第69話 スケッチブック
武器はあまり増えていないな。その代わりガラス製品がたくさん置かれている。なんだか鍛冶屋さんというよりアンティークショップみたい。
前に来たときは理科室にあるようなフラスコやビーカーみたいなシンプルな器具類がほとんどだったのに、ずいぶんと凝ったデザインのグラスや花瓶のようなものが増えている。色付きガラスの製品もちらほらと見える。実用性より芸術性に振った品揃えだ。
「そのうち、ガラスの工芸品に乗っ取られちゃいそう」
「心配無用よ」
「わっ、びっくりしたー」
独り言のつもりだったのに、いつの間にか背後に人がいた。瑠璃瓦先輩だ。
「大袈裟ねぇ。独りきりってわけじゃなかったでしょうに」
え?お店のほうにはボク一人だったと思ってたけど……。
「その顔は詩織ちゃんに気付いて無かったな、きみ」
瑠璃瓦先輩の示すほうを見ると、カウンターの隅っこに眼鏡の女子生徒が座っていた。気配がまったくしなかったので、今の今までそこに誰か居るなんて気付かなかったよ。
「この子、絵に集中すると背景に溶け込むっていうか気配が一切しなくなるのよね。あなた、コウタくんのことスケッチしてたでしょ?」
女子生徒は恥ずかしいのか申し訳ないのか、スケッチブックで口元を隠し目を泳がせている。
「ダメでしょう、詩織ちゃん。人を描くときはちゃんと本人の許可をもらいなさいって言ってあるでしょう」
瑠璃瓦先輩はそういいながら女子生徒に近づき、どれどれとばかりにスケッチブックを取り上げる。
「あら、良く描けているじゃない。コウタくん、きみも見てごらんなさい」
「ちょ……まだ途中……恥ずかしい……」
「あのー、嫌がっているみたいですけど」
「いいのよ。勝手に人をモデルにしたペナルティだと思いなさい」
そういって差し出されたスケッチブックを受け取る。
なんだか申し訳ないな、と思いつつ画用紙をめくると横顔のボクの絵が現れた。ほんのちょっとの時間だったと思うけれど良く描けている。
でも高校生男子を描いたにしてはちょっと幼すぎない?
まあ、文句を言ったところで返り討ちに会うだけなので言わないけど。
ラフな線で描かれた横顔は、どこかつまらなさそうというか寂し気な空気が表現されている。その頼りなげな雰囲気がより子供っぽく見せるのだろう。
あーあ、もっと男らしくカッコイイ感じになりたいのに。
自分の嫌な顔を見ていられなくて、画用紙をめくってほかの絵も見せてもらう。
彼女の絵は少ない線で写実的な特徴を良く捉えている。そのうえで物体の躍動感というか、そこに物があるという存在感を伝えてくる迫力のようなものがある。
好きだな。こういう絵。
モチーフはダンジョンの中の景色ばかりだった。階段部屋の泉。闘技場。競泳プール。パルクール部が飛び跳ねているトラップエリア。ボクが見たことのない景色は第四階層の風景だろうか。
そんなスケッチの中の一枚だった。
圧倒的な質量で立ちはだかる岩壁。
そこに刻まれた魔物たちの肖像。
それは地獄門を想起させる異質感と物語性を訴えかけてくる。
鉛筆だけでここまで表現する彼女の技巧が凄いこともあるけれど、モチーフとなった摩崖の門が持つ迫力が凄いんだろうな。
見てみたい。この目で、本物を。
「それね。コウタくんはまだ見たことないか。第四階層の奥にある岩壁の門よ。といっても、本当の門ではなくて崖に彫られた彫刻なんだけどね」
「あるんですね。第四階層の奥に」
「ええ。さすがにソロでは難しいと思うけれど、四人パーティを組めば行ける範囲よ。誰でも一度は見に行こうってなる場所ね。まあ、一度見たら十分って感じで今は人気はないけど」
「人気、ないんですか」
「ええ。ちょっと遠いし、そこに行く手前にいるスライムが面倒でね。わたしもさんざん苦労させられたなー。物理無効の魔法無効って何なのよ、チートなの、って感じだったよ。詩織ちゃんはどうやって行ったの?」
「ソロで行って……敵に見つからないようにうろうろしてたらいつの間にか着いてました」
「それはラッキーだったね。でも帰りが大変だったんじゃない?そんな深部に一人で迷い込んだんでしょ?」
「スケッチしてたらいつの間にか死んでて地上に戻ってました。スケッチブックはあとで剣術部の人が拾って届けてくれたので……」
「そ、そう。殺されたのに気づかないほど集中してたんだ。筋金入りね、あなた」
「だからそのスケッチブックは大切なの。返して……ください」
「あー、すみません。見せていただいてありがとうございました」
「……ありがと」
「詩織ちゃんは絵の腕前は美術部の中でもピカイチだからね。それ以外はポンコツだけど」
「……ポンコツ」
「ガラス作りのお手伝いに美術部から来てもらったんだけど、戦力にならないから店番してもらってるの」
「……戦力外通告。しくしく」
「あの、先輩の絵は素晴らしいと思います。感動しました。本物が見たくなりました」
伏し目がちに照れた笑顔を返してくれる。
「わたしも絵の実力では一目置いているのよ。詩織ちゃん、コウタくんの絵が完成したらわたしに売ってちょうだい」
「ええーっ」
「あら、コウタくんはわたしのヒーローだって言ったでしょ。推しの似姿は誰だって手元に置いておきたいものよ?」
うーん、なんかヘンな人多くない?この学園。




