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第80話 プールサイド

 プールサイドには思ったより大勢の人が集まっていた。

 水泳部の面々はもちろん、魔法生物研究所の人達も見える。ひよりがちひろ君と呼んでいた男子も来ていて数人の先輩方といっしょだ。たぶんあれは魔法陣研究部の集団なのだろう。そのすぐ隣に同じような雰囲気の団体がいる。

「あらまあ、うるさいのが来ているわね。魔術部のマッドサイエンティストどもよ。話が長いから捕まらないように気をつけてね」

 ボクらの側には美宮みるく先輩を筆頭に生徒会のメンバーが数名と潜水ヘルメットを神輿のように肩に担いだ倉庫番同好会のマッチョな先輩たちがいっしょだ。

「あ、ひよりちゃん、いらっしゃい。潜水ヘルメット、完成したんだね」

「うん。これから実験、じゃないや、練習することになったんだー」

 ちひろ君がひよりに気づいてこちらへやってくる。直前まで彼と話をしていた先輩も寄ってきて、潜水ヘルメットを興味深げに観察している。

「ほうほう、ふむふむ。自重で沈むとは聞いていたが、実物は想像よりも重いな。それに硬い。これならば筐体を直接振動させて音声を再生する魔法陣を用いれば通信を実現できるか……」

 断りなしに潜水ヘルメットをコンコンと叩いたり覗き込んだりしている。

 お客さん、お触りは無しでお願いしますよー。

「だが、それだと水中にも音が駄々洩れだな。魔物を呼び寄せる結果になるかもしれん。いや、むしろ音で呼び寄せるというのはどうだろう。近寄ってきたところに高出力のフォノンメーザーを照射するのもいいかもしれん。ヘルメットを共振筒キャビティにすれば出力を稼げそうだ。その場合装着者の頭蓋骨が先に破裂するが、まあ自爆兵器としてなら使えるのではないだろうか」

 うわー、何この人。怖いことをつぶやいているんですけど。

「魔術部の部長を紹介するね。こちら、石出先輩」

「うぉっほん。これは失敬、お嬢さん。ただいま紹介に預かったわたくし、石より出でて竜に至る、魔術の高みを目指す者、いしいでりゅう、と申します。以後お見知りおきを」

 派手な自己紹介ポーズを極めたあと、優雅に一礼をする。

「あ、はい。琴浦ひよりです。よろしくお願いします」

 ひよりがおっかなびっくり挨拶を返す。

「君が例のサークルランチャーの開発者だね。あれは素晴らしい発明だよ」

「あ、ありがとうございます」

「元来、魔術とはマジックアイテムに仕込まれた魔法陣を展開し、出力や方向を制御する技術だよ。移動する対象物に魔法を当てるには直観に近い洞察力と神業レベルの反射神経といった魔法制御技術が必要になる。ゆえに魔法を適切に振るうすべを魔術といい、その技術に習熟したものを魔術師と呼称する。だが、あの発明品は狙った場所に直接魔法陣を送り届けることができる。しかもエストの供給も同時に行うから魔法陣の起動詠唱というプロセスをも不要にした。まさに技術革新。魔術師の存在意義を根こそぎ奪うゲームチェンジャーになりうる技術!」

 えーっ。魔術部部長が魔術師不要みたいなことを恍惚とした表情で発言して良いんですか?後ろに控えている部員さんたちの目が怖いんですけど。

「いえ、あれはそういう目的のものじゃなくて、魔法陣を拡大して投影するためのものなんです」

「なんと!拡大か。エストの供給さえ解決すれば理論上都市レベルの規模の範囲殲滅魔法陣を起動できるわけか。魔術を戦術兵器から戦略兵器へと一気に押し上げるポテンシャルを持った発明ということだな」

「そんな怖いこと考えてないですー。魔法陣を縮小してペンに仕込んで多色の魔法ペンを作るとか、そういう便利グッズとかなら考えてますけど」

「縮小とな。その発想はなかった。爆裂を起こす極小魔法陣を弾丸の尾部に刻んで火薬を使わない銃を実現するということか。いや待て、骨格模型に一連の魔法陣を刻んでシークエンス起動技術と組み合わせれば自動人形オートマタの実現も……」

「はーい、ストップ、そこまでにしなさい。ひよりちゃんが怯えているじゃない」

 美宮みるく先輩が丸めて筒状にした紙で石出部長の頭をはたく。

「もう、きみもちゃんとひよりちゃんを守らないと。捕まらないようにって忠告したでしょう」

 いや、初見で対応は無理だって。

「そもそもなんであんたが来ているのよ。わたしが呼んだのは魔法陣研究部だけのはずだけど」

「あの、ぼくが伝えたんです。潜水ヘルメットに空気を供給するための圧力タンクを提供してもらっているので」

 ちひろ君が申し訳なさそうにいう。

 魔法陣研究部は魔法陣そのものを対象に研究を行っている。だからヘルメットの中に書かれている魔法陣の解析や実際に空気を送るための魔法陣の選定に協力してもらっているとひよりから聞いていた。

 今回の潜水ヘルメットは転送魔法の応用で空気をヘルメット内にある魔法陣から供給する仕組みらしい。転送魔法によって空気を送る通路はできるけれど、実際に送り込むにはヘルメット内よりも高い気圧を発生させる必要がある。だから酸素ボンベのような圧力タンクを用意して、その中とヘルメットの中を転送魔法でつなぐ構成になっている。その圧力タンクを提供してくれたのが石出部長というわけだ。

 石出部長は魔術部の中でも変わり種で、技を磨くのではなく魔法陣を改良するのでもなく、科学技術と魔法を組み合わせて高威力の魔術を作り上げる研究をしている人だそうだ。

「転送魔法は私の十八番でね。高圧ガスと転送魔法の組み合わせとなれば、まず私に声を掛けるのが正解なのだよ」

「それは分かるけれど。でもあなた、こんな地味な調査には興味ない人でしょう。どういう風の吹き回し?」

「ふっふっふっ。もちろん、新しい攻撃魔法の実践運用を試しに来たのさ」

 そういって鉄枠で作られた球体を取り出す。何というか、赤ちゃんのおもちゃでよくある枠だけのボールのような構造で、中に球体の天地をつなぐ棒が一本ある。よく見ると棒の真ん中にビー玉のようなガラスの玉が仕込まれているのが見える。

「なによ、それ。物騒なものを持ち込まないでよ」

「水中への攻撃手段の開発を命じたのは生徒会だよ。私は君たちの要請に従ったまでさ」

「確かにそうだけど。あなたといい、ひよりちゃんといい、発明家ってみんなこんなに仕事が早いの?」

 うちのひよりをマッドサイエンティストといっしょにしないでほしい。

「ふっ、優秀であろうとすれば自ずと結果はついてくるものなのだよ」

「いずれにせよ、今日はそれのテストは無しよ。そんな威力も分かっていない魔法で万が一うちのオペレーターが怪我したらどうするのよ」

 えっ、もしかしてボク、ピンチだったの?

 難しい話が続いてすっかり傍観者になっていた背中を冷や汗がつたう。

「ふむ。まあよかろう。せっかくの新技術だ。味方への誤爆フレンドリーファイヤーでケチが付いてもつまらないからね」

「さあさあ、直接潜水作業をサポートする人以外はプールサイドからさがって。コウタくん、そろそろ始めようか」

 いやな流れだなー。興味本位でさっきのボールみたいなの、プールに放り込まないでよね?

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