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第58話 リバーサル・ミラー

「ひよりー、ただいまー」

「あれ?コウくん。もうそんな時間?」

「時間はまだ大丈夫だよ」

 下校時間が迫ってボクが迎えに来たと勘違いして慌てるひよりに謝る。

「実はね、面白いものを手に入れたんで持ってきた」

「私も面白い発見があったよー」

「へー、なになに?」

 そういいながら作業机の端にボクの肩掛けカバンをどすんと置いた。

「えっ、なになに?」

 ひよりがあり得ないものを見るようにびっくりした顔でボクのカバンを見つめる。

 どこが変だって?そりゃあ、カバンが机の上に乗っているところだよね。

 どうやらこっちから先に披露したほうが良さそうだ。

「旧校舎でこれを見つけたんだ」

 ボクがカバンから女神像の頭部を取り出すと、カバンは机の天板をすり抜けて床に落ちた。

 落ちたカバンを無視して女神像の頭部を丁寧に机の上に置く。

「女神様の頭だあ!」

「うん、奇麗だよね」

「へえー、ふうん」

 ひよりはしばらく撫でまわすようにして検分したあと、両手の平で包むようにして壁際の女神像のところまで運んでいく。

「ぴったりね。ちょっと欠けているところがあるからグラグラするけど、このくらいなら修復魔法でなんとか……」

「今日は魔力エストをたくさん使っただろうから、続きは明日にしたら?」

「そうだね。そうしようかな」

 ひよりはそのまま大事そうに女神様の頭部を棚にそっと安置する。

「だけどびっくりしたよー。カバンが机の上に乗っかるんだもん」

「ひよりはダンジョンに入り浸りすぎじゃないかな。ボクは何の気なしに机の上に置いちゃったんだけど。普通、カバンが机に乗らずにすり抜けるほうがオドロキだと思うよ」

 ボクはいまだに外の世界の物質がダンジョンの中の机や椅子をすり抜けることに慣れない。だから部室に着いたときにカバンを机に置こうとして、うわっ、てなることがしょっちゅうある。

 ひよりはえへへと照れ笑いしている。褒めたんじゃないんだけど……可愛いからいいか。

「女神様って人間とおんなじなんだね」

「どういうこと?」

「人間はダンジョンの中でも外でも物に触れられるでしょう?」

「うん」

「それに、アイテムだとダンジョンの外には持ち出せないじゃない?」

 ストレージの中身はもちろん、手に持っている物や腰に巻いたベルトなんかも外に出ると消えてしまう。ストレージに収納していないものは第一階層の階段下に残されてしまうのだ。

「女神様は外の世界にもいられて、中でも外でも物に触れられてすり抜けないから、人間と同じだなーって思って」

「確かに」

 ボクなんかはそういうものかなとスルーしちゃうけど、ひよりのように物事の仕組みを考える人はそういうところが気になるみたい。

「ダンジョンの壁とか床も同じだよね」

 通学カバンはダンジョンの壁や床は通り抜けずに普通にぶつかる。そうじゃないと床に置いたら底なし穴に落っこちてしまうからね。地上にある入り口のほこらもダンジョンの壁と同じ石でできているみたいだし、ダンジョンも外に出ている分は存在できていると言えると思う。

「そっか、女神様はダンジョンと同じ材料でできているのか……」

 良くわからないけれどひよりはふむふむとうなずいている。

 ひよりが一人の世界に入りきらないうちに引き戻そう。

「そっちの面白いものってなあに?」

 ボクの誘いに乗って、ひよりがパッと顔を上げる。

「そうだよ、大発見だよ。コウくんが持ってきた半分の鏡だけどね」

「うん、このまえ二枚目を渡したやつね」

「そう。二枚そろったから使い方が分かったんだよ」

「黒くなるやつでしょ。他に使い道があったの?」

「それがねぇ」

 うふふ、と楽しそうに二枚の半円形の鏡を並べる。

「こうやってくっつけると、裏面に魔法陣が現れるんだよ」

「なるほど」

 似たような模様だなとしか思っていなかったけれど、知識がある人が見ればきちんと様式が整った魔法陣かどうかはわかるらしい。

「それでね、この魔法陣を起動すると……」

 ひよりがエストを注入すると、鏡の裏面がぺかーっと光って魔法陣が現れ、しばらくして消えた。

「これでこの二枚がペアになったの」

「うん」

 なんとなくはわかるけど、鏡がペアになったら何かいいことがあるのかな?片方失くしたらブザーが鳴るとか?

