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第63話 スライドを作ろう

 部室に入るとテーブルの上が片づけられていて、タイルのような板の上にロウソクが立てられていた。

「コウくん、遅い。もう始めちゃうよー」

「ごめんごめん、何か魔法とおまじないについてのレクチャーが始まっちゃって」

「あー、あれね。ためになるでしょ?ゆーちゃん先輩は魔術部も知らないいろんなおまじないを集めてて詳しいんだよー。空中に線香花火みたいな小さな花火を出すおまじないなんか、とっても奇麗なんだから」

 なんか役に立ちそうもない不思議なおまじないをたくさん知ってそうだ。

 ふーん、と相槌を打ちながら、スライドガラスをテーブルの端に数枚並べる。まだ試行錯誤しながら作られたものなので、厚みはバラバラだ。

 ひよりがいつものブレスレットではなく、白い石でできた短い杖を取り出してロウソクの先端を指す。

「ヒート」

 魔法発動の瞬間には何も変化がない。けれど、すぐにロウソクの芯の先っぽがキツネ色に変色し、ロウがけ始める。じりじりと小さな音を立てて芯の先から白い煙りが細く立ち昇るようになったところで、ひよりがさらに呪文を唱えた。

「イグナイト」

 ぼっ、と大きめの炎が白い煙りを飲みつくすように立ち上がる。まばゆい炎は一瞬で消え、ロウソクの先端には少し明るさを落とした炎が残る。

 太い芯からはオレンジ色の炎がゆらりゆらりと立ち上がっている。煙が多めで、時折爆ぜるようなジジジという音とともに炎が小さくなったり大きくなったりして安定しない。

「ちょっと臭いね。これ」

「ハンドメイド品はやっぱり一味違うねー」

 手作り派のひよりにとっては強めの獣脂の臭いもスパイスになるらしい。

 そんなことを考えつつ、ひよりに一枚目のスライドガラスを手渡す。ひよりは裏表を検分してより滑らかなほうを表に選んだようだ。

 人差し指と親指の腹でガラスの端を挟んで、やや斜めに構えてロウソクの炎の先に横から差し入れる。上に伸びていた炎の先端がガラスに阻まれて斜めに歪むと同時に真っ黒な煙に変わる。そのまま左右に二、三回揺らすように振ってスライドガラスを手元に戻す。

「ふーむ」

 ひよりは、煤で黒くなったスライドガラスの表面を指でなぞったり光にかざしたりしてチェックしている。カタリとガラスを置くと、無言で次のスライドガラスを取り上げて同じ作業を繰り返す。そうやってサンプルを三枚作ったところでようやく一息ついた。

「うまくいかないね。煤は着くんだけど、均一に着けるのが難しいな。炎に近づけすぎると煤が焼けてやにが付着しちゃうし」

 本当だ。スライドガラスの端っこに煤が着いていないのはともかく、肝心の真ん中部分が黒ではなく黄色い焼け焦げのようになっている物もある。

「ちょっとボクにもやらせて」

「いいけど、火傷やけどに気を付けてね」

「あちっ」

 スライドガラスの表面を舐めた炎がボクの指のほうに流れてきて思わずガラスを取り落としそうになる。ガラスは今はまだ貴重品だ。なんとか落とさずにこらえたけれど、親指の第二関節あたりがヒリヒリする。

「ふーっ、ふーっ」

「大丈夫?」

「うん、なんとか」

 火傷にも優冥ゆめい先輩のおまじないって効くのかな。

 それにしてもボクのスライドガラスはひどい出来だった。煤はほとんど着いていないし、黒くなった部分も炎がそのまま写し取られたみたいにムラがある。真ん中は黄色いやにで薄汚れているし……。

「うーん、思ったより難しいね」

 ひよりは腕を組んで右手を口元に当てるようにして考え込んでいる。ごめん、ボクでは力不足だよ。

 続けてひよりは一応半分くらいの面積に煤を付着することに成功したスライドグラスを手元に置いて、爪で擦ったり鉄筆で引っ掻いたりして試している。

「煤を罫書けがいて魔法陣を描くっていうのは、方向性としては間違っていないんだよね。問題はどうやって煤を付着させるか……」

「そういう魔法があればいいのにね」

 面倒なことはなんでも魔法コマンドでちゃちゃっと出来ればいいのに、って考えちゃうのはゲーマーの悪い癖だろうか。

「そうか、魔法か。あるかも」

「あるの?」

 えー。いくらダンジョンでは魔法が使えるって言っても、それはご都合主義すぎない?

「ゆーちゃん先輩に聞いてみよう」

 そういうとひよりはスライドガラスの入ったトレイを抱えてドアに向かう。ボクは慌てて後に続き、両手がふさがったひよりのためにドアを開けた。

「ありがと、コウくん」

 コンコン

「すみませーん、夜遊よあそび先輩、いらっしゃいますかー?」

「お客人とは珍しい。おや?さっそく訪ねてきたか」

 さっきぶりの優冥ゆめい先輩である。

「ゆーちゃん先輩、相談に乗ってくださいー」

 ひよりがボクの後ろからひょこっと顔を出して言った。

「なんじゃ、荷物を抱えて。ほう、ガラス板か。珍しいの。最近ガラス製品が買えるようになったと噂には聞いていたが」

 優冥ゆめい先輩はボクたちを招き入れるとひよりの持ったガラスに興味を示す。

「まあ立ち話もなんじゃ。茶でも飲みながら話を聞こう」

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