第64話 真っ黒くろすけの魔法
優冥先輩はボクたちに椅子を勧めると、部屋の奥の戸棚を開けて二人分のティーセットと布をかぶせたティーポットを取り出した。
「ダンジョンで採れた薬草を使ったハーブティだよ。頭がスッキリしてリラックスするんだー」
ひよりは何度かお邪魔しているらしく、女主人に代わってアピールしてくれる。
「いただきます」
「さて、どのような要件じゃな?」
「はい。いま映写機を作っているんですけど、絵を描くスライドガラスの製作に行き詰まってるんです」
ひよりは説明しながらサンプルのスライドガラスをテーブルの真ん中に並べていく。
「こんなふうに黒い塗膜を罫書いて絵とか文字とかを描きたいんですけど、ガラス全体を黒く塗る方法が見つからなくて。ロウソクで煤を着ける方法を試したんですけど、手作業だとうまくできないんです」
「なるほどのう。それで何かいい呪いがないかと訪ねてきたわけじゃな」
「はい。でも、そんな都合のいいお呪いなんて……」
「あるぞ」
あるんかーい。
「むしろ得意分野じゃよ。なんでも煤だらけにするお呪いじゃ。これをかけると、お鍋も窓も煙突も、ぜーんぶ真っ黒くろすけになるという、嫌がらせにはもってこいの呪いじゃな」
確かに、嫌がらせにはもってこいかも。直接的なダメージは与えないし、物も壊さない。けれどきれいにするには相当手間がかかるという点で。
小指をぶつけるお呪いといい、そういうのばかり得意って、ここはやっぱりお呪い同好会じゃなくて呪い同好会なんじゃ……。でもそれを言ってはいけない気がする。確実に逆鱗に触れるだろう。ごくり、と喉から出ようとする言葉を飲み込む。
「こういう生活に密着した便利魔法は呪いの得意とするところじゃ。煤だらけにする魔法に反転術式を組み合わせることで、面倒なお鍋の煤落としや煙突掃除も一瞬でピカピカにできるのじゃ」
どうだ、すごいだろう、と胸を張る優冥先輩。そういうことね。確かに現実世界にあったら超便利だ。失礼なことを考えてスンマセンでしたぁ。心の中で全力土下座をする。
「無礼な魔術部の輩の瓶底眼鏡を真っ黒にしてやったときは大いに溜飲を下げたがな。かっかっかっ」
……やっぱりそういう使い方が主なのね。逆らわないようにしよう。
「それで、このスライドガラスに煤を着けることはできますか?」
「簡単も簡単。お茶の子さいさいじゃ。どれ、ちょっと貸してみよ」
ひよりが数枚のガラス板をトレーに並べて差し出す。
優冥先輩がケープコートの下から杖を取り出してトレイにかざす。
「ニーグラ、ニーグラ、フリジネプレーナ」
黒い闇のような霧がトレイを覆う。霧が晴れたあとには表面が滑らかな艶消しの黒に塗りつぶされたスライドガラスが残されていた。
「すごい……」
思わずつぶやいてしまう。それは見事に真っ黒でムラがない。手作業ではどんなに頑張ってもこの品質は出せないだろう。さすが魔法、まさに魔法だよ。
「すごい、すごい。完璧です、ゆーちゃん先輩っ!」
ひよりも手を打って喜んでいる。さっそく鉄筆で魔法陣を描いていく。
「思ったとおり、これなら精密な魔法陣が描けます。でもこのままだと手が煤だらけになっちゃいますね。描いた後、定着剤をかける必要があるか……それなら在庫があったかも……」
「どうやら解決したようじゃな」
「あのー、お礼はどうすればいいですか?」
いきなりお金の話をするのは気が引けたけど、ひよりは自分の世界に入ってしまったし、後でうやむやになってしまうよりきちんと片を付けておきたい。お隣さんだし、今後もお願いすることになると思うからね。
「ふむ。この程度だとたいしたエスト消費にもならんから初回サービスでも良いが……そうじゃな、お主、何か変わった素材は持っておらぬか?」
「素材、ですか。うーん、たいしたものはないんですけど」
そういってストレージから使い道のないものを取り出す。一部はひよりに渡して部の棚にしまってあるけど、ひよりから「コウくんが持ってなよ」といって戻されたものもある。
「コボルトの犬歯と、あとは貝殻みたいなプレートくらいしかないんですけど……」
「ほほう、貝殻とは珍しいのぅ」
「そうなんですか?」
「ここには海はないじゃろ?貝殻を持つ魔物も生息しておらぬし、滅多に手に入るものではないぞ。ふーむ。今回の呪いの報酬としてはいささか高すぎるが、ちと惜しいな。どうじゃ、お主、今後の呪いは当面タダにしてやるから、この貝殻をわらわに譲らぬか?」
「え、いいんですか?ひよりも使い道が思いつかないって言っていたから、魔法道具同好会としては余りものなので願ってもない話ですが……」
「ひーちゃんも要らないというのなら問題あるまい。よし、商談成立じゃな」
「ありがとうございます。助かります」
「なに、お隣さん同士助け合いの精神じゃて。わらわとてなかなかダンジョンの深いところへは赴くことは難しい。お主が何か面白いものを拾ってきてくれたら、わらわも助かる」
「わかりました。ひよりが要らないものであれば、優冥先輩に融通しますよ」
「うむ。楽しみにしておるぞ」
こうして、スライドガラス製作の目途は着いた。いよいよ映写機の完成だね、ひより。




