第65話 映写機の完成
「うん、いい感じ。ちゃんと細かいところまで判別できるよ」
「さすが、ひよりだね。映写機を手作りしちゃうなんてすごいな」
「まだまだ改良しないとダメだけどね」
ひよりが壁のランプに被せた布を取ると、さっきまで割とはっきりスクリーンに映っていた模様が薄れて判別しづらくなる。映したい模様のほうを光らせているわけだから当然だけど、これをペンでなぞるのはちょっと難しい。
「光量に課題があったけど、アカデミーからもらった光の魔結晶を使えばそれも解決だし」
「でもさ……」
「ん-、なに?」
ひよりが映写機の光源に使っている小振りの魔石を操作して光を消す。
この魔石は部屋や廊下のランプに使われているような一般的な光の魔石だ。消費エストも少なく長時間点灯して熱も持たない。照明としては優秀だけど、攻撃に使うようなマジックアイテムではなくていわゆる生活魔法の部類になる。
「映写機って、魔法道具なのかな?」
ずっと気になってたんだよね。ダンジョン内にはないから手作りしちゃおうっていうところはすごいけど、これって果たして魔法道具同好会の活動範疇なのだろうか。ただのひよりの趣味では?
「むー。光源にマジックアイテムを使っているから魔法道具でいいんだよぅ」
作業の手を止めずに会話を続けるひよりが、ぷくっと頬を膨らます。
まあ、それはそうだけど。
でも効果が普通の映写機と同じなのに魔法道具って言っていいのかな?
いや、こだわっているわけじゃないんだよ?
でもなんかモヤモヤするっていうか、突っ込まずにはいられないっていうか。
「そんな凄そうなアイテム、映写機に使っちゃっていいの?」
アカデミーからもらった光の魔結晶は完全に戦闘用のマジックアイテムだった。三百六十度全方位を照らす明かり用の魔石と違って、光に指向性があり魔結晶の一つの面から光の線がレーザーのように伸びる。さらに出力を上げていくと、光の攻撃魔法『光の槍』を超える破壊力を発揮する代物だそうだ。
本来は魔術師の杖の先端に付けて魔物を攻撃する用途で錬成されたものらしい。確かに、真っ白な髭をたくわえた老魔術師が真っ直ぐに掲げた杖の先端から光を迸らせてアンデッド系の魔物を一網打尽にするシーンが似合いそうなアイテムだよ、これ。
「別にそんなにすごい敵と戦ったりしないし、魔法道具作りだって立派な用途だよ?それともコウくん、これ使いたい?」
ひよりが小振りの魔石を外して光の魔結晶を光源の位置に仮止めしようとしている手を止めて、しょんぼりした顔でボクを振り返る。
「ごめんごめん、そういう意味じゃないんだ。それは魔法道具同好会の財産だからひよりが好きに使っていいんだよ。それにひよりが言うように、光魔法を使わないと勝てないようなすごい敵なんていないんだし」
ボクは慌てて前言を撤回する。
いけないな、つい貧乏性が出てしまった。ゲームでも超強力なアイテムはもったいなくて取っておいて、結局使わずにクリアしてしまうんだよね。光の魔結晶は使っても減るものじゃないんだから、使い道があるなら積極的に使わないと。反省。
「位置はこんなものかな?じゃあ、点けるよー」
「いいよー」
ひよりが真剣な眼差しで魔結晶にエストを注入する。
もともとが攻撃用の魔法だからできるだけ出力を絞る必要がある。なかなかに難しいようだ。
光の魔結晶からは直視できないくらいの光線が出力される。けれど、スライドガラスの模様を通り過ぎる光の量はかなり絞られるから、スクリーンに映し出される映像は目を傷めるほどではない。スクリーンのそばに控えたボクは、部屋の照明の下でもちゃんと見えるくらい明るく映し出された魔法陣の紋様を確認する。光源に指向性があるためか、先ほどより線がくっきり見える。
「オーケー、ちゃんと魔法陣が見えるよ。さっきよりはっきり映ってる。あれ?」
ふわり、と風もないのにスクリーンの布が壁から数センチ浮き上がる。
「どうしたの、コウくん?」
「ひより、いま映してる模様って、もしかして空中浮遊の魔法陣?」
「そうだよ。浮遊術式の量産がこのプロジェクター製作の目的だからね」
「……魔法陣が起動しているみたい」
「へ?」
ひよりが駆け寄ってきてスクリーンの裏を覗き込む。手を差し込んで壁沿いに探っても何もない。
何もないのに壁から浮いているってことは……ぎゃー、お化けー。じゃなくて魔法だよね。
「あ」
映写機の光が消えた。チャージしてあったエストが尽きて、光魔法が止まったようだ。燃費に問題がありそうだね。
映し出された魔法陣が消えると同時に、スクリーンは支えを失ったように壁面に戻る。
「す、すごいじゃん、ひより。魔法陣を投影して起動できる道具を発明するなんて」
先ほどは大変失礼なことを申しました、ひより様。こんなすごいマジックアイテムを作り上げるなんて、まさに魔法道具同好会の部長だよ、ひよりは。
だけど当人は思案顔である。
「うーん、これじゃ魔法陣をなぞって描くってできないよね。困ったな」
あれ?当人的には失敗作?
