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第77話 潜水服

「水に潜るなら潜水服が必要だね」

 美宮みるく先輩のお願いという名の指令を受けて部室に直行したところ、ひよりはせっせとサークルランチャーの調整に勤しんでいた。

 ボクが一通り説明を終えたあとの第一声がさっきの台詞である。

 美宮みるく先輩の無理難題に弱り切ったボクとは対照的に、ひよりはさっそくアイデアを練り始める。男前だなー。

 ちなみにヨギはまだ体に力が入らないと言ってとっとと帰ってしまった。さすが帰宅部だね。薄情者め。

「よく見る形の潜水具は仕組みが複雑すぎて手作りは難しいかなー。プラスチックの代用品になる素材もここではあまり豊富じゃないし」

 スクーバダイビングってやつだね。ゴーグルとかヒレとか着けて酸素ボンベ担いで潜るやつ。確かに細かい機材をいっぱい用意しないとできないイメージだ。

「わたしたちの技術レベルで出来そうなのはヘルメット潜水っていうタイプの潜水服だけど、あれも金属をたくさん使うからなあ」

「どんなの?」

「防水のツナギみたいな服を着て、肩首のあたりまで覆うヘルメットをかぶるの。着こんだら服とヘルメットのつなぎ目をしっかり密閉して水が入らないようにして、ヘルメットの天辺からホースで空気を送るんだよ」

 いつものメモ帳にさらさらと両手を広げた人型のイラストを描く。

「最近のもので言うと見た目は伝染病予防に使う防護服が雰囲気似ているかな。十九世紀の終わり頃からある道具だけど、今でもほとんど同じ仕組みのものが現役で使われているんだって。すごいよね」

 人型の頭上に水面を表す波線を引いて、簡単なボートを追加する。ボートの上に円筒を横に寝かせたような形を描いて、そこから伸ばしたホースを人型の丸い頭のてっぺんにつなぐ。ヘルメットの口元から連なる丸い粒は泡なのかな?

「船の上のポンプから空気を送り込むから酸素ボンベは要らないし、理屈の上では何時間でも水中に居られるの。ヘルメットが重石になって海底に足を着けて歩く形になるから潜水技術も不要。歩き回るだけなら、誰でもすぐにできるんだよ」

「扱うのに訓練が要らないっていうのはありがたいね」

「構造は簡単だからわたしでも設計図は書けると思うけど、大きいし密閉状態を保つように作るのは専門の技術がないと難しいと思うな―」

「だよね。完全に水が漏れないような防水ツナギを作れる人なんていないよね」

「服よりもヘルメットだよ、難しいのは」

「あるものを修理するんじゃダメなの?」

「それは、物があるならそのほうが簡単だけど……」

「え?あれ、使えないの?」

「え?使える物があるの?」

 なんだか嚙み合わない会話をして顔を見合わせる。

「倉庫番同好会にあったよね?宇宙服みたいなやつ。あれ、違うの?」

「あれ?あ……あーっ!」

 ひよりがばんっと机を叩いて立ち上がる。

「ど、どしたん?」

「ホースが無かったからてっきりただのコスプレ衣装かと思って見過ごしてたよ!本物の潜水ヘルメット……。行こう、いま行こう、すぐ行こう!」

 ぐいぐいとボクの手を引っ張って出かけようとするひより。

「わかった、わかった、行くからちょっと落ち着いて。今からだとどうせ門限ギリギリまでいることになるでしょ。帰る支度したくして行こうよ」

 ひよりはぷくーっと不満気に頬を膨らませたけれど、議論するより動いたほうが早いと悟って手早く荷物を通学カバンに詰める。道具を愛でるのに夢中になって潜水服を作るという目的を忘れなきゃいいんだけど。


「ようこそお越しくださいました、ひより様」

「こんにちわ。ヘルメット式の潜水具を見せてもらえますか?」

 いつものなら、そういうのはやめてーとか、困るーとかひと悶着あるんだけど、今日は目的のもの目掛けて一直線のひよりさんです。

「宇宙服みたいな形の金属製のかぶり物なんですけど」

「おお、こちらにあります」

 倉庫番同好会の大男の一人が壁際に案内してくれる。

「わあ、本物だあ」

 ひよりはさっそく手で撫でまわしている。近くで見ると丸みを帯びた全体のラインといい、丸い覗き窓と大きめのネジといい、アンティークな感じでなかなかカッコイイ。これはひよりが夢中になるのもうなずける。

