第66話 お買い物(2)
映写機改め魔法陣焼き付け装置の完成には、あと一つ重要な要素が必要である。そうひよりが言った。
「あとひとつ?」
「そう」
「外側とか?」
テーブルに乗っている試作一号機は、スライドするレールの上にいろんなパーツがむき出しで取り付けられているだけの文字通りのバラック品だ。
「違うよー。試作品はこういうものなの。ケースはちゃんと鍛冶屋さんに注文してるもん」
そんなにぷんすか怒らなくても。このなぞなぞはボクにはレベルが高すぎるよ。
「降参、降参。答えを教えてよ」
「物に図柄を焼き付けるための転写シートだよ」
「このまえ、倉庫番同好会の箱に使ったようなやつ?」
「そ。あれは後ろから台紙を擦ることで転写するシートだったけど、わたしが欲しいのは透明な台紙の転写シートなんだー」
「透明なカーボン紙ってことか。そんなのあるの?」
「わかんない」
ずこーっ。自信満々に言うからてっきり当てがあるのかと思ったら、ないんかい。
「でも無かったら作るよ」
そうでした。そういう人でした。やっぱり発明っていうのはこういう考え方をする人じゃないとできないんだろうな、と妙に納得しました。
というわけで、商会で透明な台紙の転写シートがないか聞きに行くことになった。もし無かったら今扱っている転写シートの製造元を教えてもらって、そこに相談しようという話である。
「なるほどね。あの黒いカーボンみたいなやつが魔法素材なんだ」
「うん。闇系統の属性を持つ素材で、魔力を供給すると物質を消し去る効果があるんだって。反物質ってわかる?」
「えーと、物質とぶつかるとお互いに消えて無になるやつ?」
ボクが持っている原子とか量子論とかの知識って中二病的なものに限られる。あまり難しい話にはついていけないからお手柔らかにお願いします。
「そう、その反物質。それと同じ感じで闇属性の粒子が接触している物質を消してしまうんだよ。だから物の表面を彫るような感じで転写した模様が刻み込まれるの」
「このまえ倉庫番同好会の箱でやっていた定着っていう作業はそういうことだったんだね」
「この塗料で刻み込んだ模様は魔力が流れやすい性質を持つから魔法陣を刻むにはピッタリなんだよね」
「日光写真みたいだね」
「表面を侵食するからエッチング版画のほうが近いかな」
ひよりのアイデアは、魔法陣を刻みたい物の表面に闇属性素材を張り付けておいて、そこに光の模様を照射することで模様の形に表面を侵食するように刻み込むということらしい。台紙が透明なシートであれば、物の上から貼って終わった後に剥がせばいいだけだ。
発明品のレクチャーを受けるうちに、アリバス商会に到着した。
「こんにちわー」
「いらっしゃいませ。あら、魔法道具同好会様、ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか」
この前のお姉さんが今日もカウンターに入っていた。営業スマイルが心なしか親しみを持ったものに感じられる。ひよりはさっそく本題に入って探している物を詳しく説明した。
「透明な台紙の転写シートですか。残念ですが、当店では取り扱いがありませんね」
お姉さんが斜め上を見ながら頬に人差し指を当てて考え込みながら申し訳なさそうに答えた。
「それじゃあ、転写シートを製造している方を教えてもらえませんか?」
「錬金術部の方になりますが、作ってもらうとすると特注品になりますからかなり高価になると思いますよ?」
「ですよね……」
「そうだ、こうしませんか?実は私ども商会で少し困っていることがありまして、あなた方の協力がいただけるなら、特注品の転写シートの手配は私どものほうで引き受けましょう」
ぽっと出の見知らぬ一年生から注文されるより、いつもお世話になっている商会からの発注のほうが特注品の製造もスムーズに進むってことみたい。確かにいい話だけど。
「その、困りごとって何ですか?あまり難しいことは無理ですし……」
「実は倉庫の管理を委託していた同好会の方が、最近契約を打ち切ると言い出しまして。魔法道具同好会様も知らぬ仲ではないと伺っております。何とか商会の倉庫業務に復帰してくれるようお口添えいただけないでしょうか」
ぎく。それってボクらのせいかも。
ひよりと目を合わせる。
「最近、重量のある砂袋や壊れ物のガラス製品の取り扱いが急激に増えておりまして。当商会としても倉庫業務の戦力低下が流通全体へ及ぼす影響も無視できなくなってきているのです。」
そっちもボクらのせいかもー。
「そそそ、それは大変ですね。何か協力できることがあれば……」
「そうですか!ご協力感謝します!!」
カウンターのお姉さんは満面の笑みでひよりの手を取って上下に振り感謝の意を表明している。
うーん、してやられたかも。でもまあ、特注の転写シートが必要なことも確かだし、ウチとしてもそんな話ではないか。