「でもすごいよね、これって。どういう原理なのかな……」
「そうねぇ……」
光の魔結晶にエストをチャージし直して再度映写機を起動する。先ほどと同様、魔法陣が映し出されたスクリーンが壁から浮かび上がる。
ひよりが手をかざして魔法陣の一部を遮ると、スクリーンが力を失ったように元の位置に戻る。手を引っ込めるとまたスクリーンが浮かび上がる。
「この光で魔法陣が描かれると、エストを注入しなくても魔法が起動するみたいね。魔法陣の映像が崩れると魔法の効果が無くなる……とすると、魔法に使われるエストはどこから……」
没入モードのひよりが顎に手を当てて考え込む。
「光魔法はもっともエストの本質に近い魔法。ということは光魔法のエストそのものを使って魔法陣が起動している?光がエストの役割を果たすなら、カーボン紙の定着に使うエストも代用可能……なら、カーボン紙に光魔法を当てたら……カーボンが台紙を腐食するほうにエストが消費されて……。うん、イケるかも!」
ばっ、とひよりが振り返ってボクの両手をとる。
「すごいよ、コウくん、大発明だよ!」
「う、うん、そうだね。ひよりってやっぱりすごいよ」
「違うよ、コウくん。わたしたち二人の発明だよ。コウくんが居なかったら、コウくんのアイデアが無かったら、これは作れなかったよ」
「そ、そうかな。そうだね」
ボクがどんなアイデアを提供したのかイマイチぴんと来ないけど、何かがひよりのインスピレーションを刺激したのなら役に立てたってことだよね。よかった。
「容れ物の完成がまだだけど、名前を付けようよ」
「そうだね、なんて付けようか」
「シンプルに機能が分かる名前でいいんじゃない?」
「じゃあ……」
ちょっと考えてひよりと同時に発声する。
「魔法陣照射装置」
「魔法陣焼き付け装置」
「「えっ?」」
「離れたところに魔法陣を投影して起動する装置じゃないの?」
「魔法陣を焼き付ける装置だよう。浮遊術式の量産が目的って言ったじゃん」
「いや、でも遠隔で魔法陣を起動できるんだから戦術的には相当幅広く応用できるよ?」
「それだと戦闘用途のアイテムになっちゃうじゃん。魔工部のテリトリーだよ、それは」
「そうなの?」
「魔法道具は普段の生活を便利にするものなのー」
「そ、そう」
ひより的にはそこにこだわりがあるのね。魔法道具同好会の部員なのに細かい違いが分かってなくてゴメンナサイ。
「魔法陣をいろんなものに簡単に焼き付けられるんだよ?これがあれば、いろんなものに魔法の機能を付与できるんだから。魔法道具の開発がバクハツ的に簡単になるよ。例えば、加熱の魔法陣を器の底に刻印してスープが冷めないようにするとか。あ、加熱の魔法陣に反転術式を組み合わせていつでも冷え冷えの飲み物が飲めるコップを作るのもいいな。でも魔法陣を重ねて刻印するのはこの方法じゃ無理か。だったら、一層目を刻印したあとにコーティングを施して……。レンズで拡大できるってことは、逆に小さくして狭いところに魔法陣を刻むこともできるよね。ペン軸に何層も魔法陣を刻んでいろんな色が描けるペンとか……」
「あのー、ひよりさん?戻ってきてー」
こりゃあ、門限破りが直らないわけだ。ボクがしっかり面倒を見ないとね。




