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第75話 水底よりきたるもの

「だからダメだって。めておけよ」

「そうだよ。おまえ、調子戻ってないんだからしばらくは水に入るなって」

「部長からOKが出るまで水泳禁止だって言われてるだろ?」

 何だろう、と振り返る。数人の男子が一人の男子部員を抑えてプールに向かうのを止めているようだ。

「彼女が呼んでるんだ。聞こえるだろう?行かなきゃ……」

「呼んでるって、おまえ……」

「ダメだ。声に意識を向けるな」

「あ……」

 必死に止めていた数人の男子部員の手が止まる。その目は中空を見ていて別の何かに気を取られているようだ。

 包囲網が緩んだ隙を突いて、すらりとした体格の男子部員が駆け出す。

「宗形君!」

 瓜連さんの叫び声に男子部員たちがはっと正気を取り戻す。けれど、宗形と呼ばれた男子部員は瓜連さんの呼びかけにも気づかずにプールへと駆け寄り、そのまま飛び込んでしまった。

 プールサイドに一番近かった瓜連さんが最初に動いた。すぐさま自分も飛び込んで宗形君を追う。

 急な展開に理解が追い付かない。ボクはただアワアワとプールサイドから離れてく二人の軌跡を見つめるばかりだ。

 そのとき、ふいに宗形君の進む前方に泡が湧きだした。

 あそこに何があるのか。宗形君は何を目指しているのか。

 水中の異変には瓜連さんのほうが先に気づいていた様子だった。宗形君を追っていたはずの軌道がいつの間にか泡の湧く地点を目指すものに変わっている。このままだと瓜連さんのほうが先にたどり着く。

「いったい何が……」

 ヨギがつぶやくのとほぼ同時に、泡の湧く水面が盛り上がり水中から何者かが顔を現す。

 頭部の左右に飛び出す巨大な目。深緑とも紺色ともつかない濁った青色のかおに鼻腔だけが空いた鼻。薄く耳元まで続く口唇。耳たぶと思われた位置にあるのは先端に刺爪の付いたヒレだった。

 どこを見ているかわからない目をしているが、別々の方向から近づく宗形君と瓜連さんの両方を視界にとらえていることはわかる。

「行かせないわ!」

 瓜連さんの叫びが、一瞬宗形君のほうに動くように思えた異形のものの注意を引いた。

 静止していたのは一瞬。すぐに瓜連さんのほうへ泳ぎだす。速い。

 瓜連さんもバタフライ泳法に切り替えて加速する。

「魚?いや、半魚人マーマンか!」

「ギィィィィ」

 奇声を上げて瓜連さんに飛び掛かるそれは、水かきの発達した腕を振り上げ鋭い刺爪を叩きつける。

「グゥゥゥ」

「瓜連さんっ」

 彼女は寸前のところで水中に潜って直撃を躱す。同時に半魚人の胴体を蹴り飛ばしたようで、少し離れた位置に顔を出す。

「水球部舐めんなぁッ」

 一人と一体は水中でもつれ合うように格闘戦を演じている。

 正直、敵のテリトリーであるはずの水中でヒトがこれほど戦えるとは思ってもみなかった。半魚人が武器を持っていないのが幸いしているようだ。だけどこちらも攻撃手段がない。このまま長期戦になれば、水中で呼吸できない人間のほうが圧倒的に不利だ。