 丸い頭頂部をコンコンと叩く。

「真鍮製なのね。ガラスは新しいのに替える必要があるけど、ネジはそのまま使えるかも」

 持ち上げようとしたけどひよりでは重くて動かせない。すかさず大男が二人、ひよりの前に膝をついてヘルメットを持ち上げる。

「ありがとう」

 大男たちはひよりが見たい部分をすばやく察して角度や高さを変えていく。

 大男にかしずかれる姿は、さしずめ小さな女王様といった風情だ。そんなことを言ったら怒られるから言わないけど。

「ふーん、やっぱり空気を送るバルブがないなー。あれ?内側に魔法陣が描かれてる……」

 錆に埋もれてかすれてしまっている魔法陣は転送魔法の一種らしい。どうやらホースの代わりに転送魔法で空気を送る仕組みを採用しているようだ。

「ホースが無いのは動く上では便利だけど、会話はどうしてるのかな?」

 現代のヘルメット潜水具は空気を送るためのホースと合わせて会話用の電線がつながれているそうだ。水中の作業員と水上の監督者がインターコムで会話をしながら作業を進められるので事故を減らす工夫にもなっているらしい。水中は無線が届きにくいから有線接続が必須ということだ。

「魔法陣に通話の術式も組み込んであるのかな?うーん、かすれていてよくわからないな……」

 考え込んでいるようで、ひよりの動きが止まる。しばらくそのまま様子を見守る。けど、いつまでたっても動きがないのでじれったくなって声を掛けた。

「どう?使えそう?」

「そうだね。本格的な修理は難しいけれど、今回はプールの底を見て回るだけなんだよね?」

「うん」

「だったら、簡易的な形に変更すれば何とかなるかなー」

 窓の部分のガラスは幸いオーダーメイドで作れる。

 空気を送り込むための魔法陣は既存のもので代用できそう。

 音声回線の魔法陣は送気魔法陣との両立が難しいので今回は割愛。まあ水底を見て回るだけの単純作業だし、送気の制御も今回は潜水ヘルメットをかぶる側で行うから問題ないでしょう。

 服の部分は丸ごと省略することになった。完全密閉の防水を実現するのは技術的に難しいし、作業者の体格に合わせて作らないといけないからつぶしが効かない。だったら金属でできているヘルメットと肩の部分だけでかぶって、送気する気圧を少し高めるように設定すればヘルメット内に入ってこようとする水を空気で押し返すことができる。

「ここの肩に当たる部分に持ち手を付けて、手で掴んでいれば安定すると思うの」

 そういえばそういう水中アクティビティーを楽しむ動画を見たことがある。あっちは顔の全面が透明なシールドになっていて、熱帯魚やサンゴを眺められるようになっている。こっちは小さな窓から覗き込むことになるけど、一応左右と天辺にも窓が付いているから周囲を見回すことはできるはずだ。

「それなら割と早く準備ができそうだね」

「うん。さっそく取り掛かるね。まずはガラス窓の採寸かなー」

 ひよりが嬉々として分解を始める。サビて固くなったネジも薬品や潤滑油を使って丁寧に緩めていく。

「これでよし。この真鍮の枠はガラス工房に渡して寸法合わせに使ってもらおうっと。あとはガラスが出来上がるまでに本体のさび落としをして……」

「力仕事はお任せください、ひより様」

「それじゃあお願いしようかな。布にこのさび落とし剤を少しつけて、あとは根気よく擦ってください」

「はっ、お任せを」

「救世主様自らのご依頼だ。みんな、気合入れて磨くぞーっ」

「「「おーっ」」」」

 倉庫番同好会のメンバーは嬉々として金属部分のさび落としに取り組む。ヘルメットが重すぎるので魔法道具同好会の部室には持ち帰らずにこの場で修理作業を進めることになった。

「じゃあ、ボクは進捗状況を美宮みるく先輩に報告してくるね」

「うん、お願い。わたしは鍛冶屋さんのガラス工房に注文してくるね」

 こうして潜水に向けての準備が始まった。

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