、耐久力の損耗分はポーションをもらって回復済みではある。だから寝ている必要があるほどではないのだ。中途半端な状態を持て余してベッドから半身を起こす。
そういえばマーマンの武器をゲットしたんだよね。どんなものかチェックしてみるか。
ほうほう、『マーマンの銛』ね、ふむふむ。青銅製の三叉槍か。水中で使うから名称は銛だけど、武器としては槍のカテゴリになるのか。
青銅って武器カテゴリの中じゃランクが低いイメージがあるからもっと粗雑なものかと思っていたけれど、実物は十分に硬くて鋭い。鉄と打ち合えば負けるのかも知れないけれど、人間の肉なんか簡単に貫くんだよなあ。
お?特殊能力があるのか。なになに『水中での射出と手元への引き寄せが可能』。へえ、いいじゃん、いいじゃん。そういう魔法陣が仕込まれているのかな。水の中は抵抗が大きいから飛び道具って使えないんだよね。マーマンがビュンビュン打ってきたのはこの特殊能力だったか。実際自分にも命中したし、訓練すれば水中の装備としてはなかなかのものかも。まあ、あの地底湖以外で使うフィールドがあるとは思えないけどね。
「コウくんっ!」
突然、ばんっと扉が勢いよく開いてひよりが駆け込んできた。
「あ、ひより」
「無事?どこも怪我はない?大丈夫? ……よかったぁ」
返事を返す間もなく全身をぺたぺたと触られチェックされる。
うん、まあ、銛が刺さったり鉤爪で切り裂かれたりしたけどね。ダンジョンの中だから傷は残ってないよ。
怪我が無いことが確認出来てベッドの端にへなへなと崩れ落ちるひよりを、バンザイさせられた両手を所在無げに上げたまま見つめて申し訳なく思う。戻ってすぐに連絡しなくてゴメンナサイ。
「だから慌てなくても大丈夫だって言ったでしょう、ひよりちゃん」
「すみません、わたしちょっと混乱しちゃって」
「ゴメン、ひより。すぐに連絡しなくて」
「そうだよ、コウタくん。女の子を心配させるなんて十年早いぞ」
「あ、はい。すみません」
良くわからないけど誤っておこう。
「で?何があったの?溺れたにしてはリスポーンまでに時間がかかったみたいだけど」
「あー、それがですね、プールの真ん中あたりの床に不活性の魔法陣がありまして……」
一瞬、最初の部分をごまかそうかと思ったけれど、ひよりと美宮先輩の表情を見て危険センサーが反応する。これは全部を正確に説明しないと結局問い詰められてボロが出るパターンだ。
「ちょっと入ってみようと思って踏み込んだら……」
「コウくん!なんて危ないことするのっ!」
「大胆ねえ」
「あ、いえ、踏み込んだだけでは何ともなかったんです」
「あら?じゃあ何か余計なことをしたっていうわけね?」
「コウくん!」
「あう。いえ、その。ちょっと空気の量を増やそうと思ったら操作ミスをしたみたいで、床の魔法陣にエストを注入しちゃって……」
「コウくん……」
すみません。
「キミねぇ、まったく何をやっているんだか。未確認の魔法陣に乗ったままで別の魔法陣を調整しようとするだなんて、どうしてそんな基本的なミスを……って、そういえばキミは転入して来てからまだ日が浅かったわね。ゴメン、生徒会のミスだわ」
あら、初歩的なミスだったみたい。反省。
「まあいいわ。それで、どうなったの?」
「それが、気づいたら潜水ヘルメットが脱げていてどこかの地底湖の底に居ました」
「転移魔法陣か」
「たぶん。軽い転移酔いがあったような気がします」
「魔法陣の種類はプールの底を調べれば確認できるわね。もっとも、そこに行くための道具はプールの底に沈んでるんですけど」
うう、ゴメンナサイ。
「あれ、やっぱりこっちに残ったんですね。でもどうしていっしょに転送されなかったんだろう」
「潜水ヘルメットは転移魔法陣を使って空気を送り込んでいるからだよ、きっと。起動中の転移魔法陣を転移させることはできないの。魔法陣同士が干渉しちゃうんだって」
「なるほど」
「で、キミはどこに転送されたの?」
