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第74話 競泳プール

「そういえば、ヨギとダンジョンに来るのは初めてだね」

「そうだな」

 思えばいろいろと情報を教えてもらったり旧校舎を探検したり付き合いは深いよね。なのに、ヒコとは朝練なんかでしょっちゅう一緒になるけどヨギとは来たことがなかった。

 何かダンジョンを避ける理由があるのかな?

「ウチの学園て全員部活参加だよね?ヨギはよく帰宅部って言っているけど、本当にそういう部活があるってこと?」

「ああ、まあな。正式な部活名としてあるわけじゃないけどな。入っている部活に休部届を出すと元の部活の管轄から外れるんだよ。そういう連中は帰宅部っていう分類に移されて生徒会の管轄になるんだってさ。まあ、たぶん正式名称じゃないんだろうけど、辞めたオレらにとっちゃ名称なんてどうでもいいしな」

「もとは何部に入ってたの?」

「オレは……って、なんだよコウタ。ずいぶん喰いつくじゃないか。オレのこと、興味あんの?」

 にやりと笑うヨギ。誘導していろいろと聞き出そうと思ったけど、バレたか。

「いやまあ、そういうわけでもあるけど、なんかヨギってダンジョンに来ないくせにいろいろと詳しいから。なんか興味湧くじゃん?前は何してたのかなーってさ」

「んふー。別に秘密ってわけじゃないんだけど、興味があるっていうなら何か対価がないとなあ」

「七不思議調査に付き合ってあげてるんだから十分だと思うけど?」

「ダメダメ、七不思議はおまえも興味あるんだろ?これは一蓮托生」

「えー、じゃあめようかなぁ。確かに七不思議は興味なくもないけど、水泳部の調停の話はボク関係ないし」

「あー、コウタくん、途中で投げ出すのは良くないよ。分かった、分かりました。この件が片付いたら教えるよ」

「そこまで知りたいわけじゃないけど……」

「そんなぁ。ここまで来て抜けるなんて言わないでくれよー」

 目をうるうるさせて懇願するヨギ。仕方ないなあ、友達の頼みだし乗り掛かった舟だし。

「お、珍しい取り合わせだな」

 ちょうど闘技場エリアの前を通りかかったときに剣術部の遠征チームとすれ違いになった。物々しいフル装備の部隊の中から、一人ヒコが列を離れてこちらに声を掛けてくる。

「ヒコこそ、珍しい恰好してるじゃん。何かあったの?」

 剣術部の遠征は何度か見たことがあるけれど、今回は全員が大小さまざまな盾と頭防具まで装着しており、ちょっと中世の軍隊っぽい。鉄のびょうで補強された防具類がいかつい。ヒコも頭部をすっぽりと覆うタイプの革の兜をかぶっており、近くに来るまで誰か分からなかった。

「第四階層で未確認の魔物モンスターが現れてな。単独で討伐に向かった先輩方が何チームかやられた。剣術部で大規模な掃討部隊を派遣することになったんで、俺も参加することにしたんだ」

「あの噂、本当だったのか。まあ、これだけの戦力なら問題ないと思うけど、気を付けてな」

「ああ、土産話を持ってくるさ。じゃあな」

 ヒコは部隊の進行に遅れないようにと駆け足で去っていった。

「オレらも行こうぜ」

「うん」

 なんか、あんな出征シーンみたいなのを見ちゃうと、ちょっと不吉な感じがするよね。まあ、ダンジョンの中では命に危険は及ばないんだけど。


 競泳プールと呼ばれるエリアに来た。全体に四角い広場になっていて、闘技場エリアと同様に天井が高い。床の三分の二ほどの面積が四角く切り取られていて水が張られている。手前の石床部分は壁の魔石ランプの光が届いて十分に明るいが、プールの向こう岸には照明が設置されていないらしく、薄暗い。