 何か手はないかと辺りを見回して、瓜連さんが置いて行ったボールが目に留まる。ボールがあれば敵から離れて牽制できるかも。

「瓜連さん、パスいくよっ!」

 大声でアピールする。

「こっち、お願いっ」

 彼女がボクの声に気づいて指示を出す。気が付けば彼女は宗形君から離れるように半魚人を誘導していた。

「うりゃぁっ」

 彼女の指す場所に向けて思いっきりボールを投げる。

 届くかどうか微妙な距離だ。コントロールよりも勢いを重視して全力で投げる。

 あぁ、しまった、飛びすぎた。

 方向は良かったけど距離が合わないよ。これじゃ瓜連さんの頭上を飛び越えてしまって彼女にボールを届けることができないじゃないか。

「ナイスパスっ!」

 失敗したと焦るボクの目の前で、瓜連さんの体が水面からぐぐっと伸び上がり、おへその高さまで持ち上がる。

 高く伸ばした右手が吸い付くようにボールを掴む。

 水上高く伸びた腕から、高さを勢いに変えた一撃が魔物に向かって放たれる。

「うりゃッ」

 ガコッ。

「ギャッ」

 およそボールから出るとは思えない鈍い音が響き、半魚人の頭部からダメージエフェクトが飛び散る。魔物の左目が完全に潰れている。

 そういえば、ボールを投げるときに革製の表面の奥は硬い感触がした。瓜連さんは手作りのボールだって言っていたから、きっと中身は中空にはなっていなくて、木の玉か何かを芯にしているのだろう。形勢逆転だ。

 攻撃手段を手に入れた瓜連さんが果敢に魔物に挑んでいく。

 一方丘の上はというと、男子水泳部の連中は、正気を失ってプールに飛び込もうとする部員をかろうじて意識を残している部員が懸命に抑えるだけで手一杯の様子。とても加勢できそうにない。

 そしてヨギは……

「行かなきゃ……行かなきゃ……」

 こっちも正気を失ってふらふらと水辺へ歩いてこうとするのを、ボクが制服の襟首を掴んで留めている状態だ。

「泳げないのにプールに入ってどうするっていうの」

 ボクの脳裏にもさっきから誘惑する謎の歌声が響いている。

 うるさくて集中が乱されるけれど、前後不覚になるような影響は出ていない。

「宗形君も正気を失っているし、決着を急がないとね」

 今ここで動けるのはボクだけってことだ。

 武器は……。

 ステータス画面を確認して使えそうな武器を探る。

 半魚人の鱗がどのくらい硬いかはわからないけど、やっぱり投げナイフじゃ役に立ちそうにないよね。水中戦で大型ナイフなどの近接武器を使うすべは会得していない。そうなるとやっぱりスリングってことになるけれど。

「この距離じゃ、瓜連さんに当たっちゃうかも」

 いつもの通路での戦いと違い、命中するにしろ外れるにしろ、弾の回収は無理だろうな。その意味でも無駄弾は撃てない。

「離れてるのがダメなら近づけばいいじゃない、っと」

「ぐえっ」

 ヨギの襟を思いっきり後ろに引いて放り投げる。正気を失っていて受け身を取らなかったヨギは目を回して倒れた。

「そのまま大人しくしとってよー」

 スリングを出してゆっくり回転。助走をつけてプールに向かって駆け出す。

「んじゃ、いくよー。『反発リップ』!」

 プールの縁を超える瞬間に浮遊術式を起動する。そのままバランスを取って水面を滑って格闘が続いている現場に近づく。

 瓜連さんがボクの意図に気づいてアイコンタクトを送る。

「来やがれ、魚野郎ッ」

 ボールをわざと外して魔物の右手の水面に投げつけ、自分は隙を見せるように背中を向けて泳ぎだす。魔物は無防備な背中に襲い掛かろうと水中から体を露出させた。

「もらったぁッ」

 半魚人の潰れた左目のほうから真っすぐ滑って近づいたボクは、移動の運動エネルギーも込みで鉄球を放つ。

 グチャ。

 命中。鉄球は魔物の左目の眼窩をえぐり頭部を貫通して破壊した。

「ヒュグッ」

 悲鳴とも痙攣ともつかない断末魔を残し、魔物が光のパーティクルとなって飛散する。

「よし!」

 と水上を滑りながらガッツポーズを決めた。

 けど、このあとどうやって止まればいいの、これぇーー。

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