「それが、初めて見る場所だったんです。ダンジョンの中じゃなくて自然にできた広い洞窟みたいなところでした。地底湖みたいになってて」
「ちょっと待って。ダンジョンの中じゃなかったってこと?」
「いえ、魔物も居ましたしダンジョンと同じ石でできている遺構みたいなのもありましたし、広い意味ではダンジョンの中だったと思います。でも普段行く第二階層とか第三階層のような石積みの遺跡の中みたいな感じじゃなくて、遺跡の外にいるみたいでした」
「にわかには信じがたいわね。魔物が出たっていうけれど、どんなヤツだった?」
「女性の顔をした大きな鳥と、マーマンです。鳥のほうは例の歌を歌っていたしマーマンをけしかけてきたのでセイレーンで間違いないと思います」
「マーマンとセイレーンか。プールでの遭遇と辻褄は合うわね」
「コウくん、大丈夫だったの?」
たはは、と苦笑いする。
「ぜんぜん大丈夫じゃなかったよ。マーマンには銛を投げつけられるし、セイレーンには引っかかれるしで何もできずにやられちゃった」
あ、しまった。ひよりがみるみる涙目になっていく。
「あー、でもでも、おかげでリスポーンして帰ってこられたし。あ、そうだ、やられてもただでは戻らなかったよ。足に刺さったマーマンの銛を持って帰って来れたんだ。ほらこれ。戦利品。なんか水中で発射できる特殊能力があるんだって。調べたら面白いかもー」
必死のフォローでマーマンの銛を具現化する。
初めて見る武器にみんな、ほう、と感心しながら検分している。ひよりも一瞬状況を忘れて見慣れないものに興味を示す。
「ありがとう、コウくん。でもコウくんを傷つけた魔物の武器なんでしょう。ちょっと嫌かな……」
「あー、ごめん」
「ううん、せっかくの戦利品にケチをつけてわたしのほうこそゴメン」
「じゃあさ、この武器は今回の件の証拠品として生徒会預かりにさせてもらって構わない?もちろん、相応のエストは支払うわよ」
「ええ、構いません。ボクが使うには大きすぎる得物だし、ひよりは手元に置きたくないみたいだから、美宮先輩が有効に活用してください」
「ありがとう。生徒会のほうで分析に回させてもらうわ。ところでほかに何か見つけたり気になったりしたことはなかった?」
「そうですね。岩壁に彫られた大きな石の扉がありました」
「石扉……それって」
「はい。ボクは直接見たことはないですけど、美術部の先輩のスケッチブックにあった第四階層の『岩壁の門』にそっくりでした。ただ、見せてもらった『岩壁の門』と明らかに違う部分もありました」
「第二の『岩壁の門』か……」
「いえ、そうじゃないと思うんです」
「どういうこと?コウタくん」
「あれは第四階層の『岩壁の門』の外側なんじゃないかと」
「!」
「コウくん、岩壁の門は崖に彫られたものでホンモノの門じゃないんだよ?」
「うん、そう聞いている。でも本物の門みたいに開かないとしても、反対側に裏面が彫られているかも知れないじゃないか」
「それはそうだけど、そんなもの、どんな必要があって彫るの?」
「ひよりちゃん。大事なのは裏面が彫ってあることじゃないわ。このダンジョンに外側があるんじゃないかってことよ。コウタくんが言っているのは」
美宮先輩の言葉にボクは深くうなずく。
直感に近いけれど確信している。壁に彫られた門にどんな意味があるかはわからない。だけどそこにはきっとこのダンジョンの秘密に近づく手がかりがあるに違いない。
「……コウタくん、ひよりちゃん。このことは他言無用よ。生徒会のほうで調査を進めて公表できるようになるまで、秘密にしてちょうだい」
「はい」「わかりました」
プールの底の魔法陣や地底湖、それに岩壁の門の外側については箝口令が敷かれることになった。だけどすでに知れ渡っている第四階層の『岩壁の門』の調査が禁止されたわけじゃない。これは挑戦し甲斐のある目標が見つかったね。
【本日の入手アイテム】
・マーマンの銛 一本




