第52話 学園の七不思議
「コウタはあの噂、知ってるか?」
「噂って?」
「……旧校舎で、出たんだってよ」
ヨギがもったいを付けて小声でいう。
「……」
何となくくだらない予感がして、返事をためらう。
「『何が?』って聞かないのかよ」
「どうせお化けか何かがでたんでしょ」
「ちぇっ、ノリが悪いなあ」
「ダンジョンなんて物があって、いまさら旧校舎の幽霊なんて言われてもねぇ」
もう九月も終わろうかという時期に幽霊話だなんて季節外れだし。
「だから、ダンジョンの中じゃないんだって。旧校舎だから。外だから」
反応の鈍いボクにじれたヨギが、横向きに座った椅子を鳴らして身振り手振りを加えて説明する。
「あのなあ、コウタ。魔法とか魔物とか出るのはダンジョンの中だけなの。一歩外に出ればファンタジーな出来事は一切現実には起きないの。OK?」
「おぅ、オーケー」
「で、そんな現実世界で幽霊が出たってんなら、そりゃあもう一大事でしょうが」
「そ、そうかな」
ボクにはいまいち違いがわからない。ダンジョンなんて非現実的な物がここまで公明正大に運営されている学園なんだから、そのほかにも不思議なことがあってもおかしな話ではないのでは?
「ダンジョンはもう全部、何がどこにあってどんな敵が出てくるかすみからすみまでわかっているだろ?まあ、原理はわからないんだけどさ。でも、旧校舎の幽霊は正真正銘の正体不明、謎の存在、UMAなのよ。神秘の煌めき、ロマンなのよ。だろ?」
そんなオトコならわかるだろ的な期待をされても困る。
原理がわからないんだからダンジョンだって十分ロマン溢れる場所だし、日々新しい発見がある。スケルトンなんてどういう理屈で動いているのか、それこそ本当のUMAじゃない?
「だー、もう、反応悪いなあ。旧校舎の幽霊っていったら学校の七不思議の定番じゃん。それが本当にあるかも知れないんだぜ?確かめてみたいと思わないか?」
まあ、嫌いじゃないけど。
「ダンジョンなんて所詮、昔の大魔術師が作った物じゃないか。そりゃあ、あんなでかい物を創った魔術師にはリスペクトだけどさ、所詮ヒトの手で出来上がった物だろ?謎だ何だって言っても、そいつが創ったパズルを解くだけじゃんか」
そういうことね。ヨギは誰かの二番煎じとか手のひらで踊らされるのが嫌いらしい。でも。
「そういうのはパズルを解いたやつが言うことじゃないの?それに学校の七不思議だって、誰かが言い出したことなんだろうし」
「あー、もう、つべこべ言わない。行こうぜ、旧校舎」
「あんた、独りで行くのが怖いだけなんじゃないのぉ?」
「やだなあ、そんなわけないじゃん、白井さん」
冷や汗、垂れてるよ、おまえ。
白井さんがからかうような表情でヨギに顔を近づけてじっくりと観察する。
ヨギの目が白井さんを避けるように泳ぐ。
「……ふーん、嘘はついてなさそうね」
「と、当然じゃないか。怖いのが嫌なら自分から言い出さないって。ほら、証人がいないと幽霊見つけても誰もオレの話、信じてくれないでしょ?」
「たしかに」
「それは一理あるわね」
「がーん、誰も信じてくれないのか……」
自分で言って自分で傷ついている。さすがに可哀想になってきた。ここらで助け船を出すとするかな。
「いいよ。つき合うよ、旧校舎」
どうせしばらくはダンジョンに潜らないし。
「おっ、行く気になったか。よかった。じゃあ放課後、さっそく行ってみようぜ」
ヨギはやっと安心したというように椅子に深く掛け直してうんうんとうなずいてつぶやいている。
「よしよし、コウタが行きたいなら仕方ないよな。友達に誘われたら断る訳に行かないもんな……」ブツブツ。
ん?なんか話が違わない?
「あ、わかった。あんた中間考査の勉強さぼりたくてコウタくん誘ったでしょう?」
「ななな何の事かな、あはは」
「あんた一学期の成績ダメダメだったもんねえ。おばさんにこっぴどく叱られてたみたいだし。おおかた、早く帰った日は勉強しなさいとか言われてるんでしょ?」
「し、知らないなあ。っていうか、母ちゃんにあることないことチクるのはやめてくれよ」
「しょうがないじゃない、スーパーに買い物に行ったらレジで聞かれちゃうんだから。それにあることしか話してないし」
ずっとヨギの言動を怪しんでいた白井さんがようやく得心いったという顔になってヨギをからかう。
「そういえば、今日はお買い物当番だったわ。学校終わったらスーパー行かなきゃ」
「あかりぃ~」
白井さんは頭の後ろで腕を組んでそっぽを向く。その表情はなんだか楽しげだった。
「二人は幼馴染みなの?」
「ち、ちがうわよ……」
「そーなんよ」
答えが割れる。なぜか白井さんのほうが慌てている。
「ガキの頃からの腐れ縁でさー。コウタもひよりちゃんとは幼馴染みなんだろ?いいよなあ、そっちは穏やかで」
「ひよりは穏やかっていうんじゃなくて、ぼんやりしてるんだよ」
わちゃわちゃとやり合っていると本人がやってきた。
「コウくん、今日の部活どうする?」
「ちょっとヨギにつき合うことになった」
「わかったー。じゃあ、わたし一人で行くね」
「うん、帰りには部室に顔を出すよ」
ひよりが門限破りしないように面倒をみることになっている。このうえ、失点を重ねるわけにはいかないからね。
「うん、よろしくー」
「はー、ひよりちゃんは素直でいいねえ」
「はぇ?」
ヨギの大きめの独り言にひよりが話しかけられたのかどうか判断がつかなくて中途半端に相槌を打つ。
「ひよりちゃん、あんまり馬鹿に近づくと馬鹿がうつるよ。あっち行こ」
「あかりちゃん」
ヨギはもう反論をあきらめて、愛想笑いで手を振り二人を見送っている。
「誘ったオレが言うのはヘンだけどさ、本当に良かったの?部活休んで」
「確かにおまえはヘンだ。やっと自覚したか」
「うるへー」
生徒会に呼び出しを食らってから、ボクはダンジョンでの活動を控えている。どうやら副会長に目を付けられちゃったみたいで、ダンジョンに行くといつも目立つところに立っていて目を光らせているのだ。
ひよりのほうは工房に頼んだ部品が出来上がってきていて組立やら調整やら実験やらと忙しくしている。力仕事はないようで、ボクに手伝えることは少ない。ひよりは作業に没頭すると一人の世界に入ってしまうことが多いから要するに暇なのだ。もうすぐ中間考査も始まるし、テスト期間が終わるまでダンジョンから、というか生徒会から離れていようと思っている。厄介事から距離を置いて、別の厄介事に首を突っ込むってのも我ながらどうかと思うけどね。