「誰もいないね。今日は部活、休みなのかな」

「毎日誰かしらは泳いでいるはずなんだけどな。奥に部室があるからそっちかも」

 ひと気がないのをいいことに、勝手にプールに近づいて手を入れてみる。

 ひんやりとした感触。でも冷たいっていうほどじゃない。

「冷たくはないんだね」

「その水、ダンジョン産だから浸かっても服は濡れないんだぜ。飛び込んでみるか?」

 ヨギがいたずらっ子のような顔でそそのかす。

「叱られそうだからやめとく」

「何だよ、意気地がねぇなあ」

「じゃあ、ヨギがやって見せてよ」

「いや、オレは金づちだからやめとく」

 何だよそれ。でもまあ、底が見えないプールに泳げない人が飛び込むなんて自殺行為だね、いくら死なないって言っても。

 プールの七不思議を調査するという本来の目的を思い出して水面を覗き込む。

 透き通った奇麗な水。

 波紋の一つもない鏡のような水面。

 どこまでも透明なのに、光が届かないせいで見えない水底。

 じっと見ているとなんだか魂が取り込まれそうだ。

 心なしか、耳の奥に歌声が聞こえてくる気がする。どこかで聞いたような声音だ。

「あんたたち、何してんの?」

「わっ」

 いつの間にか背後に来ていた女子に咎められてびっくりした拍子に覗き込んでいたプールに落ちそうになり、慌てた反動で後ろに尻餅をついた。

瓜連うりつらさん、驚かさないでよ」

「過足くん。部外者のあなたたちが何しに来たの?」

 競泳水着を着た女子に上から下までじろじろと見られる。こちらは見返すわけにもいかず、あははと愛想笑いをしつつ天上とか壁とか明後日のほうを見る。服を着たままプールサイドに立って水着の人と話をするのって、服を着ているほうが場違いな気がしてとっても気まずいよね。それにしてもなんでボールを持っているんだろう?

 こちらを咎めてきた女子は瓜連うりつら友俐ゆうりさん。同じクラスの水泳部の人だ。教室では割と無口な印象で、面識はあるけど会話をしたことはない。ヨギのほうは知り合いらしい。

「例の七不思議の件で調査にきたんだよ」

「七不思議……って、ああ、私が悪戯したって因縁いんねん吹っ掛けられてるやつね」

「瓜連さんが?」

「ええ、歌声が私の声に似てるって男子部員が言い出して。そんなことするわけないじゃない……私が宗形君に迷惑かけるようなことなんて……」

 どこか厭世的な表情で吐き捨てる。言葉は尻すぼみになって後半は聞き取れなかった。

「なるほど、これは新情報だな。女子部員の悪戯だって言い出したやつがいたって聞いたけど、それが個人攻撃になってたわけか。そりゃ、話がこじれるわけだ」

「わかったら行ってくれない?私、今から練習するから」

「一人で?」

 水泳は個人競技だから一人でも練習できる。だけど一人だと万が一のときに危険だから普通は複数の部員で活動するはずだ。たとえダンジョン内では事故がノーカウントだと言っても、基本ルールは曲げないものだと思ったんだけど。

「一人だからよ。競泳じゃなくて水球のほうの練習をするの」

 そういって小脇に抱えていた革製のボールを片手で持ち上げる。

「水球?」

 ますますわからない。水球ならなおさら一人では練習できないのでは?

 ボクの疑問顔に瓜連さんは律義に説明をしてくれる。

「私、中学では水球をやっていたの。この学園には水球部がないから水泳部に入ってるけど、コースが空いているときは一人で水球の練習をさせてもらってるのよ」

 来年でも再来年でも、いずれメンバーがそろったら水球部を立ち上げたいらしい。そのために技が鈍らないように自主練をしているそうだ。瓜連さんが普段無口な印象があるのは、こういう孤独を噛みしめるような背景があるからかも。

「水球のゴールは百万円以上するし、ダンジョンの中じゃボールも手作りになるからちょっと現実的じゃないんだけどね」

 はっ、とため息のような吐息をついて、瓜連さんが背を向ける。

 なんか悪いことを聞いちゃったかなと申し訳ない気持ちになる。かける言葉もなく背中を見送った。

 そのとき背後からざわつく声が聞こえた。

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