「ペアにすることでこの二枚が一つの魔法道具として機能するようになるの。見てて……」

 今度は鏡の面を上にして机に置く。覗き込んだボクの間抜けな顔が映っている。横でひよりが自分のステータス画面から鏡の機能を操作している。前回は真っ黒になったんだよね。

 並べて真円になった二つの鏡が淡く光を放つ。光が収まった鏡面は真っ黒ではなく……

 ボクの顔が映っていた。

「ねっ」

 ひよりは満面のドヤ顔である。

「鏡、だよね?」

 前は不良品だった鏡が直ったのだとして、そこにどんな意味が?そもそも魔法を起動しない状態では普通に映っていたわけだし。

「わからない?」

「うん」

「じゃあ、魔法を止めてみるから見比べてみて」

 ひよりが操作をして魔法を停止する。

 映っているのは同じくボクの顔。見慣れた童顔だ。ボクにとってはちょっと気に入らないコンプレックスを刺激する画面。

 あれ?でもさっきとちょっと違う?

「もう一度魔法を起動するよ」

 鏡面が光ってまたボクの顔が映る。でもさっきより違和感がある。どこが違うんだろう?

「あっ」

 前髪の分け目が微妙に違う。ワイシャツの胸ポケットの位置がさっきと左右逆になっている。

「ね。この鏡は反転ミラーになるの」

 鏡の前で右手を振る。右から差し込んだ手が、鏡の左から現れる。いや、実際は鏡に映ったボクの右側から現れるから逆になっているというより逆にならないっていうか……ああもう、ややこしい。

「普通の鏡は左右が反転して映るでしょ。みんなそれを見慣れているから勘違いしてるけど、実は自分の本当の顔を見ているわけじゃないんだって。本当に人から見られる顔を確認するには、鏡を二枚用意して四十五度ずつ左右に開いた直角の合わせ鏡にして正面から見る必要があるの。お化粧にこだわる人用にそういう鏡が売られているんだけど、それって鏡を斜めに置くから奥行きが必要で大きくなっちゃうんだよね」

 ひよりが鏡を持ち上げて手鏡のように使って見せる。

「でもこの魔法道具なら、かさばらなくて普通の手鏡みたいに使えるの。これって女の子にはとっても嬉しいアイテムなのよ?」

「へぇー」

 うん、ごめん。言っていることはわかるけど、気持ちはわからないや。

「もう、感動が薄いなー。反転ミラーが箱のようなサイズじゃなくて平面でできるんだよ。スペースを取られないっていうことは画期的なことなんだよ?」

 あ、ひよりもお化粧が便利になるっていう点じゃなくて、道具として画期的っていう点に惹かれているんだね。よかった、いつものひよりだった。

「でも、本当にお化粧のためだけのものなのかな?」

「お化粧だけじゃなくて、ほかにもいろいろ使えるよー。例えば……」

「例えば?」

「……何があるかな?」

 やっぱりひよりにもすごい用途は思いつかないようだ。

「確かにマジックアイテムだけど、それだけなのかなあ」

 結構苦労して手に入れた身としては、もっとこう、何かないと残念な気分だよ。

 ひよりから受け取ってめつすがめつする。

 半円のそれぞれを右手と左手に持って眺めてみる。二つに分けた状態でも映り方に変わりはない。そりゃあ、普通の鏡だって半分に割ったからといって見えるものが変わるわけじゃないもんね。

 ふーむ。二つに分けても魔法の効果は消えないんだね。少し右手と左手を離してみる。

 あれ?あれれ?

 左手を後頭部に、右手を正面に持ってきて覗き込む。

 正面の鏡に自分の後頭部が映っていた。

「これ、すごいじゃないか!」

「やっと反転ミラーの良さが分かりましたか」

「違うよ、もっとすごいんだよ。見て見て、ほらこれ。単純に鏡が反転しているんじゃない、片方の鏡に映った光景が、反対側の鏡に映し出されているんだよ」

 正確には鏡Aの鏡面に入射した映像が鏡Bの鏡面に映し出され、鏡Bの鏡面に入射した映像が鏡Aの鏡面に映し出されるということだ。

「えっ?」

 ひよりが改めて鏡を手に取り確認する。

「ほんとだー、頭の後ろまで見えるなんて、ヘアセットのときとっても便利だね」

「いや、そうじゃないでしょ。離れた場所で映像が見られるんだよ?これ、スパイ道具として使えば完璧だよ」

 この鏡を起動した状態で片方を通路の角に置き、自分は少し離れた場所で片割れの鏡を確認すれば安全に偵察任務ができる。それどころか、別の場所にいて離れた部屋の中の様子が確認できるってことだ。距離がどのくらいまで離れても大丈夫かは試してみる必要があるけど、試しに部室の中と廊下で確かめた分には全然問題がなかった。

「監視カメラとモニタがこんな薄っぺらい鏡二枚で実現するなんて……」

「ようやくコウくんもスペースを取らないってことの魅力を理解してくれたようね」

 えへん、と胸を張るひより。

 いや、それより離れたところが見えるっていうことのほうがもっとすごいんだって。

「こんなすごいマジックアイテムなんだから、何か名前をつけたいな」

 ひよりが重宝しているカタログにもこのアイテムは載っていなかった。

「反転ミラーでいいじゃない」

「えー」

「部長権限で『反転ミラー』に決定します」

 ひよりさん、面倒臭くなったんでしょう。


【本日の入手アイテム】

・片割れの鏡改め、反転ミラー×一組


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